
後編:メジャーリーグで二刀流選手が増えない理由
大谷翔平がメジャー史に残る活躍を続けるなか、ふと感じたことがある。なぜ大谷に続く二刀流選手がメジャーリーグで出てこないのか?
前編ではルール、ドラフト指名された二刀流選手の視点からその背景について紹介したが、後編では、あらためて大谷がMLBの歴史に与えたものと、大谷を間近で見てきたコーチの意見を踏まえながら考えてみる。
前編〉〉〉なぜMLBで大谷翔平に続く二刀流選手が出てこないのか?
【現代野球が失ったものをひとりで体現する大谷の魅力】
今のMLBで広く認識されているのは、「大谷翔平の二刀流が客を呼ぶ」という事実だ。
21世紀になってからMLBの野球は分業化が加速し、先発、ロングリリーフ、セットアッパー、クローザー、指名打者(DH)、守備固め、代走と、役割は効率的に分担され、今ではスイッチヒッターさえ少ない。右打者は対左投手、左打者は対右投手、専門化が進み、多様性が排除されている。それはチームが勝つために重要なことなのかもしれないが、意外性は減り、ファンにとっては単調に映る側面もある。
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そんななか、大谷の二刀流は分業化へのアンチテーゼである。「投手と野手は別の職業だ」というプロ野球の常識を覆し、効率化の行き過ぎた現代野球に、もう一度人間的な予測不能性を取り戻した。
大谷に熱狂するファンは、100マイル(161キロ)だけに興奮しているわけではないし、50本塁打だけでもない。投げて、打って、走って、フィールドに出てくるたびに何が起きるかわからないという、予測不能性に惹かれている。大谷がこれほど人気なのは、現代野球が失ったものをひとりで体現しているからだ。
だから思う。今の労使交渉を見ていると、サラリーキャップ、収益分配、ドラフト制度ばかりが議論されていて、どれも基本的には「すでにあるお金の配分」の話だ。しかし今、MLBは100年ぶりにファンを魅了する新たな収益源を得た。なぜ、歴史から学ばないのか。
1920年、ベーブ・ルースは54本塁打を放った。それまでのMLBは、スモールボールが主流だったが、ルースが本塁打を打つたびに観客は熱狂した。その熱狂を見たMLBは気づいた。ファンは犠打や盗塁以上に、本塁打を見たがっている。そしてリーグは少しずつ野球そのものを変えていった。打者がフルスイングしやすいように汚れた、見にくいボールは早く交換し、スピットボールは禁止。球場もフェンスを越える本塁打が出やすい構造へ変化していった。目的は明確だった。ルースによって明らかになった「ファンが見たい野球」を増やすことだった。その結果、後にルー・ゲーリッグやジミー・フォックスら、ほかにもホームラン打者が現れ、本塁打は野球の中心になり、収益も爆発的に増えていった。
【「二刀流選手」を増やすための一案】
それから100年。野球史においてルースに勝るとも劣らぬ革命的な存在が現れた。大谷は分業化が進みすぎた野球に、予測不能性を取り戻している。ルースの時代、リーグは本塁打を打てる選手を増やそうとした。ならば今度は、二刀流に挑戦できる選手を増やすべきではないだろうか。
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私がコミッショナーなら、「二刀流枠」を新設する。各球団は通常の26人ロースターとは別に、二刀流で起用したい選手をひとり登録できる。その選手は投手枠にも野手枠にもカウントされない。
目的は単純だ。30球団すべてに公平な機会を与え、球団が二刀流選手を試しても損をしない環境を作ることである。そして、その選手は大谷レベルである必要はない。95マイル(152.9キロ)を投げながら代打でも起用される選手。週に一度だけ登板する外野手。中継ぎとDHを兼任する選手。そんな選手が各球団にひとりいるだけで、野球は今よりずっと多様になる。
制度が導入された瞬間から、球団のチーム作りも変わるだろう。ドラフト会議で球団は「うちの二刀流候補は誰だ」と考え、スカウトも探し始める。高校生も大学生も、「投手か野手か決めろ」ではなく、「二刀流枠を目指そう」と考えられる。もちろん、それで30人の大谷が生まれるわけではない。そんなことは期待していない。だが30球団が毎年ひとりずつ二刀流選手を試していけば、10年後には延べ300人近い二刀流経験者が誕生する。そのなかから、大谷に近いスターが現れる可能性は、現在よりはるかに高くなる。
そして何より、これは競技面だけの話ではない。興行の話でもある。ファンは「今年最高の二刀流新人は誰か」を追いかける。エルドリッジのように打者に専念している選手についても、「来季は二刀流枠で再び投げさせるべきでは」という議論が生まれるだろう。今のまま「また大谷並みの才能ある選手を待とう」では、おそらく何も起きない。今必要なのは、次の二刀流スターが生まれやすい環境を作ることなのだ。
【大谷によって生まれた新しい需要を未来に】
思い出すのは約1年前の会話だ。2025年5月、ドジャースタジアム。試合前、ダグアウトで話を聞いた相手はロサンゼルス・ドジャースのディノ・イベル三塁ベースコーチ。話題は息子のブレイディについてだった。ロサンゼルス郊外の野球強豪校コロナ高校に通い、内野手としてドラフト1巡目候補に挙がっていた有望株である。彼も高校2年までは二刀流選手として活躍した選手で、高校での通算成績は投手としても11勝0敗、防御率0.32という驚異的な成績を残していたのである。同校にはほかにもセス・ヘルナンデス、ビリー・カールソンと全部で3人も1巡目候補がいて、同じく二刀流で活躍していた。
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そこで私は聞いた。
息子さんは高校の最終学年は野手に専念してドラフト指名候補となったが、二刀流を続けることは考えなかったのか、と。返ってきた答えは驚くほど明快だった。
「考えなかったですね」
イベルは首を振った。
「特に、プロでは本当に難しい。翔平は唯一無二の存在です。今後、翔平のような選手が出てくる可能性は否定しません。でも、とても大変です。だから私は息子に言いました。将来メジャーを目指すなら、どちらかを選んだほうがいい、と伝えました」
メジャー球界で、イベルコーチほど大谷の二刀流を近くで見続けてきた人物はいない。2018年、大谷がロサンゼルス・エンゼルスへ入団した時、イベルは同球団のコーチだった。その後ドジャースへ移り、2024年には大谷も加入した。息子のブレイディも父親の職場を訪れ、大谷が練習する姿を間近で見て育った。それでも父親は息子に二刀流を勧めなかった。それは二刀流に価値がないからではない。挑戦するにはリスクが大きすぎるからだ。エルドリッジもそうだった。やりたいと思っていた選手たちも、プロの世界へ入ると投手か打者かの選択を迫られる。問題はそこだ。だから私は、MLBが今考えるべきなのは「二刀流を認定する制度」ではなく、「二刀流に挑戦できる制度」だと思う。
MLBは今、分岐点に立っている。大谷が現役を終えた時、「大谷は唯一無二で例外だった」と結論づけるのか、それとも、大谷が示した可能性を競技全体へ広げようとするのか。
ベーブ・ルースはファンの好みを変えた。MLBはその変化を見逃さず、本塁打が生まれやすい野球へと進化した。歴史が教えているのは、偉大な選手そのものがスポーツを変えるのではないということだ。
偉大な選手によって変わったファンの嗜好こそが、スポーツを変える。MLBが問われているのは、大谷によって生まれた新しい需要を、競技の未来へつなげられるかどうかだ。大谷に憧れ、投げて打つことを夢見る子供たちは存在している。
100年前、それはルースだった。そして今、それは大谷翔平なのではないだろうか。
![広島に復帰を果たした浅野[写真]=Getty Images](https://news-image.mixi.net/article/138/138_20260628_2178360_002_70x70.jpg)
