【高校野球】「やってしまった」 山梨学院・吉田監督が後悔した"日本球界の宝"発言菰田陽生に起きた劇的変化

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2026年07月03日 07:00  webスポルティーバ

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「じつはずっと、あの発言を後悔していたんです。菰田が2年生で152キロを出して、ちょっと調子に乗って言っちゃったなって」

 山梨学院の野球場。バックネット裏の一室で吉田洸二監督はそう打ち明けた。

【今春のセンバツで左手首付近を骨折】

 1年前のセンバツ(選抜高校野球大会)の試合後、吉田監督はお立ち台で教え子の菰田陽生(こもだ・はるき)をこう讃えている。

「菰田は日本球界の宝です」

 このフレーズは、その後も菰田を評するうえでついて回った。だが、吉田監督は自身の発言を「やってしまった」と後悔したという。

「その後の菰田を見ていたら、『これくらいの選手なら、いくらでもいるかな』と思ったんです」

 菰田は投打二刀流の怪童として、スカウト陣の注目を集めてきた。投手としては、2年春のセンバツで最速152キロをマーク。同年5月の関東大会では、叡明戦で3回2/3を投げて11奪三振の離れ業を演じた。たしかにこの時点では、誰もが認める「日本球界の宝」だった。

 しかし、2年夏の甲子園で右ヒジを痛めて以降は、長い停滞へと突入する。打者としては豪快な本塁打を放つシーンも見られたが、投手として消化不良の時期が続いた。

 今春のセンバツ初戦、菰田は一塁守備中に走者と交錯して左手首付近を骨折する。登板機会がないまま戦線離脱し、多くのスカウトは「投手・菰田」の真価を測りかねていた。

 だが、故障が癒えた今、菰田は新たなフェーズに入ろうとしている。吉田監督は気を取り直すように、こう続けた。

「今までストレートしか試合で通用するボールがなかったのが、休んでいるうちに試合で通用する球種を複数習得して、ピッチャーになって戻ってきた。ケガからの回復力を含め、3度驚かされました」

 夏の大会を直前に控え、ほぼ全球団のスカウトが山梨学院の練習試合を視察している。明らかに投手・菰田は進化しつつある。

【ブルペンで披露した驚愕のピッチング】

 吉田監督の話を聞いていると、吉田健人部長が血相を変えて飛び込んできた。吉田部長は吉田監督の息子であり、チームの技術指導を全面的に任されている。

「菰田がピッチング練習を始めました。ちょっと恐ろしいボールを投げているんで、見てやってください」

 吉田監督もまた、「すぐブルペンに行きましょう」と私に促した。もともと菰田が投球練習を始めたら、取材を中断して投球を見せてもらう約束をしていた。私たちは室内練習場のブルペンへと急いだ。

 薄暗い室内練習場に入ってすぐ、巨大なシルエットが浮かび上がった。身長195センチ、体重102キロの菰田の体は、マウンドに立つとさらに大きく見える。

 とはいえ、菰田は縦の角度を生かすタイプではなく、できる限り捕手に近づいて球をリリースするタイプ。これだけの長身にもかかわらず、全身をバランスよく使える投手は珍しい。

 菰田のボールを1球見た時点で、思わず息を呑んだ。明らかに指のかかりがよく、ストレートがうなりを上げていたからだ。

 のちに吉田部長は、こう解説してくれた。

「昨年ヒジを痛めて、無意識のうちに腕を振る怖さがあったと思うんです。秋はヒジが抜けるフォームになっていて、苦しんでいました」

 ヒジの不安が解消され、心置きなく右腕を振れるようになったのだろう。ブルペンでの投球練習ながら、スピードガンの数字は140キロ台中盤に達していた。

 ストレートだけではない。プロテクターで完全武装した控え捕手を左打席に立たせ、菰田は内角に投げ込む。ストレートの軌道から小さく食い込む、カットボールだった。

 菰田の変化球と言えばスライダーで、カットボールを投げるイメージはなかった。しかも、今すぐに実戦で使えそうな高性能の球質である。吉田監督の「ピッチャーになって戻ってきた」という言葉を反芻し、深くうなずくしかなかった。

 室内練習場には、キャッチャーミットを激しく叩く音だけが響いていた。菰田は1球1球、間(ま)を十分に取りながら、噛み締めるように投げていく。

 こんな贅沢な空間に立ち会うことができて、私は興奮を抑えられなかった。そんな私を見て、吉田監督はこう問いかけた。

「今の菰田を見ていたら、やっぱり宝ですよね?」

 この夏、新たな扉が開こうとしている。そんな予感がした。

 投球練習を終えた後、菰田は取材に応じてくれた。

【体の使い方やキレは変わってきている】

── すばらしいボールでした。本人としても、手応えがあったのでは?

「そうですね。ケガが明けてから練習試合でもいい投球が続いていて、今日もいい感覚で投げられました。次につながるピッチングができたと思います」

── 以前よりもリリースに爆発力が出てきたように見えました。

「ありがとうございます。もともと(ボールを)指にかける感覚、意識を大事にしているので、それはできているのかなと」

── 故障中は、どんな練習に取り組んでいたのですか?

「手が使えなかったので、下半身のウェイトトレーニングや、走り込みをしていました。平日ならポール間走を1日20本、休日なら30本走っていました」

── 体のキレもよくなっているのでは?

「それは感じます。自分の体感としても、動画を見返しても、体の使い方やキレは変わってきていると思います。ケガをしたことで、かえってよくなったのかなと感じます」

── 昨年の秋は本来の投球ができず、自身としては面白くない感情もあったのでは?

「明治神宮大会は、そういう気持ちもありました。もちろんチームが勝つことが一番大事なんですけど、投げていて楽しいという気持ちは欠けていたのかなと」

── 吉田監督が「日本球界の宝」と発言したことを後悔した時期があったと告白しています。本人としても、重荷に感じた時期もあったのでは?

「まだまだそんな選手ではないですし、結果も残していないですから。ただ、今は夏に向けて状態が上がってきているので、本当にそう言ってもらえる選手になれたらいいのかなと感じています」

【マウンドのほうが楽しい】

── 春のセンバツ直前も、投手として状態が上がっていたと聞きました。

「はい。それだけにマウンドに立ちたかったです。まだピッチャーとしていい姿をあまり見せられていないので。その分、夏の甲子園に絶対に戻ってきたいと思いました」

── 今日はカットボールを投げていましたが、今までのイメージにはない球種でした。

「センバツ前に覚えたんです。去年は真っすぐとスライダーしかありませんでしたが、今はカットボールもフォークも自信があります。カットボールは檜垣(瑠輝斗)の握りを参考にしました。檜垣のカットボールは高校トップクラスのボールですから」

── 檜垣投手も故障から復調途上のようですね。タイプは違っても、彼のような実戦派投手の存在は大きな刺激になるのでは?

「はい。檜垣とは昨夏から一緒に投げてきましたし、ライバル心もあります。お互いに高め合い、教え合う存在です」

── 投手として状態が上がってきましたが、投手と打者、どちらのほうが楽しいですか?

「マウンドに立っている時のほうが楽しいですね。主導権を握れている感じがありますから」

── 今後も二刀流を継続したいですか。それとも、求められる形でプレーしていきますか。

「この夏はどちらでもチームの勝利につながる活躍をしたいと思います。その後は、求められるほうでいけたらと考えています」

 菰田を身近で見守ってきた吉田部長は、以前まで「将来性は投手のほうがあると思う」と語っていた。高校最後の夏を前に投手として急成長する菰田を見て、さぞ喜んでいるだろう。そう想像していたのだが、吉田部長は意外にも複雑な表情をのぞかせた。

「いや、バッターとしても成長しましたし、ここまで飛ばせる選手はいないですからね......」

 投手としても、打者としても捨てがたい。まさしく大谷翔平(ドジャース)の高校3年夏の状況と重なって見える。

 山梨学院は7月6日に韮崎との山梨大会初戦を迎える。菰田陽生が「日本球界の宝」らしいパフォーマンスを見せたその時、新たな伝説が始まる。

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