“夏クールの大本命”「天幕のジャードゥーガル」その魅力とは 1&2話レビュー

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2026年07月05日 14:40  cinemacafe.net

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「天幕のジャードゥーガル」(C)トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会
2023年度の「このマンガがすごい! オンナ編」で第1位を獲得したトマトスープの人気漫画「天幕のジャードゥーガル」が、TVアニメ化。7月4日には第1話・2話が放送され、熱狂をもって迎えられた(毎週土曜夜11時30分より放送中)。

アニメーション制作をTVアニメ「映像研には手を出すな!」「ダンダダン」、映画『犬王』『きみの色』のサイエンスSARUが手掛け、『映画 聲の形』の山田尚子が総監督、「ダンダダン」のアベル・ゴンゴラが監督、「交響詩篇エウレカセブン」の吉田健一がキャラクターデザイン・作画チーフを務める。

著名な原作×豪華なスタッフ陣、そして「左ききのエレン」「これ描いて死ね」ほか話題作が続く関根明良を筆頭に、実写映画『カラオケ行こ!』の齋藤潤、「Dr.STONE」「ウィッチウォッチ」の鈴木崚汰、「名探偵コナン」「美少女戦士セーラームーンCrystal」の小清水亜美、「鬼滅の刃」「僕のヒーローアカデミア」の下野紘といった錚々たるキャスト陣の顔ぶれ、モンゴルロケをはじめ徹底した取材を実施するなど制作チームの気合の入りようを目にし、「夏クールの大本命」として期待を寄せていた視聴者も多かったことだろう。

本稿では放送されたばかりの第1話・2話の内容を振り返りつつ、「天幕のジャードゥーガル」オフィシャルライターを務める筆者の目線で、その魅力を紐解いてゆきたい。

※以下、一部物語の展開に言及する表現がございます。ご注意ください。
まずは、「天幕のジャードゥーガル」の物語を簡単に紹介しよう。舞台は13世紀。母を亡くし、故郷からも遠く引き離されて天涯孤独となった奴隷の少女・シタラ(CV:関根明良)。彼女は学者一族の優しい奥方・ファーティマ(桑島法子)に拾われ、その息子ムハンマド(齋藤潤)から「知」の重要性を諭される。勉強して賢くなれば、困難に見舞われても己の身の振り方を思考し、選択できるのだと。それから約8年の月日が流れ、教養を深めたシタラの暮らす街を地上最強の帝国・モンゴル帝国が急襲。大切なファーティマを目の前で殺され、モンゴル帝国の捕虜となった彼女は得体の知れない強国へと復讐を誓う――。

本作を一言で表すなら「復讐劇」であり、第1話・2話で描かれたのはそのセットアップの部分――新たな“家族”と“平穏”を得たシタラが絶望に突き落とされる心痛な展開が描かれ、第2話の最後にはシタラと同じく捕虜ながら、語学の才を活かして通訳を務めるシラ(入野自由)が接触してくるシーンで幕を閉じた。まさに運命の歯車が再び大きく回り始める予兆であり、第3話以降の展開に少しだけ言及すると、ここから奪われっぱなしだったシタラの覚醒と復讐が始まっていく(つまり次なる第3話は“神回”であり、ここから物語が急速にドライブしていくため、ぜひ注目いただきたい!)。

《復讐》というテーマはサスペンスとしても仕立てやすく、愛憎のような強い感情を含むため劇的なエンタメとして成立させられる。そのため古今東西の物語で題材にとられてきたが、「天幕のジャードゥーガル」は言葉を選ばずに言えば、現代日本に生きる我々にとって少々「遠い」物語だ。遠い異国、しかも遥か昔の話とあっては共通項が少なく、「難しそう」「感情移入できないかも」と思ってしまうのも無理はない。そういったある種の“ハードル”を逆手に取り、他作品とは異なる独自性――“武器”にまで高めているのが「天幕のジャードゥーガル」のすごさだ。

まず注目したいのは、キャラクターデザインとタッチの可愛らしさ。シタラをはじめ、登場する人物たちは顔立ちや頭身、手の描き方などリアルベースではなく、デフォルメされたファンシーなものになっており、とっつきやすく親しみやすいものになっている。歴史ものに対する苦手意識があったとしても、「キャラが可愛いから」という入口が用意されているのだ。アニメ版ではこの特性がより強調され、キャラクターの表情の豊かさはもちろんのこと、例えばろうそくの火の表現が簡略化された丸みを帯びたものになったり、背景がクレヨンで描かれたような温かみのある風合いにされていたりと、絵本や紙芝居のような見やすいルックに。それでいてキャラクターの“動き”は実に流麗であり、風で髪や服が揺れる様子や、当時の特徴的な建築が生み出す光と陰の魅せ方など、完成度が非常に高い。さらには草花を映したカットが象徴的に挿入されたり、蟻に特別な意味を持たせたりと、随所にこだわりが光る。細かい部分でいうと、要所で輪郭線が意図的に消されており、人物と背景の境界に黒線がないため、一般的なアニメに対して柔らかさがアップしているのもポイントだ。

さらに、この「可愛らしさ」を利用したギャップの生み出し方も効いている。戦争を題材にとった不朽の名作『風が吹くとき』から映画版が昨年公開された『ペリリュー 楽園のゲルニカ』に至るまで受け継がれてきた、「可愛らしいキャラクター×過酷な現実」の落差で史実(特に戦禍)の悲惨さを訴える手法が「天幕のジャードゥーガル」にも顕著。特に第2話は、栄えていた町が焼き討ちされ、廃墟と化すショッキングな比較映像や、関根たちキャストの痛々しいまでの熱演も相まって何とも心痛な、胸に迫る内容となっていた。アヌシー国際アニメーション映画祭2026の公式コンペティションに選出・正式出品(TV Films部門)された点から見ても、本作が世界基準のクオリティと国際的な作品としての意義を纏っていることがわかる。また、歴史モノを万人に刺さる高水準のエンタメへと昇華させた点においては、サイエンスSARU×山田尚子監督による傑作TVアニメ「平家物語」からの系譜も存分に感じられ、ファンには嬉しいところだ。

そして、エモーション――つまり、感情表現の細やかさ。第3話以降により探求されていくが、「天幕のジャードゥーガル」はただの復讐劇の範疇に収まっていない。捕虜としての生活が長引いていくにつれて“日常”と化し、憎悪が薄まっていくさまが映し出されたり、復讐を誓ったシタラが失敗を繰り返しながら成長していくなど、状況に対して発露する感情の数々がリアリティのあるものになっている。シタラにとって仇(かたき)であるモンゴル帝国の皇子や妃も表面的な“悪”としては描かれず、それぞれに葛藤や苦悩、平和への想いを抱えた“一人の人間”として息づいているのが見事だ。また、“叡智”がキーとなっている点においては「チ。-地球の運動について-」、シタラが知恵や知略を駆使して圧倒的な逆境を打開していく部分は「日本三國」等々、近年のヒットアニメとの関連性を見出すこともできる。

そして、中盤以降は四面楚歌状態だったシタラに“相棒”ができるシスターフッド的な展開も待ち受けており、復讐劇としての見ごたえも群像劇としてのスケールも、エモーショナルなドラマ力も、全てにおいて加速してゆく。SEKAI NO OWARIと女王蜂による書き下ろし主題歌も話数を経るごとに深みが増す仕様となっており、“天幕”ブームはこの先、より熱を帯びてゆくに違いない。ぜひシタラと共に、最終話の壮絶なゆくえまで見届けていただきたい。




(SYO)

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