挿絵/小指―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、下高井戸の居酒屋「たつみ 本店」。名画座に通う著者が、この街に“もう一つの居場所”を求めて見つけたのは、居酒屋で食べる名物のたい焼きだった。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
◆映画のほかにもう一つだけ【下高井戸駅・たつみ 本店(居酒屋)】vol.44
世田谷区にある下高井戸駅近くには「下高井戸シネマ」というそれはそれは素晴らしい映画館があって、都内での上映がほとんど終わってしまった作品もこの映画館だけは最後の希望のようにスクリーンに残してくれていることがあるから、私はそれを理由に年に何度も足を運ぶ。とても大切な場所である。
しかし寂しく思うのが、わざわざ自宅から3度も電車を乗り換えて訪れた街なのに、映画が終わってしまえば特に用がなくなってしまうことだった。京王線の下高井戸駅は世田谷線と接続しているものの、街としてはそれほど大きなイメージもないし、たとえば下北沢みたいに「古着の街!」「演劇の街!」「ライブハウスの街!」と強く主張してくるような個性も知らない。しっとりと穏やかで、昔ながらの商店街を持つ住宅街。それが下高井戸のイメージであって、わざわざ時間をかけて散策する気にもなれず、結果、映画が終われば真っすぐに駅に向かってしまうのだった。
映画のためだけに訪れる街、と言えばいくらか文化的な薫りもするものだけれど、せめてあと1か所くらい、下高井戸という街に降りる理由が欲しい。そんな我が儘を口にせずとも胸の内に秘めていたある日、好奇心をくすぐられる情報を耳にした。
「たい焼きなら、下高井戸のたつみやが一番だよね」
あの、何もないと思っていた下高井戸に、美味しいたい焼き屋がある……?
いよいよ私は、下高井戸にもう一つの居場所を見つけられる予感がして、翌週、京王線に乗り込んだ。
平日夕方の下高井戸駅前は相変わらずしっとりと穏やかにそこにあって、眠気を誘うような気だるい空気に満ちている。いつもなら下高井戸シネマに直行するところを、その日は駅の西口を出て、日大通りをゆっくりと歩いた。
3分とたたずに、噂のたい焼き屋「たつみや」がある五差路に辿り着く。下高井戸に自宅があったら、帰り道にふらりと買って帰ってしまいそうな好立地である。
さっそく、噂のたい焼きを食べようと思ったのだけれど、あいにくこの日は定休日で、店にはシャッターが下りている。しかしそれもわかった上で私はこの場所を訪れていた。
「たつみや」は甘味処として創業したが、後に、同じビルにある居酒屋「たつみ 本店」を始めて、たい焼きはこの店でも食べられるという。つまり、今回の目的地は居酒屋「たつみ」であって、私は「たい焼きを食べるために居酒屋に入る」という実に奇妙な経験をしに来ていた。
店の中は、地元客と思われる人たちですでに賑わっていて、でも、決して騒がしくはない。日常の中に溶けている居酒屋は、駅前の穏やかさと同じ空気を醸す。
こういう店は大抵、痒いところに手が届くような、居酒屋で食べたい定番メニューが網羅されている印象がある。「たつみ」もやはり、そういう店である。私は安心して、ごぼうの唐揚げや菜の花を頼んで、ハイボールをいただき、飲みに来たフリをして、早々に本来の目的である「たいやき姿揚げ」を注文した。
この店のたい焼きは、その名のとおり軽く揚げられている。ひと口咥えてみると、サク、という食感と共に、熱々でやわらかな粒餡がにゅるりと膨らみ、ほど良い甘さが口の中で溶ける。とても美味しい。食後のデザートとしても最高だが、これは映画のあとに食べ歩きでもしたら、かなり幸福度が高いとみた。
映画館と、たい焼き。2か所も楽しめる場所があれば、街としては十分だ。最後のひとかけらを口に運びながら、次に下高井戸を訪れる日が、早くも楽しみになっていた。
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>
※週刊SPA!2026年5月26日号より
―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」