東軍に軍配が上がった「天下分け目の戦い」 関ケ原Sでは“西軍”が勝利数で圧倒

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2026年07月24日 19:30  netkeiba

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桃配山・徳川家康最初陣跡の石碑(c)netkeiba
 今週土曜日の中京7Rは関ケ原ステークス(3歳上・3勝クラス・芝2200m)。天下分け目の戦いで知られる「関ケ原」だが、レースでは東西どちらが優勢なのだろうか。

 岐阜県関ケ原町は県西端に位置し、伊吹山地と鈴鹿山脈に挟まれた盆地。1600年には「関ケ原の戦い」の舞台となったことで知られる。写真は徳川家康が合戦当日の早朝、最初に布陣したと伝わる「桃配山・徳川家康最初陣跡」。このほかにも、町内には数多くの史跡が残されている。

 関ケ原の戦いでは家康が率いる東軍が勝利したが、果たしてレースではどうか。関ケ原Sとして行われるようになった1991年以降、計25回の結果を見てみると、関東馬は【2-3-1-27】で勝率6.1%、複勝率18.2%なのに対して、関西馬は【23-22-24-225】で勝率7.8%、複勝率23.5%。東軍も少数精鋭で健闘しているが、勝利数では西軍が圧倒している。中京競馬場は関西主場扱いで開催されることも多く、その土地柄を反映した結果といえそうだ。

 今年は関東馬2頭、関西馬9頭が出走。23年日本ダービー3着の関東馬ハーツコンチェルト、同級で2戦連続2着の関西馬ミュージシャンが人気を集めそうだ。今回の天下分け目の戦いは、東西どちらに軍配が上がるだろうか。

◆レース名としての「関ケ原」
 netkeibaのデータベースによると、「関ケ原」の名を冠したレースは1969年の関ケ原特別までさかのぼる。その後は施行距離を変えながら開催が続き、91年に1500万下条件(現・3勝クラス)に変わったのを機に、レース名も関ケ原ステークスとなった。近年は芝2000mで定着していたが、今年は芝2200mで行われる。91年以降の主な勝ち馬には、サンライズフラッグ、ダノンバラード、ショウナンバルディがいる。

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