「北の玄関口」上野駅はどう変わった? 今も人を引きつける街の理由

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2026年07月25日 09:21  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ上野はいまも人を集める?

 かつて山手線上の代表的な長距離列車のターミナルといえば、東京駅、新宿駅、上野駅だった。


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 中でも上野駅には、東北や北陸、信越方面へ向かう特急列車が数多く発着し、北日本と東京を結ぶ「北の玄関口」として大きな役割を果たしていた。地平ホームからは夜行列車が続々と発車し、時間帯によっては5〜10分間隔で長距離列車が出ていくこともあった。上野駅は、北から東京を訪れる人を迎え入れ、北へ向かう人を送り出す、都内有数の巨大ターミナルだったのである。


 しかし、新幹線の東京駅延伸や在来線の都心方面への直通運転が進むにつれ、列車の始発・終着駅としての役割は薄れていった。


 本稿では、「玄関口」としての上野駅の歴史と街の特徴を振り返りながら、上野の特徴やアイデンティティーについて考察したい。


●夜行列車が発着する、北の玄関口


 かつての上野駅では、多くのホームから各方面へ向かう長距離列車が発着し、その合間を縫うように、東北本線や高崎線、常磐線の普通列車が走っていた。


 1982年に東北・上越新幹線が大宮駅発着で開業した後も、信州・北陸方面へ向かう特急列車は上野駅に残り、常磐線の特急列車も引き続き多くの人に利用されていた。上野〜大宮間には新幹線乗車の人のための専用列車「新幹線リレー号」も運行され、上野駅は北方面へ向かう交通の拠点としてにぎわいを見せていた。


 1985年には、東北・上越新幹線が上野駅まで延伸し、地下に新幹線ホームが開業。当時は夜行列車も数多く残っており、1988年3月には上野と札幌を結ぶ「北斗星」が運行を開始した。


 このように上野駅は、北から東京を訪れる人を迎え入れ、北へ向かう人を送り出す「北の玄関口」として、存在感を高めていったのである。


●上野東京ライン開業で役割に変化


 1991年6月に東北・上越新幹線が東京駅まで延伸されると、上野駅の状況は大きく変わった。当時、東京駅の東北・上越新幹線ホームは1面2線に限られており、上野駅は臨時列車が発着する場所だったが、東京駅まで乗り換えなしで行けるようになったことで、多くの人が東京駅を利用するようになったのである。


 新幹線の延伸後も、上野駅は在来線で北関東方面から来た人が山手線や京浜東北線に乗り換え、都心への乗り換え拠点としての役割を担っていた。


 しかし、山手線や京浜東北線の上野〜秋葉原間では、乗り換え客の集中による混雑が課題となっていた。さらに、湘南新宿ラインが定着したことに加え、JR東日本には車両基地を都心から郊外へ集約したい狙いもあった。このため、東北本線・高崎線と東海道本線を直通で結ぶ上野東京ラインの整備が進められた。


 そして、既存の線路や新幹線の高架をまたぐ重層高架が建設され、2015年3月に上野東京ラインが開業したのである。これにより、東北本線や高崎線、常磐線の列車が、東京駅や品川駅、さらにその先まで直通するようになった。利用者は上野駅で乗り換える必要がなくなり、上野駅は列車の始発・終着駅としてのターミナルから、都心と北関東を結ぶ交通拠点へと変化してきた。


 その変化は、乗車人員にも表れている。上野駅の1日平均乗車人員が最も多かったのは1988年度の22万4962人。これは東北・上越新幹線が上野駅を始発・終着駅とし、夜行列車も数多く発着していた時代である。一方、2024年度の乗車人員は17万42人で、JR東日本管内では13位となっている。


●3層のホームが物語る、玄関口としての変化


 こうした玄関口としての変化は、上野駅のホームの構造からも見て取れる。


 JR東日本の上野駅には、高架、地平、地下の3層にホームが設けられている。高架ホームの上には、駅ナカの商業施設を備えた広いコンコースが広がり、地平ホームに直結する改札口の周辺にも多くの店舗が並んでいる。


 現在、上野駅で最も多くの列車が発着するのは高架ホームだ。上野東京ラインの列車が東京を南北に行き来し、在来線特急の多くも品川駅を始発・終着駅としている。


 一方、長距離列車や夜行列車が数多く発着していた地平ホームは、かつてと比べて閑散としている。13番ホーム周辺は豪華寝台列車の「TRAIN SUITE 四季島」の発着に合わせて改修され、現在も一部の列車が地平ホームを使用している。ただ、地平ホームは線路が上野駅で行き止まりになる頭端式ホームであり、上野駅より南へ列車を走らせることができない。そのため、都心への直通運転が主流となった現在では活用しにくい構造になっている。


 地下にある新幹線ホームにも、上野駅がターミナルとしてにぎわっていた時代の面影が残る。ホームは地下深くにあり、地上から向かうには何度かエスカレーターを乗り継がなければならない。その途中には、現在は使われていないエスカレーターや、利用者の数に比べて広く感じられるコンコースもある。こうした空間からは、上野駅が新幹線の始発・終着駅だった時代の規模やにぎわいがうかがえる。


 3層に重なるホームは、始発・終着駅としてのターミナルから、都心と北関東を結ぶ交通拠点へと変化してきた、上野駅の歴史そのものなのである。


●文化と暮らしの面では「目的地」


 鉄道の面ではターミナルとしての役割が大きい上野駅だが、駅の周辺に目を向けると、上野そのものを目的に訪れる人も少なくない。


 上野駅周辺の象徴といえば、桜の名所として知られる上野公園だろう。その周辺には、東京国立博物館や国立西洋美術館、国立科学博物館など、日本を代表する文化施設が集まっている。上野動物園や東京芸術大学もあり、上野は日本有数の文化拠点といえる。


 商業施設が充実していることも、上野駅周辺の特徴だ。ヨドバシカメラやマルイなどがあり、線路沿いには、多くの買い物客や観光客でにぎわうアメヤ横丁がある。みやげ物から家電、衣料品、食料品まで、幅広い買い物ができる街なのである。


 このように上野駅周辺には、美術、音楽、歴史、自然科学など、さまざまな分野の文化や学問に触れられる施設や、日々の暮らしを支える店が集まっている。鉄道網やビジネスの観点から見れば、上野は都心への交通拠点かもしれないが、文化や買い物、レジャーを目的に訪れる人にとっては、それ自体が目的地なのである。


●上野の個性はどこにあるのか?


 多くの人を引きつける目的地である一方、上野駅周辺は、大企業の本社が集まる大規模なオフィス街ではない。


 上野駅のある台東区には2万9560の事業所があり、従業者数は24万1112人。1事業所あたりの従業者数は約8.2人となる。23区平均の12.9人、東京駅のある千代田区の25.0人と比べても、小規模な事業所が多い地域であることが分かる。


 つまり上野は、東京駅周辺のような大規模な企業の集積地ではなく、文化施設や観光地、商店、中小規模の事業所が混在する街として発展してきたのである。


 時代に応じて玄関口としての役割を変えながら、目的地としての魅力も併せ持ってきたこと。それこそが上野の特徴であり、アイデンティティーなのかもしれない。


(小林拓矢)



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