写真「スマホで使われる5Gの電波は体に悪い」「電子レンジを使うとがんになる」「波動を高めると人生が好転する」など、SNSをはじめ、巷では今日も根拠にとぼしい「エセ科学」がまん延しています。
その現状をまるで「伝言ゲーム」のようだと警鐘を鳴らすのは、Instagramなどで物理学にもとづく科学の知識を発信している物理学系クリエイターのかがみあやかさん(@ayaka_physics)です。
北海道大学や同大学大学院で物理学を学び、一般企業での研究職を経て、インフルエンサーとしての活動を続けています。
正しい科学の知識があれば「嘘」を見抜けるはずの「エセ科学」に、なぜ、人はハマってしまうのか。不安をおぼえる人たちと日々向き合うあやかさんに「エセ科学」が広がるプロセス、身を守る術などを聞きました。
◆「いい波動」「悪い波動」はありえない
――あやかさんが考える「科学」の意義とは何でしょうか?
あやか:平たくいうならば、自然現象を読み解く学問で、過去に積み重ねられてきた知見を、時代ごとに繰り返し確かめながら積み上げていくものだと捉えています。
科学の分野で特に大切なのは「再現性」です。再現性とは、同じ条件や手順で実験をやったとき、誰がおこなっても同じ結果が得られることです。私のところに質問がくる「エセ科学」でいえば、論文がたった1つしか発表されていないのに「アメリカでこういう論文が出ているから正しい!」と主張する人がいます。でも本来は、複数の研究者が同様の研究を行い、同じ結果が出ることで初めてその正当性が認められます。この仕組みを知らないために、さも正しいかのように見せかけた情報に飛びついてしまう人は、少なくないと感じています。
――近年では、スピリチュアル界隈で「量子力学を使って人生を開花させる」「量子力学的な考え方で夢を叶える」といった発信を見かけることがあります。
あやか:そうですね……。スピリチュアル界隈で量子力学が盛り上がりすぎていて「どうしたらいいのだろう」と、私自身も悩んでいます。
そもそも、量子力学というのは「非常に小さな世界を扱う学問」なんですよ。原子という言葉は聞いたことありますよね? 物質を細かく分解していくと「原子」になり、さらにそれを構成するもっとも小さな単位である「素粒子」に行き着きます。そうした原子や素粒子のレベルで起きる、微小な世界の現象を解き明かすのが量子力学なんです。
だから、私たちが日常で体験するマクロな出来事、例えば意識や引き寄せなどに対して、量子力学の法則をそのままこじつけて語るのには無理があるんですよ。
――「波動」という言葉もよく聞く印象があります。「波動で人生が変わる」といったフレーズを見かけたこともありまして、実際のところ、どうなんでしょう……。
あやか:本来、物理学における「波動」とは、音や光、電磁波などのように、振動が空間を伝わっていく物理現象を説明するための概念にすぎません。そこにあるのは振動が1秒間に何回繰り返されるかを示す周波数が「高いか低いか」あるいは振幅が「大きいか小さいか」といった、測定可能な数値だけなんです。
ところがスピリチュアル界隈では、よく「いい波動」や「悪い波動」といった表現が使われますよね。これは物理学の視点から見れば、「いい重さ」とか「悪い重さ」と言っているのとまったく同じなんです。
波動にも重さにも、善悪の概念なんて存在しません。本来の定義さえ知っていれば、一発で「あり得ない」と気づけるはずなのですが、現実には信じてしまう人が少なくないのが現状ですね。
◆インフルエンサーが「エセ科学」拡散の温床に
――目にした情報が危ういか否か、相談が多く寄せられていると聞きました。どのような内容が多いのでしょうか?
あやか:電子レンジの電磁波についての相談が多いですね。また、通信規格の5Gや放射線への不安を抱える人もいます。
そのときどきでトレンドは変わるんです。影響力のあるインフルエンサーや医師の資格を持っている人が「エセ科学」の情報を伝えているケースもあり「こんな動画を見たんですけど、本当なんでしょうか。不安です……」というDMをよくもらいます。
例えば、「乳がん検査で使われるマンモグラフィーでがんになる」というエセ科学。まったくエビデンスのない情報を医師資格を持つ人が広めており、それを見て不安になった方から質問がありました。
マンモグラフィーで浴びる放射線量は、東京からニューヨークまで飛行機に乗ったときに浴びる自然放射線量とほぼ同じ。健康へのリスクは極めて低く、検査によって乳がんを早期発見できるメリットのほうが遥かに大きいです。
――具体例を挙げるとキリがないですね。電磁波への懸念もよく聞かれます。
あやか:本来、電磁波は身近なものなんです。太陽光も電磁波ですし、私たちがストーブなどで温かさを感じるのも、熱を伝える電磁波(赤外線)の働きによるものです。ただ、電磁波と聞くと「電波」だけをイメージする人たちが多いんですよね。さらに言うと「電波=人工的で体に悪いもの」という誤ったイメージを持つ人も少なくないです。
その結果、「電磁波を浴びると病気になる」と過剰に恐れてしまい、スマホに貼る高額な「電磁波よけシール」を買わされてしまうケースも後を絶ちません。実際、私の元にも「6万円も払ってしまいました」という切実な相談が寄せられたことがあります。
これも実は、科学的な視点から反論できます。そもそも、スマホから出る程度の微弱な電磁波が健康に害を及ぼすという科学的根拠はありません。しかし、百歩譲ってそのシールに本当に電磁波を遮断・吸収する効果があるのだとしましょう。もし本当にスマホ全体の電磁波を防げているなら、スマホは電波をキャッチできなくなり、一発で「圏外」になってしまうはずです。
通話やネットが普通に使える時点で、そのシールは電磁波をまったく遮断できていない証拠。冷静に考えたら「そんな効果はあり得ない」と気がつけるはずなんです。
――日頃から、そうした反証をSNSでも投稿されているんですよね。批判的な反応がくることもありますか?
あやか:いわゆる「エセ科学」を広める方、信じきっている方から「政府の犬」「工作員」と攻撃的なメッセージがきて、精神的にキツくて発信をあきらめようと思った時期もありました。
ただ、発信を続けることで「情報を見て、迷っている人が一瞬でも立ち止まるきっかけになれば」とは考えています。私の発信によって「やっぱり、科学って大事なんだ」と思っていただいたときには、続けていてよかったと心から思います。
◆「〜さえ」「絶対〜」の表現には要注意
――なぜ、人は「エセ科学」を信じてしまうと思いますか?
あやか:現象が目に見えないことが不安や恐怖につながり、エセ科学を信じるきっかけになっていると思います。大昔に、写真が普及しはじめたときに「写真を撮ると魂を抜かれる」と言われていましたよね。それと同じ話だと思っています。
例えば、スマホで使われている通信規格の5Gについても、新しく登場した当時は、身体への影響が今以上に騒がれていましたよね。ですが、5Gが人体に影響を及ぼすという科学的根拠はありません。簡単に説明すると5Gで使われている電波は、これまで私たちが使ってきた3Gや4Gの携帯電波や、家のWi-Fiなどと同じ電磁波の仲間だからです。
ネットの一部では「遺伝子を傷つける」「がんになる」といった過激な噂もありますが、5Gの電波にはX線や放射線のような細胞を傷つける強いエネルギー(電離作用)はありません。国際的な安全基準をはるかに下回る微弱な電波であり、体に害を及ぼさないことが世界中の研究で実証されています。
――いわゆるデマを広める人たちについてはどう思いますか?
あやか:正直、同じ発信者として考えると、そうしたデマ系のアカウントのほうが自分より影響力が強かったりして悔しい気持ちになります(苦笑)。
量子力学で人生が好転するという参加費100万円のセミナーを開いている方もいますし、「量子で加工した水を飲めば健康になる」「量子力学にもとづいた高級ドライヤーで髪をしなやかにする」といったトンデモ商品やサービスがあふれていたり。物理学という私の“推し”を都合よくけがされているようで、やるせない気持ちになります……。
――理系の知識があまりなくても、エセ科学を見分けるコツはありますか?
あやか:まず、科学の用語が出てくるのに「具体的な数字やデータ」が出てこない内容には注意しましょう。そして、抽象的な話が多く具体的なメカニズムが説明されていないことですね。「これさえ食べれば」「絶対にやせる」など、「〜さえ」「絶対〜」と断定している表現も要注意です。
科学では、どんな現象にも「条件」や「前提」が不可欠です。それが言及されてなくてとにかくメリットしかないものは怪しいです。
よく、車に例えるんですが「どんな故障も直るガソリン」はありませんよね。それと同じで、「これを使うだけで人の健康や人生が劇的に好転する」というような都合のいい科学的現象はありえないと言っていいです。
◆小学校などで習う理科が「身を守る術」に
――「エセ科学」が広まる背景には、何があると思いますか?
あやか:SNSによって、伝言ゲームになってしまっているのは大きいと思います。1人が発信した情報を誰かが聞きかじり、また、別の人が発信して……と繰り返すうちに、尾ひれが付いて話が飛躍していくので、どこかで訂正しようにも難しい状況が延々と続いている気はします。あとは、教育の課題も感じています。
――そもそもの教育が、ということですね。
あやか:はい。実は学校の理科教育のレベル自体は高くて、エセ科学の矛盾に気づくための知識は、義務教育のなかでみんなすでに習っているんです。
例えば「水素水」の例で言えば、中学校で「水素は水に溶けにくい」という性質をちゃんと習います。知識としてはみんな持っているはずなのに、いざ目の前に怪しい商品が現れたときに、その知識を使って「あれ、おかしいぞ?」と結びつかない人もいる。ここに教育の課題を感じています。
理科教育が、自分の日常と切り離された「他人事の学問」として捉えられているケースが多いです。相談してくださる方に仕組みを説明すると、「あ、学校で習ったアレのことだったんですね!」とハッとされる方がたくさんいます。
知識はあるのに、それを日常の危険から身を守るために応用できるということに、みんな気づけていないんです。理科という学問をいかに「自分事」として捉えてもらえるか、そこを変えていく必要があると思っています。
――小学校や中学校で習う「理科」が「エセ科学」から身を守る術になるんですね。
あやか:科学の知識のほかに、「人は誰でも間違える」という前提を持っておくことも大切です。現代では「何を言うか」よりも「誰が言うか」が重視される風潮もありますが、「あの人が言うから正しい」と判断するのは危ういです。
私も「エセ科学」への不安から相談してくださる方に「物理については自信がありますが、医療的な内容であれば、お医者さんにも確認してください」と、返すときがあります。判断を誰かに委ねるのではなく、自分でも考える。その姿勢がもっとも大切ではないかと思います。
【かがみあやか】
物理学系クリエイター。Instagramやnoteで身近な物理学の知識や科学リテラシーを高める考え方の発信をしている。物理学専攻、理学修士、3児の母。季刊誌『プレジデントFamily』で「家庭の科学」連載中。
<取材・文/カネコシュウヘイ 撮影/林紘輝>