画像提供:マイナビニュース日本近海には約3,800種もの魚が生息するといわれる一方、市場で安定的に流通する魚種はごく一部に限られている。見た目や加工のしにくさなどを理由に、獲れても値段が付かない「未利用魚」は、漁業経営を圧迫する長年の課題だ。そんな未利用魚を有効活用し、家庭に届ける魚のサブスクリプションサービス「フィシュル!」が、2026年3月にサービス開始から丸5年を迎えた。累計ユーザー数は6.8万人を突破し、活用してきた未利用魚は累計248トンにのぼる。
このサービスを手掛ける株式会社ベンナーズ(福岡市)代表取締役の井口剛志氏に、これまでの5年間の歩みと、未利用魚というテーマに向き合い続けてきた理由、今後の展望について話を聞いた。
BtoBプラットフォームから、コロナ禍を経て生まれた「フィシュル!」
ベンナーズは元々、全国の産地と買い手をインターネット上でマッチングするBtoBプラットフォーム事業からスタートした企業だ。井口氏は全国の産地を巡るなかで、未利用魚の存在や産地が抱える課題に直面し、「流通構造を整えるだけでなく、魚の需要そのものを作っていく何かが必要になるのではないか」と感じていたという。
転機となったのは2020年、新型コロナウイルスの感染拡大だった。主要顧客だった外食産業向けのBtoB事業は売り上げが激減。同時に、受け皿を失った魚が全国各地で余る事態が相次いだ。
「未利用魚を有効活用し、誰でも簡単においしい魚を家庭で楽しめるサービスを作れば、作り手・使い手・社会の三方がハッピーになれるビジネスができるのではないか」。そう考えて誕生したのが「フィシュル!」だった。2021年3月の正式サービス開始から1〜2年で、SDGsへの関心が高い層を中心に順調に会員数を伸長。しかし2023年末、同社は「フィシュル!」のリブランディングという、大きな決断に至る。
「当時は『フィシュル=未利用魚』というイメージがどうしても強く、それを素晴らしい取り組みだと捉えて支持してくださるお客様がいた一方で、そのキーワードだけでは今後の広がりが限られてしまうという課題がありました」
未利用魚というエッセンスは残しつつ、「旬のおいしい魚と出会えるサービス」として、ロゴやWebデザイン、コアメッセージまで一新。2024年にはパーソナライズ機能やアレンジレシピサイトの追加など、利便性向上の取り組みも進めてきた。その結果、ユーザー数は2026年5月時点で6.8万人を突破。「魚といえばフィシュルと言われるブランドを目指すうえで、ようやく第一歩を踏み出せたところ」と井口氏は現在地を語る。
「扱いが雑だった」未利用魚 現場の意識を変えた地道な交渉
未利用魚の活用は、以前から水産業界で課題視されながらも、なかなか解決の糸口が見えなかったテーマだ。同社も、フィシュル! を軌道に乗せるまでに様々な壁に直面したという。その一つが「鮮度の維持」だ。
「サービスを始めた当初、未利用魚と言われる魚は扱いがとても雑でした。通常、水揚げした魚は船上の氷水入りのクーラーボックスにすぐ入れるものですが、当初はそれすらしてもらえなかったり、氷が入っていない箱にそのまま入れられていたりなど、鮮度をキープする作業が行われていないこともありました。それでは食用に加工することすらできません」
そこで「通常の魚と同じような扱いをしていただけないか」と粘り強く依頼を重ねた結果、徐々に魚の品質は向上。すると変化が生まれた。「『あの魚、売り始めてるじゃん』『じゃあ俺らも売りたいわ』と、量も自然に集まるようになっていきました」
漁師にとって元々未利用魚は、狙った魚を獲る網に、意図せず混じって入ってくる場合がほとんどだという。「取りたくて取っているものではない」存在だからこそ、口コミによって現場の意識が変わっていく過程は、業界内の共感の強さを物語っている。「メディアで取り上げられたのを見て、面識のない産地から『一緒に取り組めないか』と連絡をいただくこともありました。それだけ共感していただけたのだと思います」
もう一つの課題は、魚がまとまった状態ではなく「ごちゃ混ぜ」で届くことだった。「魚種ごとに加工方法も、何を作るかも変わってきます。ごちゃ混ぜで届くと、まずそれを選別するところからのスタートになってしまう。量が増えてくると、それでは埒が明かなくなるので、産地の側であらかじめ選別していただくよう協力をお願いしたポイントです」
一方で、漁業者とのコミュニケーションには独特の難しさもある。
「魚は生き物なので、こちらが欲しいときに欲しい量が必ずあるとは限りません。だからこそ我々としても仕入れ先は複数開拓していく必要がある。そうなると、これまでたくさん買えていた仕入れ先から、一部しか買えなくなるといったことがどうしても発生してしまいます。約束と支払いを守ることは当たり前として、相手の事情も考慮しながらこまめなコミュニケーションを重ねること、そしてサービスの理念に共感し応援していただけている関係性をぶらさないことを大切にしています」
と語った。そうした地道な関係づくりを続ける中で、「若いやつが頑張っているから応援してあげよう、という男気のある方々はいますね」と、サービスを後押ししてくれる漁業者への感謝をにじませた。
家庭での「魚離れ」の正体は、調理の手間
日本人の魚介類消費量は2001年度の約40.2kgから2023年度には約21.4kgへと、20年でほぼ半減した。一方で、海鮮寿司市場は堅調に伸びているという。井口氏はこの一見矛盾する状況をどう見ているのか。
「魚が嫌いになっているわけではなく、家で魚を調理するという行為そのものから離れていっているのだと思います。共働き世帯が当たり前になり、忙しい生活のなかで、魚は肉に比べて調理の工程が複雑。マンション住まいで魚を焼く際のにおいや後片付けを気にする方も増え、家庭で魚を食べるハードルはむしろ上がっている面もあります」
だからこそ重要なのは、「食べやすくすること、簡単にすぐ食べられるようにすること」だと井口氏は語る。「これまで約60種類の味付けを開発し、現在も約40種類を展開していますが、実際に多いのは『解凍してご飯に乗せる』『サラダに乗せる』というシンプルな食べ方でした。もっと多様な食べ方を提案したいという思いで味付けを増やしてきましたが、そこまで求められていない可能性もある。お客様が本当にどんな食べ方をし、どこに価値を感じてくださっているのか、今まさに追求しているところです」
未利用魚は魚種の幅がきわめて広く、加工方法の確立自体が大きな挑戦だ。
「現場では、魚屋出身者や料理人など、ずっと魚を扱ってきたメンバーが集まっていて、捌いたことのない魚が入ってきたときは『これどうしようか』という話が行われます。
例えばワニゴチという白身のおいしい魚があります。見た目からは『ワニみたいでどうすればいいんだ』となりますが、どんなに食べたことのない、見たこともない魚でも、白身・赤身・青魚のいずれかに分類できるんです。白身魚だと分かれば、『白身魚向けの味付けの代表的なパターンのどれかがいけるはずだ』と仮説を立てて味付けを試せます。それを積み重ねてきました」
地道な努力の結果、現在は「この魚、食べられるんだと初めて知りました」「めちゃめちゃ美味しかったです」といった驚きの感想に加え、食べるイメージを持たれにくい魚についても「身がふわふわしていて美味しかった」といった好評の声が届いている。
「当たり前のビジネス」として描く、これからの未来像
未利用魚の活用という社会課題解決型のテーマを掲げながら、ビジネスとして5年間で着実な成長を遂げたフィシュル。ビジネスとしての利益追求と社会的意義のバランス感覚について尋ねると、井口氏からは意外な答えが返ってきた。
「正直に言うと、『ソーシャルビジネス』という言葉には違和感があります。すべてのビジネスは何かしらの課題を解決し、その対価を得ることが大前提だと思っているからです。課題を解決するだけならボランティアになってしまう。課題解決に価値を感じていただき、その対価としてお金をいただくことは、むしろ当たり前のことだと考えています」
最後に、フィシュル!、そしてベンナーズが実現したい未来を尋ねた。
「中長期では、『フィシュル!』と聞いたときに『魚のサービスね』とすぐに認識していただけるようなブランドにしていきたい。売り上げや利益といった数字の面でも、認知の面でも、目指す姿とのギャップはまだ大きいですが、今ターゲットにしているお客様層をしっかり取りに行きながら、既存のお客様の満足度・単価・継続率を上げていく。それを地道に積み重ねていきたいと思っています」
同社が公開した実績によれば、5年間で活用した未利用魚は累計248トン、取り扱い魚種は約200種類に拡大。今後5年で取り扱い魚種を300種類以上、年間の未利用魚活用量を150トンまで拡大する目標を掲げる。2026年2月には水産加工会社・玄天のグループ会社化も実施し、製造キャパシティやHACCP取得に向けた体制整備も進めている。さらに、インドネシアを皮切りに海外展開も検討しているという。
未利用魚という長年の課題に、ビジネスとして向き合い続けてきたベンナーズ。「食の選択が、産業や環境の未来につながる」という実感を日常に根付かせる挑戦は、これからも続いていく。(望月悠木)