画像提供:マイナビニュース親が亡くなり、役所や金融機関から集めた書類が机の上に積み上がる。戸籍謄本、除籍謄本、財産目録、遺産分割協議書――。どれだけ目を通しても、どこが重要なのかわからない。
誰が相続人になるのか、次に何をすればよいのか。慣れない手続きを前に、途方に暮れる人も少なくないだろう。
そこで頼りたくなるのが、ChatGPTやGeminiなどの生成AIだ。書類をスマートフォンで撮影し、「この戸籍を要約して」「必要な手続きを教えて」と入力すれば、複雑な内容を短時間で整理してくれる。
相続や墓じまいのように、専門用語が多く、身近な人にも相談しにくい場面では、心強い助けになる。ただし、戸籍に書かれているのは、自分の情報だけではない。
亡くなった親や兄弟姉妹、子ども、甥や姪の氏名、生年月日、本籍地まで載っている。財産関係の資料には、預貯金額や不動産の所在地、金融機関名が記されることもある。
相続手続きを任された立場であっても、そこに載る親族の情報を、自分の判断だけでAIへ渡してよいとは限らない。「手元にある書類」と「自由に扱ってよい情報」は別物だ。では、戸籍や財産関係の資料は、どこまで入力してよいのだろうか。
○本当に怖いのは「AIの学習」ではなかった
生成AIに個人情報を入力する際、多くの人がまず気にするのは、会話の内容がモデルの改善や学習に使われるかどうかではないか。
入力した情報の扱いは、利用するサービスや契約内容、設定によって異なる。チャット履歴を保存する機能と、モデル改善への利用を許可する設定も同じではない。履歴を削除しただけで、入力内容の扱いまで変わったと考えるのは早い。
相続では、こうした設定とは別に注意すべき問題がある。
戸籍や遺産分割協議書には、利用者本人だけでなく、親族の情報も含まれている。亡くなった人に関する記載から、生存する親族の家族関係や事情が明らかになる場合もある。
相続手続きを任されているからといって、書類に載る親族全員の情報を、自分の判断だけで外部サービスへ渡せるわけではない。
生成AIの活用支援を行うSHIFT AI代表取締役の木内翔大氏は、AIを使う際のリスクを二つに分けて説明する。
「一つは、入力した内容がモデルの改善に使われるリスクです。もう一つは、自分にAIへ提供する権限がない他人の情報を入力してしまうリスクです。相続や仕事の場面で、より注意が必要なのは後者です」(木内氏、以下同)
モデル改善への利用を停止したり、一時的なチャット機能を使ったりすれば、サービス側での情報の扱いに関する懸念は一定程度抑えられる。仕事で利用するなら、法人向けの環境を選ぶ方法もある。
もっとも、設定を変えても、他人の情報を入力してよいかどうかの問題まで解決するわけではない。AIへ書類を渡す前に確かめたいのは、設定項目よりも、そこに誰の情報が載っているかである。
○「戸籍を丸ごと入力する」必要はない
相続関係の書類は、「そのまま使えるもの」「加工してから扱うもの」「入力を避けるもの」に分けると整理しやすい。
自分で作ったメモや、自分の状況だけをまとめた文章であれば、氏名や住所を伏せたうえで、論点や質問事項の整理に活用できる。
一方、戸籍謄本や除籍謄本、遺産分割協議書、相続人全員の住民票、改葬許可に関する書類には、複数人の情報が含まれる。そのままアップロードするのは避けたい。
マイナンバー、預金・証券口座の番号、暗証番号、パスワード、本人確認書類の番号、実印の画像、保険証券番号なども、一般的な相談には必要ない。回答に影響しない情報まで渡す理由はないだろう。
多くの疑問は、書類そのものを読ませなくても解決できる。例えば、「この戸籍を読んで相続人を確定して」と頼む代わりに、「父が亡くなり、母はすでに他界している。父より先に亡くなった長男には子どもが2人いる」と、家族関係だけを文章にすればよい。
墓じまいも同様だ。「改葬許可を得るまでの流れを知りたい」「寺院への相談文を作りたい」と尋ねるなら、故人の氏名や本籍地を伝える必要はない。
「書類を丸ごと読み込ませず、必要な事実だけを一般化して伝えれば、個人を特定できる情報を出さずに、確認事項を整理できます」
AIが得意なのは、一般的な手順や疑問点を整理し、文章のたたき台を作ることだ。法定相続人の確定や遺産分割の法的判断、相続税額の算定、遺言書の有効性は、戸籍のつながりや認知、養子縁組、代襲相続、財産の名義などによって結論が変わる。
とくに、昭和初期や明治・大正期の古い戸籍(改製原戸籍や除籍謄本)は、縦書き・旧字体・手書きで記されていることが多い。現在の画像認識(OCR)や生成AIは高確率で文字や続柄を誤読し、実在しない相続人を捏造(ハルシネーション)するリスクもある。
○資産額より危ない「資産のありか」
個人情報を隠すとき、まず氏名を削除しようと考える人は多い。だが、名前さえ消せば、本人を特定できなくなるとは限らない。
生年月日、市区町村、勤務先、役職、家族構成などが重なれば、人物を絞り込める可能性がある。地方の小さな地域や規模の小さい会社では、勤務先と役職だけでも誰なのか見当がつく場合がある。
資産情報も、金額だけを伏せれば十分とはいえない。不動産の地番や金融機関名、支店名、証券口座・保険証券の番号は、個人や資産を特定する手掛かりになり得るためだ。
そこで有効なのが、情報を削除するのではなく、関係性を残したまま置き換える方法である。
「父・田中太郎」は「被相続人A」、「長男の自分」は「相続人B」、「弟」は「相続人C」とする。住所は「東京都内」や「地方都市の実家」までぼかし、生年月日は「1946年生まれ」、資産額は「約3000万円」などに丸めればよい。
「すべて消すと、家族関係や時系列までわからなくなります。個人を特定できる部分だけを記号に置き換え、構造を残すのがコツです」と木内氏。ただし、「A=父」などの対応表まで同じAIに入力すれば、匿名化した意味がなくなる。対応表は、紙やオフラインのメモで管理したい。
PDFや写真をそのままアップロードする際にも注意が必要だ。余白に書かれた電話番号や整理番号、印影、QRコード、別ページに載る親族の氏名など、本人が意識していない情報まで読み取られる可能性がある。
黒塗りも、加工方法によっては元の文字が残る。最も確実なのは、質問に必要な事実だけを自分で打ち直すことだ。
迷ったときは、「その画面を印刷して、駅の掲示板に貼れるか」と考える。厳密な法律上の基準ではないが、送信前に一度立ち止まるための目安にはなる。
○個人アカウントに入れた瞬間、何が起きる?
他人から預かった情報を、自分の判断だけでAIへ渡さない。この原則は、仕事の資料にもそのまま当てはまる。
顧客名簿、取引先の企画書、未公開の売上資料、取材音源、医療や金融に関する記録。AIを使えば短時間で要約や分析ができるため、個人アカウントに資料を入れたくなる場面もあるだろう。
しかし、業務で最初に確認すべきなのは「秘密保持契約」や「業務委託契約」である。
契約書に「生成AIの利用禁止」と明記されていなくても、第三者への開示や外部サービスへの保存を禁じる条項に触れる可能性がある。クライアント側の社内規程で、特定のサービスの利用自体が認められていない場合もある。
「書いていないから使ってよい」と考えるのは危険だ。判断に迷うなら、どの工程で、どのような環境を使うのかを事前に確認したほうがよい。
仕事の資料は個人用アカウントで扱わず、会社が承認した環境や法人向けプランを選ぶ。あわせて、入力内容がモデル改善に利用されない設定や契約になっているかも確認しよう。
氏名を消しただけでも十分ではない。未公開の事業計画や顧客情報など、業務上の秘密が残っていないかを見る必要がある。なかでも避けたいのは、会社やクライアントに隠れてAIを使うことだ。
「信頼を失いやすいのは、AIを使ったこと自体より、利用していた事実が後からわかったときです。一次案にAIを使い、最終的な確認と責任は自分が持つと説明できる状態にしておくべきです」
問われるのは、何を入力し、どこまでAIに任せたのかを説明できるかどうかだ。相続でも仕事でも、送信前に「誰の情報か」を確かめたい。
西脇章太 にしわきしょうた 1992年生まれ。三重県出身。県内の大学を卒業後、証券会社に入社し、営業・FPとして従事。現在はフリーライターの傍ら、YouTubeにてゲーム系のチャンネルを複数運営。専門分野は、金融、不動産、ゲームなど。公式noteはこちら この著者の記事一覧はこちら
木内翔大 きうちしょうた 株式会社SHIFT AI代表取締役。2022年に株式会社SHIFT AIを設立し、「日本をAI先進国に」をミッションに掲げ、国内利用者数No.1(※)のAIのビジネス活用を学べるコミュニティ「SHIFT AI」を運営、有料会員数は4万人を突破した。一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)協議員。GMO AI&Web3株式会社 AI活用顧問、GMO AI&ロボティクス商事 AI活用アドバイザーを務める。SNSでの情報発信にも力を入れており、X(旧Twitter)やInstagramなどを合わせた総フォロワー数は20万人を超えるなど、国内有数のAIインフルエンサーとしても活動している。著書『AIのド素人ですが、10年後も仕事とお金に困らない方法を教えて下さい! 最悪の未来でも自分だけが助かる本』(KADOKAWA刊)は累計11万部(電子含む)を突破。※GMOリサーチ&AI株式会社調べ この監修者の記事一覧はこちら(西脇章太)