
世界の一流は、仕事をすべて完了させてから帰路につくのではなく、あえて仕事を終わらせずに帰宅します。これは決して手を抜いているわけではなく、自ら仕事の区切りを設けて、意図的に「途中」で作業を中断しているのです。
弊社が2019年に行った約1万2000人を対象にした行動分析では、日本におけるハイパフォーマー(人事評価で上位20%に入る人たち)の約7割が、「タスクをすべて終えないまま」退社していました。逆に、下位層ほど「全部終えてから帰る」傾向が強かったのです。
「仕事ができる人ほどやり残しを作る」という事実は、一見すると矛盾しているように感じられるかもしれません。一流は、なぜあえて仕事を途中で止めるのでしょうか? 多くの人は、タスクが終わったことや、これ以上は無理だと感じるほどの疲労を基準にして、その日の仕事を切り上げています。
しかし、これらは仕事の状況や自身の体調に振り回されている状態であり、自律的な判断に基づいた帰宅とは言えません。
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一方で一流のビジネスパーソンは、仕事の進ちょくや疲労度に関わらず、あらかじめ自分で決めた時刻になったことを理由に自律的に退社します。この基準を徹底しているからこそ、彼らは早く帰ることができています。
あえて仕事を終わらせずに職場を後にするのは、早く帰るためだけではありません。作業を途中で止めることで、翌朝に迷うことなくすぐ業務に取りかかる仕組みを整えているのです。すべての作業を完了させてから退社すると、翌朝はゼロの状態から始動しなければなりません。
始業時にまず「何をするか」を考える工程が生じ、朝の貴重な時間が削られてしまいます。
一方で、仕事を途中で止めておけば、翌朝は前日の続きからスムーズに着手できます。作業の流れが頭に残っているため、業務の立ち上がりが圧倒的に速くなるのです。この現象は、心理学において「ツァイガルニク効果」として知られています。
人間は完了した事柄よりも、未完了の事柄の方を強く記憶に留める性質を持っています。未完成の状態を維持することで、翌朝には自然と続きの作業へと手が伸びるようになります。
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私が在籍していたマイクロソフトでは、複数のバイスプレジデントが退社前に共通して実践している習慣がありました。彼らは帰り際に、翌日の最初のタスクにあえて「途中まで」手をつけてから、帰路についていたのです。
メールの下書きを書きかけの状態で保存したり、企画書の冒頭だけを書いてファイルを閉じたりするといった具合です。理由を尋ねると、複数の役員が、「続きがあることで、翌朝の業務をスムーズに開始できる」と答えました。
ゼロの状態から作業を始めるよりも、中断した箇所から再開する方が、より早く集中状態に入れます。これはまさに、未完了の事柄のほうが記憶に残りやすいという「ツァイガルニク効果」を実務に応用した手法です。
●疲れている今の自分よりも「明日の自分」の方が質が高い
一方で、多くの日本人は「仕事が終わったら帰る」という、当日の完遂を前提とした思考を持っています。この考え方に縛られると、仕事がすべて完了しなければ帰宅できないという状況に陥ります。
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弊社の調査では、日本のビジネスパーソンの63%が「今日中に終わらせるべき仕事が残っている」と感じながら退社していることが判明しました。彼らは罪悪感を抱えたまま、不完全燃焼の状態で帰路についています。
「仕事を終えてから帰る」という考え方は、一見すると責任感の表れのように見えます。しかし実のところ、この捉え方は、生産性を削る要因ともなり得ます。
「今日やり切る」という目標に固執するほど、終わりが見えない状況に対する焦燥感は強まります。それに伴い、過度な負担による疲労も蓄積されていくのです。
弊社が2017年9月から2026年1月にかけて、20業種815社の従業員10代〜70代の男女、累計17万3208名を対象に実施した「朝の持ち越し疲労」に関する調査では、朝に慢性的な疲労を感じている人ほど、午前中の集中持続時間が短く、重要業務の処理速度も落ちる傾向にあるという結果が出ました。
具体的には、朝に持ち越し疲労を感じる層の集中持続時間は34分にとどまるのに対し、疲労を感じない層は52分と、約1.5倍長く集中できることが確認されています。午前中のタスク完了数も、「疲労なし層」が「疲労あり層」より23%多いというデータです。
疲れた状態で残業し、翌朝は集中できない状態で仕事を始める──。この循環が続くかぎり、仕事の質は決して上がりません。
同じ調査では、残業時間が長い人ほど「今日中に終わらせることへのこだわり」が強い傾向も明らかになっています。実際、朝に慢性的な疲労を感じる層は、1日あたり9.1時間労働であるのに対し、疲労を感じない層は8.2時間労働で、月平均の残業時間に約19時間の差があります。
さらに、仕事開始後90分以内に重要業務を終える割合は、疲労なし層が疲労あり層の2.4倍にのぼりました。パフォーマンスが高い人ほど、「今日終わらなければ、明日やる」と切り替える場面が多いのです。
一流が「終わらせずに帰る」のは、疲れている今の自分より、明日の自分の方が質の高い判断ができると知っているからです。
私が米国マイクロソフト本社で働いていた頃、翌朝に大がかりな経営会議を控えていた夜のことです。ホテルのロビーで資料の最終確認をしていた私の隣で、ある副社長が静かにソファに腰を下ろしました。PCをそっと閉じ、照明を少し落としてイヤホンをつけると、音楽を流しながら目を閉じたのです。
「何をされているのですか」と声をかけると、彼はこう答えました。
「夜に考えすぎると、朝の判断力が落ちるんだよ。脳が疲れていると、リスクを取らずに、いちばん安全そうな答えを選ぼうとしてしまう。だから私は、夜になったら『考えるのをやめる』練習をしているんだ」
私はそれまで、資料の細部を何度も見直し、頭の中でシミュレーションを繰り返すことこそが万全な「準備」であると信じ込んでいました。しかし、彼の言葉は私の従来の考えを根底から覆すものでした。
疲労が蓄積した「夜」に負荷の高い仕事を配置せず、心身が回復した「朝」にそれらを集中させる──。これが、成果を出し続ける人たちが共通して持っている基本的な姿勢です。
(越川慎司、クロスリバー 代表取締役)
この記事は、書籍『世界の一流は「平日」の夜に何をしているのか 年収が上がる帰宅後の過ごし方 』(越川慎司/クロスメディア・パブリッシング)に、編集を加えて転載したものです。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
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