
実業家のスティーブン・シノフスキー氏といえば、1994年から2006年までMicrosoftでOffice製品部門の責任者を務めた後、開発が非常に難航し低評価を受けた「Longhorn」ことWindows Vistaを引き継いで開発体制の立て直しを行い、Windows 7を成功に導いた立役者として知られている。
そしてWindows 8とSurfaceシリーズのローンチを機に退社(参考記事)し、現在は著名企業のアドバイザやパートナーとして活動しつつ、業界のさまざまな情報発信を行っている。
先日、彼がXに投稿したポストが話題になった。Microsoft Officeのブランディングに関する話だ。
同氏はInstagramのプロダクトデザイナーを務めるフランク・バッハ氏のポストを引用する形で「私たちは『アイコン』『ロゴ』とわずかな名称変更によって、Officeをほぼ24〜36カ月周期でリブランディングしていた」と述べ、過去の代表的な製品パッケージ写真を並べて振り返りつつ、その背景を説明している。
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実はOfficeのブランディング戦略、もっというとビジネス戦略は2000年を境に大きく“変化”していたのだ。
●2000年を境に変化するOfficeのビジネス
最初に気になるのは、「なぜこうしたリブランディングを定期的に繰り返したのか?」という点だ。当然、シノフスキー氏のポストに対して質問するユーザーがいて、同氏が回答しているので、やり取りを紹介したい。
質問 なぜ(リブランディングをするのか)? 売上増のためですか?
回答 2000年までの主な収益源は(ソフトウェアの)店頭販売であり、新バージョンへとアップグレードする人がその大半を占めていた。そのため、店頭でのアピールや紙メディアでのマーケティングが、ブランディング上の非常に重要な要素だった。
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つまり、個人向けであれ法人向けであれ、当時のOffice販売の主役は小売店舗での店頭販売だったというわけだ。
法人向けにソフトウェアの製品ライセンスのみを販売する「ボリュームライセンス制度」は1993年からスタートしているが、シノフスキー氏は以前に書いた回顧録で「2000年までは店頭販売が主役で、その比率が逆転するのはそれ以降」と言っていた。
考えてみれば、1990年代前半までのインストールメディアの主流はフロッピーディスクであり、CD-ROMがようやく普及を始めたのはWindows 95が登場した1990年代後半以降だ。複数台展開におけるインストール作業そのものがビジネスになった時代であり、そうした事情も大きいのだろう。
これとは別に、リブランディング周期に関する質問も寄せられて、シノフスキー氏が回答している。こんなやりとりだ。
質問 そのケイデンス(リブランディング周期)には確固たる理由があったのか? 消費者に新鮮さを感じさせたり、主要な新機能をアピールしたりとか?
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回答 リブランディング周期は、主に「アップグレードに値する製品を開発できる私たち自身のエンジニアリング力」に加えて、あなたが指摘する通り「大企業顧客におけるアップグレードしようという意識の欠如」元に決定していた。
しかし、時間の経過によって状況は複雑となり、私たちのビジネスにおける小売チャンネルは小さな割合となり、目新しさに対する需要も減退していった。一方で法人顧客はOffice製品を利用する“永続的な”権利を持っていたため、こうした顧客に新しさを感じてもらえるように(あるいは「既存の製品はすでに古いですよ」と理解してもらえるように)する必要性に迫られた。
私たちのB2B向け販売(ボリュームライセンス)は3年契約で、期間中ならどのバージョンのOffice製品でも導入可能だった。実際に製品を導入しなかった場合、それに対する価値を感じてもらえなくなってしまう。しかし導入/展開には顧客に大きなコスト的負担となってしまう。
ソフトウェアの配布自体が高いハードルだった時代、Officeビジネスは(今よりも)複雑なものだった。
つまり、2〜3年周期のリブランディングというのは、主に法人企業顧客のライセンス契約周期に根ざしたものであり、この期間内に最新製品を導入するメリットを感じてもらえなければ次の契約更新はないため、あの手この手で「既存製品はすでに古いものであり、新しい製品の方が機能的にも魅力だ」という点をアピールしていた、という実態のようだ。
なお、こうした戦略について「社内評価(KPI)を高めるための施策ではないか?」という質問もあったが、シノフスキー氏は「製品のリリースサイクルと人事評価のサイクルは連動しておらず、あくまで実際の販売実績次第だ」とコメントしている。
●過去のMicrosoft Officeを振り返る場面も
もう1つ、個人的に面白いと思ったのは「個人的にお気に入り、あるいは特筆すべきとしている(Officeの)リリースはどれか?」という質問に対するシノフスキー氏の回答だ。
MicrosoftにOffice製品部門が初めて設置され、同氏が責任者として着任した1994年にリリースされたのが「Office 4.3」だった。思えば、日本でもMicrosoft Officeの“躍進”が始まったのはこの時期からだったと考えられる。
質問 特にお気に入り、あるいは特筆すべきOfficeのリリースはあるか?
回答 (バージョンによって)理由は異なるが、「Office 2007」は本当に(正直いって今も)頂点だったと思う(そのことは「Hardcore Software」でも書いている)。
・4.x:(バージョン)4.3を完成させた時が、初めてのOfficeだった
・95:Windows 95と一緒にオンタイムで出荷した
・97:単なる「アプリの詰め合わせ」ではなく、初めての“本当の”Officeだった
・2000:法人向けへの移行(重点化)が現実的に
・2002:Clippy(※1)は引退したが、エンジニアリングに磨きをかけたことで予定通りにリリースできた
・2003:“旧世代”の最終リリースにして、サーバプラットフォームとしてのOfficeを構築する礎となった
・2007:ポストに添付した画像を参照
(※1)かつてMicrosoft Officeにバンドルされていたヘルプエージェントの1つ(日本語版ではカイルくんが標準だったので、目にする機会が少なかったかもしれない)
「Office 95」の最大のミッションは「Windows 95と同時リリース」であり、同氏にとって満足のゆく製品に仕上がったのが「Office 97」なのだと考えられる。先述の通り「Office 2000」は小売店チャンネルの比重が下がったリリースであり、それ以降は別のチャレンジをしてきた――そんな具合だ。
なお、この一覧には含まれないが、日本市場において重要なリリースといえるのが、1997年に登場した「Office 97 Powered by Word 98」だ。
Office 97自体のリリースは“1996年”なのだが、このエディションは日本と韓国でのみリリースされた特別バージョンだ。名前からも分かる通り、このバージョンは「Word 98」をバンドルしており、日本語版では日本語入力ソフト(IME)として「MS-IME 98」を付属していた。
この組み合わせは、明らかにジャストシステムの「一太郎」と「ATOK」の組み合わせへの“対抗”だった。前バージョンの「Word 97」では、Wordの“弱点”とされてきた「縦書き」へのサポート強化が施された。一太郎に対して劣っていた部分を強化しつつ、ワードプロセッサソフトのシェアにおいて“負けている”日本市場に対して、全力投球していることがよく分かる製品だった。
今ならオンラインのソフトウェアアップデートで対応できるような事象ともいえるが、当時は配布メディアの制限から小売店でのパッケージ販売(流通)という形態に頼らざるを得なかった。ゆえにシノフスキー氏のいうところの「1990年代の事情」にのっとった形でのマーケティングになったのだろう。
今でこそPC業界の王者として君臨するMicrosoftだが、草創期はやはりさまざまな苦労を経てブランディングに頭を悩ませていたことが垣間見られて興味深い。
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