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平日夜の渋谷スクランブル交差点。信号が青になるたびに外国人観光客が中央へ向かい、思い思いのポーズで写真を撮影する。日本人からすれば単なる交差点だが、いまや観光スポットとなっている。
こうした日本と海外との「当たり前」の違いを捉え、数ある日本の小売店の中で訪日外国人客(インバウンド)から支持を集めているのが、ドン・キホーテ(以下、ドンキ)だ。
8月18日の決算発表によると、運営会社であるパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の2026年6月期の免税売上高は2286億円と過去最高を更新した。なぜインバウンドはドンキを訪れ、買い物をするのか。
ドンキがインバウンドを取り込む力の源泉は、品ぞろえや価格だけではない。インバウンドの行動やニーズを捉え、店頭とデータを組み合わせながら、購買につなげる仕掛けを作っている。そこには、インバウンド市場を狙うメーカーにとっても見逃せないヒントがある。
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本記事は、インバウンド領域で複数の事業を展開するmov(東京都渋谷区)が主催したカンファレンス「THE INBOUND DAY 2026」(8月7日開催)の講演「何故インバウンドはドンキを支持し、ドンキで買い物するのか?‐ドンキでインバウンドにブランドを売るメカニズム‐」を取材したもの。
●免税売上高2000億円超 ドンキがインバウンドを取り込む理由
ドンキの売り上げに占めるインバウンド消費の存在感は大きい。PPIHでカスタマーインサイト分析部 部長を務める小林真美氏は、インバウンドの来店規模について次のように説明する。
「2025年6月期のディスカウントストア事業における免税売上高は1742億円で、2026年6月期は2000億円を超える見通しです。政府が発表する訪日外国人客数と当社の免税レジ通過数を比較すると、インバウンドの約4人に1人がドンキで免税購入をしている計算になります(講演時、8月7日時点の情報)」(小林氏)
ドンキがインバウンドを取り込む背景には「昼は観光、夜は買い物」というインバウンド客の行動パターンもある。渋谷本店の免税売上比率は約7割に達するが、時間帯別の動向を見ると、午後9時以降に売り上げが上昇し、午後10〜12時にピークを迎える。
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「海外のお客さまは昼間の時間を観光やグルメに使いたい。その後の深夜帯にお土産や買い物ができる利便性が、支持につながっていると考えます」(小林氏)
こうしたインバウンド需要は渋谷本店だけでなく、全国へと広がっている。大阪市の道頓堀店、北海道の札幌狸小路本店、福岡市の中洲店・福岡天神本店、那覇市の国際通り店など、各地の観光地にある店舗でも免税売り上げは伸びている。来店客の国・地域も韓国や台湾、中国などにとどまらず、米国や欧州へと広がっているという。
また、ドンキの特徴である店長が現場の裁量で売り場を作る「個店主義」のもと、浅草店では祭り演出、渋谷本店などではマグロ解体ショーを実施。「ドンキが持つアミューズメント性を生かし、ドンキに行くこと自体が観光体験になっている」と小林氏は話す。
●「なぜこの商品が売れる?」 SNSデータから読み解くインバウンドの心理
免税売上高が増加する一方で、ドンキにとっても長年の課題だったのが「なぜその商品が売れているのか」という背景の解明だった。PPIHは、海外のSNS上で発信される情報とAIを活用したインサイト分析に着手した。
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「例えば、渋谷本店で多く購入される『ロイヒつぼ膏』(温感タイプの貼り薬)という商品があります。日本人からすると『なぜ若い子がこんなに買っていくのだろう?』と不思議だったのですが、中国で利用されているSNS『Weibo』(微博)などのデータを分析すると、中国で非常に大切にされている『親へのお土産』のニーズに合致していることが分かりました」(小林氏)
「売れている背景が分かれば、店頭POPの表現を変えたり、メーカーとデータを共有してインバウンド向け商品の開発につなげたりできます。自社だけでデータを抱え込まず、メーカーと共有して一緒に売り場を盛り上げていきたいです」(小林氏)
●「家電爆買い」から日用品へ インバウンドの購買行動はどう変わったか
ドンキという買い場を活用し、メーカーはどのように自社商品の売り上げを伸ばすことができるのか。
ドンキの店舗を活用したリテールメディア事業を展開するpHmedia 営業部の藤田顕士部長補佐(博報堂コマースコンサルティング局を兼務)は、コロナ禍を境に、インバウンドの消費傾向が大きく変わったことを指摘する。
かつての炊飯器や美容家電といった高額商品の「爆買い」から、現在は医薬品、コスメ、食品など「日本人が日常的に使っているもの・食べているもの」へと関心がシフトしているという。
一方、インバウンドを取り巻く情報環境も大きく変化した。GoogleやTikTokで「donki shopping」「donki Japan souvenir」などと検索すれば「ドンキで買うべきおすすめ商品」の情報があふれている。
「コロナ禍以前はネット上の情報量が少なかったため、定番商品を購入する傾向がありました。しかし今や情報が氾濫しており、旅行者からすると『誰の意見を参考にすればいいか分からない』状態になっています」(藤田氏)
情報があふれる中で、インバウンドの購買行動も慎重になっている。藤田氏は店頭での観察から、現在のインバウンドの特徴をこう分析する。
「今のインバウンドは、来日前に何を買うべきか相当勉強してきています。店頭でも商品の裏面をスマートフォンで言語翻訳し、成分まで細かく確認して自分で判断しています。以前のように『なんとなく良さそう』と衝動買いすることはほぼありません。『知らない商品は買わない』のが今のリアルです」(藤田氏)
●「買い物リスト」に入るだけでは不十分 購買を後押しするドンキの店舗戦略
旅マエ(旅行する前)にアプローチして買い物リストに入れてもらう――多くの企業が取り組むこの手法について、藤田氏は「これだけでは不十分」と指摘する。
「皆さんも海外旅行でお土産を探す時、おすすめ記事で出てきた商品をそのまま買わないですよね。商品名で再検索し、本当に現地で人気か、他の人も推奨しているかを確認するはずです」(藤田氏)
インバウンド客も同様に、1つの情報だけでなく、複数の情報源から商品の評価を確かめようとする。複数の情報源から「この商品なら買ってもよい」という確信を形成していくアプローチこそが、pHmediaが提唱する「オピニオンビルディング」戦略だ。
検索したときに複数の情報が見つかる土台を作った上で、店頭という強力なメディアを活用する。ドンキの店舗の外壁広告や多言語サイネージで商品を訴求し「ドンキも推奨している」という安心感を与えることで、購買を後押しするのだ。
見知らぬ言語が並ぶ街中で、母国語の文字を目にしたり、母国語を耳にしたりすると、人は思わず反応して安心感を抱く。この心理的仕掛けを店頭で作ることが重要になる。
また、藤田氏はインバウンド売り上げの「波形」についても言及する。売り上げはきれいな右肩上がりにはならず、著名人の発信などを機に、ある日突然ブレークするケースが多いという。
「『何かをきっかけに突然ブレークするのであれば、対策しなくてもよいのでは?』という声をよく聞きますが、それは違います。準備期間中にどれだけ情報を蓄積させられるかが勝負です。検索しても情報が5件しか出てこない商品と、多数の推奨情報が見つかる商品では、ブレークした時の結果は『ヒット』か『ホームラン』かというほど変わってきます」(藤田氏)
●明日から始められる、インバウンド攻略の3アクション
藤田氏はメーカーや事業者が「明日から着手できる、インバウンドマーケティングの3つのアクション」を提示した。
1. 「旅行者」になる:不慣れな土地へ行き、言葉が通じない環境で「探せない、分からない、不安になる」という旅行者のペインポイントを理解する。
2. 現場を見に行く:例えば平日の午後9時以降、ドン・キホーテ渋谷本店に足を運んで、POPやサイネージなどの売り場の様子を観察する。インバウンドの買い物かごに入っている商品の点数や種類なども学びになる。
3. 一つ始める:全体に向けた大きな計画ではなく、特定の国・地域をターゲットに定めて小さな対策から始める。まず動き出すことが重要。
「インバウンドは、考え続けるよりもまず『始める』ことが大切なマーケットです。旅行者を知り、現場を見て、チャレンジを重ねる。こうした準備が、将来の売り上げにつながります」(藤田氏)
なお拡大を続けるドンキ。その現場には、インバウンド消費を拡大しようとするメーカーにとって、売り上げにつなげるためのヒントが眠っている。
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