
歴史ある小さな街が点在するイギリスにあって、碁盤の目状に整備された近代都市ミルトンキーンズ。その一角に、『HONDA』と『HRC』のロゴを掲げた純白の建屋がある。
それが、ホンダのF1活動前線基地である「HRC UK」だ。
ホンダは栃木県さくら市のHRC Sakuraでパワーユニットを開発し、このHRC UKを欧州におけるF1活動の拠点としている。
ホンダの現場オペレーションを統括するトラックサイド・ゼネラルマネジャー(GM)の折原伸太郎エンジニアは、ホンダのF1活動体制をこう説明する。
「HRCは、さくらとミルトンキーンズにファクトリーがありますが、HRC Sakuraはパワーユニットの開発をしていて、エンジンとバッテリーとMGU(モーター・ジェネレーター・ユニット)の設計、ベンチテスト、エンジンとバッテリーの組み立てを行なっています。
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そこで開発してきたパワーユニットをレースの現場に送り出すわけですが、ミルトンキーンズのHRC UKではトラックサイドのオペレーションに責任を負っていて、我々トラックサイドのメンバーが現場で受け取ってオペレーションするという体制です」
さくらとは別にイギリスに拠点を置くメリットは、主にふたつ。
ヨーロッパを中心とした世界各地のグランプリ開催地へのパワーユニット輸送と、レース間のメンテナンス作業を行なうための時間とコストの削減。そして現地オペレーションを担うスタッフの移動時間短縮も含めた、ロジスティクス面のメリットがひとつ。
そしてもうひとつは、イギリスに拠点を置くことで、F1での経験を持つ人材を雇用しやすいというメリットがある。
「日本だけでなくヨーロッパにも拠点を置くことで、F1の経験があるメンバーなど多様な人材を雇用することができます。それによって、日本でやっているだけでは得られない知見や考え方といったものが得られますし、個人的には地の利(ロジスティクス面)以上に、この人材や知見というメリットが大きいと感じています」
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【HRC Sakuraとの緊密な関係】
アストンマーティンにパワーユニットを供給するホンダのレース現地スタッフは10名。その陣容は、総責任者である折原を筆頭に、各マシン担当のPUエンジニアとシステムエンジニア、そしてERS(エネルギー回生システム)エンジニアが計6名。そしてチーフメカニックの下に、各マシン担当のメカニックとERSテクニシャンの計4名のメカニックで構成されている。
フェルナンド・アロンソ車担当PUエンジニアでありチーフエンジニアも兼任する湊谷圭祐氏と、海老原拓也チーフメカニック、そして折原GMが第4期F1活動の経験者として今年も全戦をカバーする。
「湊谷と海老原はHRC Sakuraと緊密にやりとりをして開発の最前線の情報を現場に採り入れ、レース現場から開発現場にフィードバックする必要もありますので、HRC SakuraからHRC UKに駐在し、全戦を担当しています。
HRC Sakuraの持っている開発の知見をトラックサイドに持ってきたり、逆にトラックサイドで得られた知見をHRC Sakuraにフィードバックするところも重要です。
PUエンジニアは湊谷とHRC US雇用のアメリカ人エンジニアですが、直接の仕事相手であるチーム側のレースエンジニアも全戦担当ですし、ドライバーとの信頼関係も重要なので、ふたりとも1年を通してローテーションはせずに全戦担当して、信頼関係を強化しています」
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2台のマシンのうち、1台はHRC Sakuraからの日本人スタッフが担当し、もう1台はHRC UK側の現地雇用スタッフがローテーション担当する。ここでも開発現場とレース現場の相互フィードバックを図ると同時に、人材の育成を進めている。
ホンダは公式には認めていないが、将来的な複数チームへの供給を考えれば、こうした現場オペレーションの経験を持つ人材の育成も欠かすことのできない要素だ。
パワーユニットの開発や組み立てはHRC Sakuraで行なわれるが、HRC UKではレース間にパワーユニットが送り込まれてメンテナンス作業が行なわれる。
【再びホンダに戻ってきた人も】
もともと、第4期F1活動の前線基地は、ミルトンキーンズにあった「無限ヨーロッパ」の施設の一部を間借りする形で始まった。2008年限りでF1から撤退した際、ブラックリーのチームファクトリーはブラウンGPを経てメルセデスAMGとなり、ホンダの前線基地であったブラックネルのHRD(ホンダ・レーシング・ディベロップメント)はすべて清算され、完全なゼロからのスタートだったからだ。
その立ち上げを担ったのが、折原GMだった。そこにマクラーレンと共同でテストを行なうためのテストベンチを設置し、2018年にはバッテリー開発・組み立てをすべてHRD UK(当時)で担うため、新たな社屋を向かい側に建てた。
2021年限りで撤退(参戦終了)することとなり、その施設はレッドブルパワートレインズ(RBPT)に引き継がれて、2025年まではホンダが開発したバッテリーをRBPTのスタッフがここでメンテナンスして運用する拠点となった。
ホンダが2026年の復帰に際して、前線基地をどこに設けるかといえば、コスト面でも時間面でも最も効率的だったのが、この施設をRBPTから再び譲り受けるというものだった。
ミルトンキーンズで雇用されていた現地スタッフのなかには、そのままRBPTに移行し、再びホンダに戻ってきた人も少なくない。
ファクトリー内には、オフィスやメンテナンス用のワークショップ、会議室や社員食堂、ジムなどもある。至るところにホンダのF1における歴史と栄光、そして情熱が散りばめられている。
第5期において、HRC UKはメンテナンス作業を中心としていて、ベンチテスト業務はHRC Sakuraに移管している。そのため、施設をほぼそのまま活用でき、スムーズな立ち上げが可能だったという。
「メンテナンス作業はこちらでやっていましたので、メンテナンスエリアはそのまま残っていて、今もそのまま使っています。バッテリーのメンテナンスに関しても我々が開発していた時の設備が残っていますので、その一部を使っています」
【2027年に向けた開発も進行中】
パワーユニットの主要コンポーネントには年間使用数の制限があり、一度実走したものはFIAによって封印がなされて基数も管理される。それでもレースごとに消耗部品を交換し、トラブルを未然に防ぐため、日々のチェックは欠かせない。
「FIAの封印は破ることができませんので、基本的にエンジンの中をいじることはできません。ただし、エンジンの外側についているものは触ることができます。
たとえば、プレナムチャンバーといった吸気系もそうですし、異常が見られる場合は圧力検査を行ない、エア漏れがあればそこを直すか交換する。ウェイストゲートなどハイドロリック系のデバイスも同様で、エンジンをバラバラにする以外のチェックや交換は可能です。
封印を破らずにできる作業は、すべてこちらのファクトリーで行なえるよう、設備を整えています。そういう作業ができる精鋭スタッフを、HRC Sakuraから送り出してもらっています」
HRC Sakuraではスペック2の開発が完了し、オランダGPへと送り出された。だが、すでに2027年に向けた開発も着々と進められている。
一方、その開発現場と並行して、レース現場の戦いがある。目の前のレースを戦いながら開発から現場、現場から開発へとフィードバックし、過去から現在、現在から未来へとつなげていく。その最前線が、このHRC UKにある。
米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya
