
札幌ドームとほぼ同規模、サッカーコート1.2倍分のクリーンルームを擁する巨大な棟が、北海道・千歳市の地にそびえ立つ。2027年後半、ここで世界の未来を左右する最先端「2ナノメートル」(nm・ナノは10億分の1メートル)半導体が産声をあげるべく、7兆円規模の国家的プロジェクトが動いている。
業界の頂点に君臨する台湾のTSMCとは異なる競争軸で、新たな市場を生み出そうとしているのが、Rapidus(ラピダス)だ。スマートフォンやAIサーバの頭脳を担う先端ロジック半導体の量産を目指す。社長兼CEOの小池淳義氏は「TSMCとは異なる分野とマーケットを作っていくことができます」と断言する。
2022年に会社を設立する6年前から準備を重ねてきた小池社長は「最後までこれはできると信じてくれた14人が残りました」と明かす。この「最後まで自分たちを信じた14人」の無謀とも思える挑戦は、世界の半導体地図を塗り替える可能性を秘めている。
日本経済新聞社とテレビ北海道(TVh)が開催した「LBSザ・フォーラム札幌」特別対談(コーディネーター・北海道大学大学院工学研究院教授 太田泰彦氏)で語られた内容から、ラピダスの戦略と経営の本質に迫る。
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●TSMCとは戦わない 「異なる競争軸」で市場を生む戦略とは?
社名である「ラピダス」はラテン語で「速い」を意味する――ラピダスの勝ち筋は、その名が示す通り「製造スピード」にある。
世界の半導体受託製造(ファウンドリ)市場で、TSMCは圧倒的な存在感を示す。半導体の性能は、回路の細かさを示す「ナノメートル」という単位で表わされ、数値が小さいほど高性能・省電力となる。TSMCは1987年の創業以来、40年近くをかけて築き上げたノウハウで最先端の2ナノメートルの量産をけん引してきた。
TSMCが限られた品種を圧倒的な規模で大量生産するのに対し、ラピダスの戦略は、顧客ごとの用途に合わせた多様な品種を、どこよりも速く製造することで異なる市場を切り拓くというものだ。
その戦略を支える仕組みが、RUMS(ラムス・Rapid and Unified Manufacturing Service)と呼ばれるワンストップサービスにある。顧客は商品企画を示すだけで、ラピダスが設計支援から前工程(回路の形成)、後工程(チップの組み立て)までを担う。前工程と後工程を1棟で完結させるこの世界初の体制が、従来より短い期間での製品化を可能にするのだ。
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小池氏は「半導体ビジネスで重要になるのは、新商品をいかに早く市場に出し、顧客の反応を得るか」だと語る。早ければ早いほど、より多くのフィードバックが得られ、次の改良に生かせるからだ。「仮に他社と比べて3〜4倍のスピードで(新商品を)出すことができれば、フィードバックが全然違います。データの量が3〜4倍になります。お客さまの考えていることがいち早く分かります」(小池氏)。この「スピード×一貫製造×多品種生産」こそがラピダスの勝ち筋だ。
●世界一だった日本の半導体シェア 「30年で10%を割り込んだ」理由
1980年代半ば、日本の半導体は世界シェアの50%以上を占めていた。NEC、東芝、日立製作所、富士通といった国内企業が世界ランキングの上位を独占していた時代が確かに存在したのだ。しかし今、小池氏は「日本は10%を切っている状態になってしまった」と語る。
日本が特に得意としていたのは、データを一時的に記憶するDRAM(ディーラム)と呼ばれるメモリ半導体で、この分野で世界を席巻していた。
なぜそこまで差がついたのか。小池氏は「日本はかつてナンバーワンであった時に、自分たちだけで全てができると思ってしまっていました。また世界各国は、半導体産業があらゆる産業の中核になると見抜き、国家をあげて莫大な投資を続けていました。その認識が日本には欠けていたのです。この2点が致命的な問題でした」と指摘する。
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北海道大学大学院工学研究院教授の太田泰彦氏は、新聞記者だったころ「政府は小さい方が産業は元気になる。そういう価値観がありました」と語る。国家的な投資が続かない中で、エンジニア人材は装置や材料メーカー、海外企業へと流れ、日本の最先端技術は40ナノメートルで止まったままになった。一方で世界のデータセンターでは、3〜5ナノメートルの半導体が使われる時代になっていったのだ。
●40ナノから2ナノへ なぜ後発で逆転戦略が可能なのか?
半導体の微細化は本来、段階的に進むものだ。日本の技術が40ナノメートルで止まったまま順を追っていては、TSMCとの差は縮まるどころか広がる一方になってしまう。しかしラピダスは、その積み上げの過程を飛び越えた。可能にしたのが、トランジスタ(電気信号を増幅・制御する半導体の基本素子)構造の世代交代である。
「今までの延長線上にあるFinFET(フィンフェット)と呼ばれるトランジスタ構造から、3ナノの時代にGAA(ゲートオールアラウンド)という全く違う半導体の構造になってきました。過去の歴史を追いかけるのではなく、思い切ってジャンプができるようになりました」(小池氏)
このGAAの技術習得を可能にしたのが、2022年12月に締結した米IBMとの共同開発パートナーシップだ。IBMには技術はある一方、ものづくりの力が足りなかった。「IBMはものづくりを日本に任せて、研究開発で先行しようと考えていてくれた」(小池氏)――互いの強みを持ち寄る形で、両社の連携は成立した。
この関係のもと、ラピダスはIBMの研究拠点がある米国に、これまで160人のエンジニア(2026年2月時点)を派遣し、2年間にわたりGAA技術のトレーニングと量産開発を共同で進めてきた。その半数がすでに日本に戻り、習得した技術の移管が始まっている。複数のチップを一つにまとめるチップレットパッケージの量産技術確立に向けても、2024年6月にIBMとの新たなパートナーシップを締結し、連携はより深いものになっている。
さらに2ナノメートルの半導体には、AI時代における決定的な役割がある。AIの電力消費は、想像を絶するほど大規模だ。コンピュータが囲碁で人間に初めて勝利した際、AIが使用した電力は人間の1万倍以上に上った。
「AIをどんどん使っていくと、ものすごい電力を使います。AIを使うことによって、電力の問題から、人類は破綻する可能性があります」と小池氏は警鐘を鳴らす。AIのデータセンターで使われる半導体は主に3〜5ナノメートルだが、2ナノメートルに移行することによって消費電力を約13分の1に削減できるという。2ナノメートルの量産は、技術的挑戦であると同時に、人類が直面するエネルギー問題への貢献でもあるのだ。
●「工場」と呼ばない理由 イノベーションを起こすものづくりの場とは?
千歳市の工業団地に構えるラピダスの製造拠点は、建築面積が約5万7000平方メートルと、札幌ドームとほぼ同規模の地上4階建てだ。クリーンルームの広さは約9000平方メートル(サッカーコート1.2倍)あり、世界最大規模の広さを誇る。2023年9月の着工からわずか1年2カ月で棟を完成させた。冬季も工事を止めない新工法を採用し、積雪寒冷地の北海道でも建設スピードを落とさなかった。これは、ラピダスの「速さ」への姿勢を象徴している。
この拠点をラピダスは「工場」とは呼ばない。小池氏は「当社では、IIM(イーム・Innovative Integration for Manufacturing)と呼びます。イノベーションを起こすものづくりの場所という意味です」と説明する。命名には、建物だけでなく組織文化そのものを設計するという意図が込められている。小池氏は前工程と後工程を一棟に統合する意図を「違う文化や言語を話すエンジニアが1つになることによって、新しいイノベーションが生まれます」と話す。
2025年4月には、製品を量産する前に製造プロセスや品質を検証する試作ラインである「パイロットライン」の稼働を開始。2027年の量産開始に向けて着実に歩みを進めている。
●「14人」から始まった 世代を超えた熱量の連鎖
ラピダスの出発点は、わずか「14人」の同志だった。設立の6年前から小池氏が声をかけ続けたのだ。「できっこない。お金もない。顧客をどうやって見つけるのか」と述べて去っていく人もいたという。そんな中、最後まで「これはできる」と信じて残った同志たちだ。
かつて日本の半導体が世界一だった時代を知るエンジニアたちが次々と参画し、設立当初の平均年齢は48歳。その熱量と使命感が組織の核となり、社員の数はその後、月30〜40人のペースで増え続け、現在は約1200人に達する。
若い世代も、その熱量に引き寄せられている。小池氏が登壇した大学の講義では、定員100人の教室に300人が押し寄せた。授業後の質問の列は一度途切れても、また後ろに並び直すほどだという。
太田氏は「ラピダスがトランスミッター(発信役)になって、昭和のエンジニアのエネルギーが令和の若者たちに流れ込んでいる」と表現する。世代を超えた熱量の連鎖が、いま北海道で確実に広がっている。
●北海道をシリコンバレーに 半導体で産業を根付かせる
小池氏は若いころ、バイクで北海道を一周したことがある。1日600キロ、誰とも出会わないほどの広大な大地を走り抜けながら「こんな素晴らしいところはない」と思ったという。その瞬間、もう一つの思いも湧いた――「ここに長く住み続けるためには、産業が必要だ」。その思いが、半導体で北海道を豊かにするという構想の出発点となった。
その立地を決定付けた理由は、大きく2つある。1つ目が拡張性だ。小池氏は世界各地での半導体工場の建設経験から「第3棟が土地や環境の制約で建設できなくなる事態を、これまでの工場建設で目にしてきた」と語る。北海道の広大な土地が、その制約を根本から解消する。2つ目が、優秀なエンジニアが働きたい場所であることだ。「自然の中で働きたい、美しい環境、おいしい食べ物、こういうものが全部備わっているのが北海道だ」と小池氏は強調する。
さらに小池氏を後押しした“偶然の一致”がある。米シリコンバレーの中心部を縦断する距離も、北海道の石狩から千歳を経て苫小牧に至る距離も、いずれも約70キロ。「シリコンバレーに負けないような北海道バレーを作れたら素晴らしい。北海道大学、公立千歳科学技術大学、高専など優秀な教育機関もある」(小池氏)
また、農業・水産・観光に半導体という第2次産業をかけ合わせ、北海道全体で第6次産業(1次×2次×3次)を広げる――その実現に向け、2025年5月には北海道経済連合会を中心に産官学金が連携する「北海道バレービジョン協議会」が発足した。
その可能性は、すでに北海道各地で芽吹いている。AIとGPSで農機を自動操舵するスマート農業を展開する帯広市、ドライバーが一切操作しなくてもシステムが自律的に走行するレベル4自動運転バスが公道を走る上士幌町、スマートフォンで複数の交通機関を一括予約・決済できる次世代交通サービス(MaaS・マース)を導入する網走市など、半導体が支えるテクノロジーが、北海道の産業を確実に変え始めているのだ。
●「部品屋」であってはならない 人間とロボットが共存する世界のために
「AIの中核にあるのが半導体です」と明言する小池氏は、データセンターから始まり、スマートフォン、自動車、ロボットへと広がるAI需要が半導体需要と表裏一体であることを強調する。
幼い頃から「ロボットの研究者になりたい」という夢を抱いていた小池氏にとって、半導体はその夢を実現するための手段だった。その思いは今もラピダスの活動に息づいている。同社の幹部自らが地元の小学校で半導体の仕組みを教えており「小学生も将来のヒントを得ると同時に、われわれも若い人から学ぶことができるのです」とその意義を語る。
さらに小池氏はAIが人間の知性を超える技術的転換点である「シンギュラリティー」(技術的特異点)について「AIの技術が加速している今(米国の発明家)レイ・カーツワイル氏が提唱した2045年より早く来るかもしれません。人間が存続するためにはどうすべきかを、今から考えておかなければいけない」と指摘する。
「半導体は部品屋であってはならないのです。お客さまと共に新しいイノベーションを起こすような製品を作っていくのが半導体(業界の使命)です。ロボットと人間が共存できる世界はどういう世界なのかを考え、それを追求するのが自分の最後の仕事だと思っています」(小池氏)
半導体は、人間の暮らしをより豊かにするために存在する。その原点に立ち返ることこそが、ラピダスが産業界全体に示す、最も本質的なメッセージだ。
(フリーライター佐藤匡倫、アイティメディア今野大一)
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