
「なぜインターネットで本は買えるのに不動産は買えないの?」「マンションを借りる時に不動産屋のお兄さんが急いでFAXを送るのはなぜ?」。多くの人にとって「住まい」に当たる不動産は身近なはずなのに、なぜかよく分からないことだらけ。他の業界では常識なのに、不動産業界では非常識。そんな不動産の「ミステリー」を専門家がわかりやすく読み解き、AIをはじめITを活用した不動産の近未来を探る。
バブル経済の崩壊後、低迷してきた日本の不動産価格が反転上昇し、内外からの投資が盛り上がる中、海外の先進事例なども交えて将来の不動産業界や価格を分かりやすく展望する。第5回は「なぜ『ワケあり物件』が売れるのか」を深掘りする。
●「そのワケあり物件、気に入りました」
「その物件、とても気に入ったので、ぜひ話を進めてください」
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「……本当にいいんですか?」。
大手不動産会社に勤めていた細川直寛氏は5年前、店頭を訪れた夫婦の言葉に戸惑いを隠せなかった。その夫婦が「購入したい」と言ってくれた都内の一戸建てが、数年前に放火された「ワケあり物件」だったからだ。火事になった物件は、化学物質などが燃えて有毒ガスが発生する場合が多いため、特殊な解体処理が必要になる。もちろん、こうした物件は買い手がつきにくい。放火となればなおさらで、「縁起が悪い」と敬遠されやすくなる。しかも当時、放火犯はまだ捕まっていなかった。
「購入してくれるのはありがたいけど、後になってクレームをつけられないだろうか」。不安を抱えつつ、物件の内容を丁寧に説明しながら手続きを進めたが、結局、夫婦はこの「放火物件」を購入し、旧家屋を解体した上で自分たちの新居を建設した。
●ワケあり物件には告知義務
「ワケあり物件」とは土地・建物に何らかの問題を抱えている物件のことだ。放火や殺人事件があった「事故物件」はもちろん、土壌汚染やアスベストの使用など物理的に欠陥のあるものも含まれる。工事現場などの騒音、振動、ごみなどの悪臭といった環境面の問題、法令によって容積率などの自由な利用が制限されているような物件も対象だ。夫婦が購入したのは、「ワケあり」のど真ん中ともいえる事故物件の一つだった。
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国土交通省が2021年に発表した「宅建業者による人の死の告知に関するガイドライン」によると、人の死が物件の購入や貸借に影響を及ぼす場合、不動産会社にはそれを告知する義務が生じる。このため、他殺や自殺、事故死などがあった物件では、共用部分だったとしても原則として情報を開示しなければならない。
近隣に「指定暴力団の事務所がある」「過去に殺人事件があった場所がある」といった場合も、不動産会社は自主的に情報を開示していることが少なくない。こうした場合、工務店が施工したがらなかったり、金融機関が融資を渋ったりすることがあるためだ。
●安い価格や補助金、時代の変化も
それにしても、忌み嫌われやすい「ワケあり物件」を購入したがる人がいるのはなぜなのか。購入者が最も魅力を感じるのが価格の安さだ。細川氏は「ワケあり物件は需要が少ないため、一般の物件に比べて2〜5割ほど購入価格が安いことが多い」と話す。
空き家などの家屋を解体する際に、解体費用の一部を補助する制度をもつ自治体もある。例えば、東京都では家屋の解体工事に関して「空き家の解体」「老朽危険家屋の除却」の補助金制度がある。こうした制度の要件を満たせば、事故物件の解体費用も軽減される。
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時代も変化した。「縁起」や「心霊現象」といった必ずしも科学的根拠で説明できないことを信じる人は従来に比べて大幅に減少。共働きが増えて日中に自宅にいない家庭が多くなり、昼間の騒音が気にならない人も珍しくなくなった。このため、駅が近かったり、人気エリアにあったりするにもかかわらず、相場に比べて大幅に安いワケあり物件に高い関心を持つ人は少なくない。
自分が居住しない投資用不動産であれば、コストを抑制できる分、投資の利回りが一般の物件に比べて高くなるメリットもある。このため、個人投資家だけでなく、除菌・消臭など特殊清掃から売却まで一貫して実施する「ワケあり物件の専門買い取り業者」が相次いで登場しているほどだ。
●AIの活用で不動産情報のさらなる透明化を
ワケあり物件が空き家や廃墟にならず、有効に活用されるのは、経済面からいえば決して悪いことではない。だが、知らないうちに「ワケあり物件を購入していた」「賃貸契約してしまった」という人たちが出てくるのは問題だ。実際、こうしたワケあり物件の一部には、告知や情報開示のガイドラインがあるものの、曖昧な部分も多い。例えば、賃貸契約では事件から3年後に告知義務がなくなるのが一般的だ。事件が起きてから数年が経過し、入居者が数名入れ替わった場合も告知されないケースがある。孤独死についても発見が遅れて特殊清掃などが必要になるような事態にならなければ、告知義務が発生しないとされる。事故情報を開示している民間サイトも複数あるが、「すべての情報が正確とは限らない」との指摘もある。
情報が十分に開示されず、「実はワケあり」という物件が流通してしまえば、不動産について消費者の不安が募り、不動産業界にもマイナスだ。こうした消費者と業者の「情報の非対称性」の解消に向けて欠かせないのが、AIをはじめとしたITの活用だ。AIは不動産情報サイトやメディアの報道、SNSなどを収集・分析して、物件の事故の履歴を判定することが可能。不動産業界の自主的・積極的な情報開示に加えて、最新の技術を通じて物件情報をさらに透明化できれば、多くの消費者が安心して住まいを選んだり、不動産投資をしたりできる社会の構築に一歩近づくだろう。
●著者プロフィール:加藤勤之
GA technologies Public Relations 本部長 宅地建物取引士
2002年、東京工業大学理学部数学科卒、博報堂入社、外食、製菓、化粧品メーカーの営業に約10年従事、その後、労働組合委員長を経て、経営企画や新規事業開発、働き方改革部長などを務める。 2018年12月、総合不動産会社オープンハウス入社、マーケティング本部長、広報宣伝部長、社長室長、事業開発部長に従事、兼務で、スキー場を運営する子会社みなかみ宝台樹リゾート代表も務めた。2023年11月、GA technologiesに入社、Communication Design Center本部長を経て、現在は、Public Relations本部長として、広報と渉外の責任者を務める。
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