
動画配信サービスを手掛けるU-NEXTは8月5日、全作品を無料で読めるWeb文芸誌「文学茶釜(何が出るかな)」(以下、文学茶釜)を創刊した。純文学を中心に、短歌やエッセイ、動画・音声コンテンツなどを掲載する。
動画配信のイメージが強いU-NEXTだが、同社は133万冊以上の漫画や書籍も配信している。2020年8月にはオリジナル書籍の配信も開始し、これまで40作品以上を発表してきた。オリジナル書籍はU-NEXTの月額会員向け「読み放題」コーナーで提供するほか、配信から1〜3カ月をめどに他の電子書籍プラットフォームでも展開している。一部の作品は紙の書籍として刊行し、書店でも販売している。
こうした出版事業を手掛ける中で、新たに立ち上げたのが文学茶釜だ。8月は芥川賞受賞作家の九段理江氏、市川沙央氏、滝口悠生氏、金原ひとみ氏らの小説や、ミュージシャンの小袋成彬氏によるエッセイなどを掲載している。短編小説のほか、連載小説やエッセイ、動画など、さまざまな形式の作品を楽しめる。
通常の電子書籍はスマートフォン上で本のようにページをめくりながら読む、縦書きの形式が多い。一方、文学茶釜では横書きとし、画面を縦にスクロールしながら読める。ユーザーが普段から慣れ親しんでいる、経済メディアなどのWebサイトに近い体裁にしたという。
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スマホでInstagramやXといったSNSをスクロールしながら見るのと同じように、日常生活の中で自然に小説にアクセスできるようにする。作品ごとに読者が感想をコメントできる機能も備えた。
●紙の文芸誌からWebへ 元新潮社の編集者が立ち上げ
文学茶釜の立ち上げをリードするのは、新潮社で文芸誌『新潮』や新潮文庫の編集に約10年携わり、2025年にU-NEXTへ入社した編集者の鶴我百子氏だ。
U-NEXTのオリジナル書籍では、約100分で読み切れる中編小説を990円で販売するレーベル「100 min. NOVELLA」(ハンドレッド ミニッツ ノヴェラ)を展開している。海外のペーパーバックのような装丁で、年に4回刊行している。
一方、同レーベルは書き下ろしが基本で、作家にとって負担の大きい仕事でもある。作家との関係を深めながら、将来的に長編小説といった大きな作品につなげていくには「雑誌」が必要だと考えた。
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鶴我氏は「990円のペーパーバックシリーズは、U-NEXTのブランドとしてはうまく育ってきているのですが、利益率が高いかと言われるとそうでもありません。事業としてしっかり稼ぐための部門がもう1つ必要だったんです」と説明する。書店からも「高い本を出してほしい」という要望が寄せられていた。
鶴我氏は新潮社時代から、紙の雑誌は印刷などの金銭的なコストに加え、制作に携わる人員のコストも大きいと感じていたという。また、紙の雑誌は基本的に書店に並んでいる間しか読者との接点を持てない。そこでより長く、広く作品を届けられるWebで文芸誌を刊行することにした。
●「稼ぐための部門」なのに、なぜ無料なのか
近年の物価高で、1000円を超える文庫本も珍しくなくなり、気軽に本を手に取りにくくなっている。こうした中、文学茶釜では掲載作品の全てを無料で公開する。小説に触れる人の数を増やすためだ。
「人の目に触れていないものは、発展しようがありません。小説を読む人自体を増やすには、無料にするしかないだろうなと考えました」(鶴我氏)
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無料公開は、書籍化に向けた入り口でもある。文学茶釜に掲載する長編小説は、書籍化を前提に企画する。「紙の本が売れない」とされる時代ではあるものの、依然として「本を開き、ページをめくって読む」という紙の体裁でなければ、作品をヒットさせるのは難しいという。
まずはWeb上で無料公開し、読者の感想をSNSで見かけて「なんとなく気になっている」という人を増やす。その後、書籍化のタイミングでWeb上の公開を終了する。書店で「そういえば、あの時話題になっていた小説か」と思い出してもらい、装丁や本の佇まいに魅力を感じてもらうことで、購入につなげる狙いだ。
出版ビジネスは「1人の天才や、1つの名作の誕生によって全てがオセロのようにひっくり返る」ギャンブルに近い側面を持っているという。その確率を少しでも上げるためには、作品を量産して発表できるオープンな場所が必要だった。
紙の文芸誌の読者層は50〜60代の男性が中心だ。一方、文学茶釜では詳しい年齢層は分析できていないものの、コメントやSNSの反応を見ると、紙よりも若い世代にアプローチできている手ごたえを感じているという。
書籍化だけでなく、二次利用にも力を入れる。現在、文学作品の二次利用として多いのが、映像化や海外での翻訳出版だ。映像化について、鶴我氏は「掲載された作品を社内のプロデューサーが気に入ってくれて、映像化してもらえたらとてもうれしいです」と話す。作家から「映像化を前提とした作品に取り組みたい」という声も寄せられているという。
翻訳出版にも、Webならではのメリットがある。紙の書籍と異なり、Web上で公開すれば、世界中からアクセスできる。実際、九段理江氏の小説『海(The Internet)』では、公開初日に英語のコメントが2件投稿された。海外の作家に新作の執筆を直接依頼し、原文と日本語訳を同時に掲載する取り組みも検討している。文学茶釜が、海外の出版社の編集者に日本の作品を知ってもらう場になることも期待している。
海外では、作家の朗読会やトークショーなど、イベントを通じて収益を得るケースも多いという。Webならではのコミュニティーをつくり、作品や作家との接点を広げることにも可能性があると考えている。
鶴我氏は「資材の価格がこれだけ高騰している中、紙の本をいつまで出せるのかという不安はあります。いつか『Webに頼っていくしかない』という時代が来たとき、真っ先に思い出してもらえるサイトであってほしいです」と語った。
●作家は「無料公開」に対してどう考えているのか
作品を無料で公開することに対して、作家はどう感じているのか。鶴我氏は「肯定的な意見が多く、読まれていないことを一番感じていたのは、作家の方々だったと気付かされました。お金のために書くというより『人に読まれて、何かを感じてもらうこと』に命を懸けている方たちなので、その機会を増やせたことは、良かったなと思っています」と話す。
紙ではできない、Webならではの表現に挑戦した小説もある。九段理江氏の『海(The Internet)』では、インターネット上のチャット画面のような吹き出しを使った会話で小説が進んでいく。小説内で掲載されている画像は、九段氏自身がAIを使って生成したものだという。九段氏は「こういう表現をずっとやってみたかった」と話していたそうだ。
こうした表現の新しさは、Webの強みだ。一方、Webならではの表現を追求しすぎると、書籍化が難しくなる場合もある。鶴我氏は「Webでの面白さだけに偏りすぎるのも良くないと思っています」と説明する。
課題は、どうやって読者を増やすかだ。現在は公式Xでの告知に加え、作家自身のSNSアカウントでも発信してもらうなど、SNSを中心に読者を呼び込んでいる。紙の文芸誌にも広告を出し、QRコードからサイトに誘導しているが「ほぼ壊滅状態で、広告としては機能していない」という。どの方法が効果的なのか、手探りで試している。
その先に見据えるのは、文学茶釜が日常の中でふと立ち寄れるような居場所になることだ。
「これだけ大変な社会の中で、小説に頼る状況は少なからずあるはずです。生きるのが大変だなと感じている人の支えになる『会社のトイレで、こっそりスマホからのぞける居場所』のような存在になりたいです」(鶴我氏)
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