画像提供:マイナビニュースロースカツカレーにライス300グラム、辛さは3辛。注文の型が決まっている常連も少なくないだろう。「カレーハウスCoCo壱番屋」は国内に1,205店を構え、店名を聞けば味の見当までつく外食チェーンである。
その運営会社である壱番屋をめぐり、8月31日、親会社のハウス食品グループ本社が「非公開化を含むあらゆる選択肢の検討を行っている」と開示した。壱番屋株の51.01%を保有する親会社が、非公開化を含む資本関係の見直しを検討していることを認めた形だ。
そして報道当日の8月31日、壱番屋株はストップ高をつけた。業績が崩れたわけではない。2026年2月期の売上高は過去最高を更新している。それでも資本の組み替えが浮上する理由はどこにあるのか。
海外でのM&Aに数多く携わってきた投資家の佐野 Mykey 義仁氏(以下、佐野氏)は、ココイチが海外に持つ218店舗という数字に手がかりがあると見る。
○過去最高の売上高で、利益だけが減っていくワケ
2026年2月期の連結売上高は前期比7.4%増の655億円。一方で営業利益は4.3%減の47億円、純利益にいたっては19.2%減まで沈んだ。売上が伸びる一方で利益率は低下しており、増収が利益の伸びにつながりにくい構造が数字に表れた。
米や食用油、香辛料の値上がりが原価を押し上げ、人手不足が人件費を膨らませる。値上げで客単価を保ってはきたものの、ランチ代として財布から出せる金額の天井は動かない。値上げを重ねれば、客数に影響が及ぶリスクも高まる。
国内の店舗網にも、伸びしろが多く残っているわけではない。国内のココイチはすでに1,200店を超えており、店舗数を大幅に増やすだけで高い成長を続けるのは容易ではない。
会社側が示した2027年2月期の予想も、売上高726億円に対して営業利益は50億円。増収率10.8%に対し、利益の伸びは6.0%にとどまる。
成長の軸足が海外へ移るのは、自然な流れだ。ところが、そこで壁になったのが親会社の事業観だと佐野氏は指摘する。
「工場で大量に生産し、長い時間をかけて投資を回収する食品メーカーと、店舗という現場で日々接客と調理を回し、短いサイクルで資本を回転させる外食業では、利益の作り方も、必要になる人材もまるで違います」(佐野氏、以下同)
ハウス食品グループは2025年3月期に始まった第八次中期計画で、ROIC(投下資本利益率)6%以上を掲げた。投じた資本をどれだけ効率よく回収したかを問う指標だ。先行投資によって短期的に利益が低下すれば、ROICを含むグループの経営指標を一時的に押し下げる可能性がある。
○なぜ、海外218店舗を「少ない」と見るのか
ココイチの海外店舗は2026年2月末で218。中国25、台湾43、香港9、米国7、英国2などの連結子会社分に、タイ45、韓国40を中心としたフランチャイズ分が加わり、進出先は10以上の国・地域へ広がった。日本のカレーを輸出したパイオニアとしては、健闘した数字といえる。
ただ、世界各地で数千店を展開する大手外食チェーンと比べれば、規模にはなお大きな開きがある。
218店のうち、連結子会社が展開する店舗は86店、現地パートナーなどによるFC店舗は132店。FC展開では、出店ペースが現地パートナーの投資判断にも左右される。
数千店の水準を狙うなら、必要になるのは現地の嗜好に合わせたメニュー開発だけではない。
食材を安定供給するセントラルキッチン、そこから店をつなぐ物流網、現地で運営を任せられるマネジメント層。いずれも先に金を入れ、後から回収する性質の投資になる。こうした投資を壱番屋単独でどこまで負担できるかは、海外展開を加速するうえで大きな論点になる。
親会社が足を引っ張っている、と決めつけるのは早計だろう。ハウス食品グループの側にも守るべき数字がある。ここで効いてくるのが、親子上場という構造だ。
「海外のインフラに一気に投資すれば、先行費用がかさんで短期的な利益は大きく沈みます。上場企業であるハウス食品グループにとって、子会社の減益は自社の株主に説明しなければならない事柄です。ココイチの10年後のための赤字を親会社の株主が飲み込めるかというと、現実には相当に難しいと思いますよ」
四半期ごとの数字を求める市場と、回収まで数年かかる投資。この二つは同じ器に収まりにくい。2015年のTOBで約300億円を投じ、出資比率を19.55%から51%へ引き上げたとき、買付予定数に上限を置いて壱番屋の上場を残した設計が、11年を経て別の意味を持ちはじめた。
○上場をやめると、ココイチの海外展開は加速するか
仮にハウス食品グループが保有株を手放し、PE(プライベート・エクイティ ※)ファンドや海外資本が壱番屋を買い取って非公開化したとする。報道では、すでに複数の投資ファンドが関心を寄せていると伝えられた。
※PEファンドは、出資先の経営を支援して企業価値を高め、株式の売却などで利益を得ることを目指す投資ファンド
ファンドが入れば人件費と食材費を絞られ、数年で転売されて終わる。買収の話が出るたびに繰り返される懸念であり、外食の現場ほど身構える理由もある。佐野氏が注目するのは、株主の顔ぶれが変わった後の意思決定だ。
判断の主体が数年先の企業価値を見る側に一本化されれば、目先の減益を理由に投資を止める必要がなくなる。利益が出るまで待てる時間軸が手に入る、と言い換えてもよい。上場を維持したままでは踏み切れない規模の先行投資が、非公開化の後なら議題に載る。
もう一つ大きいのは、買い手が持ち込むものだ。
「グローバル展開に慣れた企業やファンドが買い手になれば、彼らがすでに握っている現地の優良な物件情報、食材の調達ルート、フランチャイズ運営のノウハウを、そのまま移植できます。ゼロから人脈と物流網を開拓する時間とコストを、大幅に短縮できるのです」
出店で最も時間を食うのは、味の調整ではない。立地の確保と、人の手配だ。数百店規模の運営網をすでに持つ買い手なら、その工程を丸ごと飛ばせる。日本で磨いたカレーの中身と、海外で戦うための資金と土台。資本の見直しに期待されているのは、この掛け合わせに尽きる。
売り手にとっても、この取引は悪くない。ハウス食品グループが51.01%分を現金化すれば、その資金をスパイスや機能性食品といった本業の強化へ振り向けられる。つまり、資本効率を掲げた中期計画とも矛盾しないわけだ。
○買い手次第では、食材や店舗運営にしわ寄せも
もっとも、新しい株主のもとで話がすべて前へ進むとは限らない。買い手が回収を急いでコスト削減へ舵を切れば、まず削られるのは食材の質と店舗の人員だ。
ココイチが積み上げてきた清潔さや接客の水準は、落ちるときには一気に落ちる。トッピングの自由度も、注文の速さも、原価と人手が支えてきた。
鍵になるのは、売り手と買い手が同じ絵を見られるかどうかである。どの国に、いつまでに、何店を出し、どの時点で黒字へ乗せるのか。その工程表を共有できない相手に渡せば、店舗数は増えても、十分な利益を生み出せない恐れがある。
ブランドを預かる覚悟があるか、投じた資金の回収期限をどこに置くか。買い手の選定で問われるのは、提示された価格より先だろう。
「ココイチ売却」の五文字は、身売りや切り離しの語感をまとって伝わりやすい。実際に動いているのは、国内市場とメーカーの枠に収まらなくなった事業が、自前の資本政策を持つ段階へ進む話である。
誰が次のパートナーになり、どの国を狙うのか。日本の国民食が世界の看板になれるかどうかは、ここから先の設計で決まるのかもしれない。
西脇章太 にしわきしょうた 1992年生まれ。三重県出身。県内の大学を卒業後、証券会社に入社し、営業・FPとして従事。現在はフリーライターの傍ら、YouTubeにてゲーム系のチャンネルを複数運営。専門分野は、金融、不動産、ゲームなど。公式noteはこちら この著者の記事一覧はこちら
佐野 Mykey 義仁 さのまいきーよしひと 1982年静岡県富士市生まれ。起業家、経営コンサルタント、投資家。オレゴン州の高校卒業後、米国ポートランド州立大学へ進学。同大学中退後、帰国子女枠で日本の大学に入学し、卒業。2008年商社へ入社。海外駐在を経て、2015年以降、海外で投資・運用会社を設立。40カ国で事業展開とアドバイジングを行い、現在は海外企業のM&Aアドバイザー、企業コンサルティングを行うほか、登録者数8.24万人のYouTubeチャンネル「マイキーの非道徳な社会学」を運営。著書に『ずる賢い人のための億万長者入門 成功者の9割は性格が悪い』(KADOKAWA)がある。 この監修者の記事一覧はこちら(西脇章太)