※画像はイメージです。生成AIを使用しています 生成AIは、今や、さまざまな分野で活用が広がっています。
議事録や、プレゼン資料の作成など、特にビジネス業務における利用頻度は日に日に増加しているようです。
一方で、経済産業省や総務省が公表している生成AIの利活用に関するガイドラインでは、AIが出力した内容には誤情報や事実と異なる内容が含まれる可能性があるため、最終的な確認や判断は必ず人が行う必要があると繰り返し示されています。
今回ご紹介するのは、長年の修業を経て念願のオーナーシェフとなった男性が、メニュー開発に生成AIを積極的に取り入れたことで思わぬ落とし穴にはまってしまった実録エピソードです。
便利なはずの最新技術が、店の評判を左右する大きな事態となってしまいました。
◆下積みを経て憧れの街に開いた念願の城
18歳という若さで故郷の鹿児島から単身上京し、都内の高名なレストランで修行に励んできた中島さん(仮名・33歳)。
長年の厳しい修行に耐え抜いた彼は、このほど念願だった自身の創作フレンチ料理店をオープンさせるまでこぎつけました。
店舗の場所として選んだのは、都心から少し離れた東急線沿線のエリア。かねてから店を出すならこの辺りだと決めていたそうです。
「店舗の場所は、もともとこの辺が憧れの地域だったのでとんとん拍子に決まったのですが、そこからが実は大変だったんですよ。だから、オープンまでには少し時間がかかりました」
開店を遅らせてまで時間をかけた最大の理由は、看板となるメニューの選定でした。
元々洋食の最前線で叩き上げられてきた中島さんは、修業時代から膨大な数のオリジナルメニューを考案し、自宅で試作を重ねるほど料理に対して熱い情熱を持っていたといいます。
「とにかく今回の独立にあたっては、自分の店でやりたいアイデアがいっぱい詰まっていたんです。だから、いくら時間があっても足りませんでした」と苦笑しながら語ってくれました。
◆AIが考案した魅力的なレシピに感動
お店の場所は決まったものの、メニュー決定までに想定外の時間を要していた今回の新店オープン。そこには、ある程度の食通相手のレシピや料理に慣れていたものの、お店は住宅街の中にあり、老若男女向けなメニューの開発が必至だったからなのです。
「考えれば考えるほどうまくいかないんです。高級料理は得意で、レシピなんかは頭の中にインプットされていたのですが、いろんな層に楽しんでもらいたいと思えば思うほど、なかなか決まらないんです」
そんな中島さんを助けてくれたのが「AI」でした。前々から興味があった中島さんは、試しにいろんなリクエストをプロンプトにして試したところ、びっくりするほど斬新で美味しい料理が完成したのだそう。
「AIも進歩していますね。あれほどまでにしっかりした回答が返ってくるとは思ってもみませんでした。だって、私の作った料理より美味しいんですよ!ここだけの話」
少し興奮気味で語ってくれた中島さん。「AI」のアイデアを盛り込むことで、その後メニュー作りは順調に進んだそうです。
そうして迎えた開店当日、SNSを駆使した事前の宣伝活動が見事に功を奏し、お店の出足は非常に順調で幸先の良いスタートを切りました。
◆サブチーフへ丸投げされた「未検証レシピ」
オープン直後から店は大盛況だったそうですが、それに伴って中島さんの業務にも変化が現れていました。
オーナーシェフとして、店舗全体のマネージメント業務や経営管理に追われるようになり、厨房での調理プロセスのほとんどを、信頼のおけるサブチーフに一任する機会が増えていったのです。
「経営の仕事で忙しくなった後も、私は夜な夜なAIを使って斬新なメニューを考案し続けていました」と振り返る中島さん。
夜更かしをして画面に向かい、「AI」が吐き出した斬新な組み合わせのメニューを次々と決定していったそうです。
そして、現場が特に忙しい時には、自分自身で味見や試作を一切行うことなく、「AI」が出力したレシピと簡単な作り方だけを記載したメモをサブチーフにそのまま手渡し、調理を任せるようになりました。
これが、後に取り返しのつかない致命的な事態を招く引き金となったのです。
◆「AI」依存が招いたあっけない落とし穴
そんな営業スタイルを続けて半年ほどが経過した頃、中島さんは明らかな異変に気がつきました。あんなに賑わっていた客足が、目に見えて激減していったのです。
「これはおかしい」と危機感を募らせた中島さんは、すぐさま原因を調べました。
そんな中、インターネット上の口コミやユーザーからの投稿をくまなく調べていくうちに、中島さんの目に、ある辛辣なコメントが留まりました。
「いくつかのメニューに、明らかに他のメニューとは違う不自然な味や食感がある。本当にオーナーが作った料理なのだろうか。あと、メニュー表には『黒毛和牛』と大々的に書かれているのに、実際に出てきた料理は豚肉だった。もう行くのをやめようと思う」という、ショッキングな内容が綴られていたのです。
慌てて厨房に走り、サブチーフに指示していたレシピの内容を細かく確認した中島さんは言葉を失いました。
「AI」による創作メニューは、当初全て中島さんがチェックを行っていたそうですが、その後、サブチーフが食材の追加や分量の調整を重ねるうちに、レシピは中島さんが最初に確認した内容とは別物になっていたのでした。
「こんなことがあるんですね。私が最初に見たレシピと全く違う内容になっていたんですよ。そりゃお客様も離れますよね。料理人として一番の肝となるメニュー作りに「AI」を過信して頼り切っていた自分が情けないです」
中島さんは、それから数か月店を閉め、新たにメニューを考案し再開。早めの気付きが功を奏したのか、客は戻ってきてくれたそうです。
今回のケースでは、「AI」そのものが原因というよりも、「AI」が提案した内容を十分に検証しないまま現場へ落とし込んでしまったことが、大きな問題だったと言えるでしょう。
とりわけ飲食業では、一品ごとの品質はもちろん、メニュー表の表示内容と実際に提供される料理が一致していることは、利用者との信頼関係を築くうえで欠かせません。
消費者庁では、食品表示法に基づき、原材料や品名などについて消費者へ誤認を与える表示を行わないよう事業者へ求めています。
また、経済産業省や総務省の生成「AI」に関する考え方でも、AIの出力はあくまで「補助」であり、内容の正確性や適切性については人が責任を持って確認することが重要とされています。
中島さんは最終的にAIの利用をやめたそうですが、本来、生成AIは使い方次第で業務を効率化できる便利なツールでもあります。
だからこそ、「AIが言ったから正しい」と考えるのではなく、自ら試作し、味を確かめ、表示内容まで責任を持って確認する姿勢が欠かせません。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営