
「ヒト、モノ、カネ。かつてないほどの物量戦でした」
そう語るのは、落選した玉城デニー沖縄県知事(66)の選挙戦を支えた選対関係者だ。
9月13日、任期満了に伴う沖縄県知事選の投開票がおこなわれ、自民党など保守勢力が推した前那覇市副市長の古謝(こじゃ)玄太氏(42)が、初当選を確実にした。開票とほぼ同時に当選確実が出る、いわゆる“ゼロ打ち”となった。玉城氏との得票差は20ポイントあまりと、まさに圧勝である。古謝氏を推薦したのは、自民、日本維新の会、国民民主党、参政党、日本保守党、そして公明党県本部。対する玉城氏には立憲民主党、共産党、社民党などがついた。
「これまでの沖縄知事選では、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設の是非が、最大の争点でした。ところが今回は、その構図が大きく変わりました。辺野古沖の工事は進み、沖縄県が国を相手に続けてきた法廷闘争もことごとく敗訴しており、県民の間では、基地問題への関心そのものが薄れてきたとの見方もあります。実際、移設容認派の古謝氏は、政府や与党との太いパイプを強調し、沖縄の経済振興を訴えていました。その一方、玉城氏は辺野古への反対姿勢を前面に出すことを抑え、好調な観光業など『2期8年の実績』を訴えました」(政治担当記者)
古謝氏の圧勝の裏には、知事選前からの自民による“種まき”があったという。
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「知事選の前には、沖縄県内の市町村選挙が続きました。自民党はそこでも、支持団体をフルに動かしていました。いわゆる“維新式”と呼ばれる動員型の選挙です。そこで、古謝さんのことを次期知事候補として紹介していました。つまり、事実上の事前運動を展開していたようなものです。古謝さんは2022の参院選に出馬し、落選していますが、そのとき当選した伊波(いは)洋一さんとの差は、2800票あまり。那覇市以外の市町村では伊波さんを上回っていました。決して知名度のない候補ではなかったのです」(前出・選対関係者)
県内各地で顔を売り、組織を固め、政府・与党との関係をアピールする。その積み重ねが、投票日に一気に票へと結びついたというわけだ。
「それに引き換え、デニーさんの公示前の加点は、連合の推薦くらい。それも与党にくみしないという“アリバイ作り”のようなものでした。そして、選対の中心にいるはずだった中道改革連合が突然、霧散してしまったのです。組織的な選挙など、まったくできませんでした。負けるべくして負けたということです」(同前)
さらに今回、古謝氏を押し上げたとされるのが、同世代の男性たちによる支援だった。9月4日には「全島エイサー」と呼ばれる、県内各地の青年会や団体が集まり、演舞を披露する一大行事がおこなわれた。そこには当然、人が集まる。日ごろから稽古などを通じたつながりもある。
那覇市内の飲食店経営者が語る。
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「いわゆる『ヤッケーシージャー』と呼ばれるような幹部が、古謝さんへの投票を勧めていたと聞いています」
「ヤッケーシージャー」とは、沖縄の言葉で、いわば「面倒な先輩」のような存在を指す。しかし選挙となれば、その「面倒な先輩」の存在は決して小さくない。なぜなら、古謝氏には、こうした層との接点がもともとあったからだ。
「古謝さんは総務官僚だった時代、箱モノや道路整備が中心だった沖縄振興事業にかかわっていました。その関係で、土建業の経営者に多いヤッケーシージャーとは、もともと融和性が高かったんです。
彼が知事になれば、1000億円規模で国の沖縄振興予算が積み増される、といった噂話もまことしやかにささやかれていました。沖縄で生きていくなら、ヤッケーシージャーの指示は絶対的。その指示は『ヤッケーシージャパワー』と呼ばれ、連なる後輩の妻、恋人、親、兄弟にまで及ぶんです」(同前)
42歳の古謝氏は、沖縄県知事として最年少となる。そして、沖縄が本土に復帰した1972年以降生まれとしての初知事でもあるのだ。つまり、沖縄県政を長く覆ってきた復帰世代から、「復帰後世代」への世代交代でもある。
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「古謝さんが知事になるということは、基地政策においては国の方針をだくだくと飲むということです。古謝さんは、半ばそれを公約にして、県民はそれを支持したというわけです。今回の知事選で、沖縄が新しい時代を迎えたことはたしかです。ですが、それが県民の望むような幸せにつながるのかは、まったく別のことだと思います」(前出・選対関係者)
新世代が主導する沖縄の未来とは──。
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