オリックス・平野佳寿兼任コーチ(写真=北野正樹) オリックスの守護神としてリーグ3連覇、日本一に大きく貢献した平野佳寿投手兼任コーチが、9月25日のソフトバンク戦(京セラドーム)を最後に、静かに現役のユニホームを脱ぐ。日米通算21年間で、史上初の250セーブ、200ホールドを達成したレジェンドが最後の試合に臨む思いは――
「(地味のフレーズに)納得はいってないですよ。でも、自分でも言ってますし、本も出してますし、いいんとちゃいますか。冗談ですよ(笑)」。引退セレモニーを2週間後に控えた平野が、笑顔で取材に応じた。
球団が名付けた引退イベントは「THE LAST GAME WARNING ♯地味で派手な ♯最後の平野劇場」。冒頭の言葉は、「地味」に対する感想だった。鳥羽高(京都)、京産大から2005年ドラフト希望枠でオリックスに入団。5年目に先発から中継ぎに転向し、2011年には72試合に登板。翌年からクローザーとしてチームを支えた。2017年のシーズン後、海外フリーエージェント権を行使しダイヤモンドバックスに移籍。マリナーズを経て2021年シーズンからオリックスに復帰した。メジャーで150試合登板(9勝9敗8セーブ、48ホールド)を始めとする実績は「派手」そのものだが、「地味」は平野の生きざまに重なる。失敗しても地道に努力することが成功につながる道であるなど、平野の哲学は2020年に上梓した「地味を笑うな」(ワニブックス)に詳しい。
功績のあった選手が現役を引退する試合を、メディアでは「引退試合」と表現するが、球団の正式な呼び方は「引退セレモニー」だ。その引退試合を、平野は断ったという。「最初はやりたくない、と言いました。『僕はもう、さっと引退したいんです』と。でも、『それはダメです』って言われて」。平野の持つ引退のイメージは、メジャー形式だった。「アメリカの選手、カッコいいじゃないですか。試合の最後に出てきてスタンドのスタンディングオベーションを受けて帰ってくる。あれだけでいいんじゃないかなと思います」。日本では、球団が功労者に対する敬意やファンに最後の雄姿を見てもらう場として、1打席や打者一人との対戦などを試合状況に応じながら可能な限り用意するのが一般的。平野も「周りの知人や友人から『最後を見たい』という声も聞いたんで、まあやらないかんと思っています」と納得済みだ。ただ、引き受けるにあたり平野は、「CS(クライマックス・シリーズ)を争っていたり、大事な試合になった場合には登板しない」という“条件”を飲んでもらったという。
当初、断ったのは真剣勝負の公式戦に、私的な事情を持ち込みたくなかったという思いも強かった。「僕の中で、引退する選手の球を見て何がおもろいねんと思います。『投げる姿を見たい』と言われるとうれしいけど、ヨボヨボの球を見てもなと。黒田(博樹)さん(元広島)のように、まだまだいけるんじゃないのっていう感じで引退試合ができるのならやりたいと思いますけど。いろんなけががあって、もうあんまり投げることができないんで、公式戦で投げるのはおこがましいと思います」。“勤続疲労”で体は満身創痍。勝負のかかる最後のイニングを締めてチームを勝利に導く守護神を務めてきた平野にとって、最大のパフォーマンスを発揮できない状態でマウンドに登るのは、プロとして忸怩たる思いがあったことは想像に難くない。
「真剣勝負ができたらいいのですが、今は真剣勝負ができるだけの体調ではありません。一所(生)懸命、あの舞台でやってきてワンアウトかもしれませんが、球団が『投げても大丈夫』と言ってくれたら、こんなボロボロですけど最後にやらせてもらいます」と平野。プロ21年。「(寂しさは)何も出てきません。やっと終われる。悔しいとかも全くありません。そこまでやり切れたことに感謝したい」と球団に感謝し、ファンには「僕の雄姿なんかあまり見なくていいです。球団がいろいろ考えてくれていると思うので、セレモニーだけを楽しんでくれたらいい」と笑わせた。努力と創意工夫、不屈の精神で一時代を築いたレジェンドが、地味で派手な最後の平野劇場に臨む。
取材・文=北野正樹