月30万円かかるAIは「学習しない社員」だった――LayerXが回し始めた仕事の“自己改善ループ”

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2026年09月25日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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AI利用を振り返るLayerXの福島良典CEO

 1965年、英国の数学者アーヴィング・ジョン・グッドは、人間より賢い機械が現れれば、その機械はさらに賢い機械を設計でき、「知能爆発」が起きると指摘した。61年後の2026年9月、AnthropicのCEOダリオ・アモデイ氏は「We Must Pace the Frontier」と題した論考で、この夏ごろからAIの進歩が急に速くなり、その主な要因はAIが次世代のAIを作る能力を持ち始めたことだと書いている。同氏はこれを再帰的自己改善(RSI)と呼び、これが業界全体で起き始めているとして、開発の速度に「制限速度」を設ける選択肢にまで触れた。


【画像】LayerXが示した「3つのループ」


 AIがAIを作るというループは、思考実験ではなくリアルなAI開発の現場にまで降りてきた。では、AIに仕事を任せる側の会社ではどうか。9月3日、SaaSなどを提供するLayerX(東京都中央区)の自社イベント「Bet AI Day 2026」で、CEOの福島良典氏は、AIが自分の仕事のやり方を改善するループを、開発ではなく日々の業務の中で回し始めたと語った。その出発点にあったのが、社員1人当たり月30万円というトークン費用である。


●人件費の3〜4割を払って「覚えない社員」を雇う


 LayerXは2025年12月ごろから、社内のAIツールをエンジニア以外にも配り始めた。営業や管理部門が商談資料を作り、失注案件を分析する。その結果、AIの利用額は1人当たり月平均30万円に達した。同社の平均給与は約800万円で、給与の3〜4割をトークン費用として払う計算になる。福島氏はこれを「実質的に人件費が1.4倍になる」と表現し、「経常的になると、赤字が本当にやばいことになる」と振り返った。


 福島氏はこの使い方を「トークンマキシング」と呼ぶ。AIに任せる仕事を増やし、トークンを消費するほど開発や業務が進むと考えて、まず上限なく使わせる段階である。同氏は、この時期を失敗とは呼ばない。とにかく使ってみることが「カルチャー変革を突破するためにはすごく有用であった」からだ。コードの変更を記録するコミット数を見ると、開発速度は3倍以上になったという。


 ただ、同じ講演で福島氏は、この使い方の限界にも触れている。熟練のエンジニアは仕事から学び、プロジェクトから学び、インシデントから学ぶ。ところが「今のAIって、覚えないし、モデルの重み付けを変えない限りは学習もしない」。月30万円払っても、翌月のAIは同じ仕事を同じ出来で繰り返す。人間の新人なら、給与の3〜4割に相当する教育コストをかけても、翌年には成長という形で返ってくる。AIには返ってこない。人件費の3〜4割で雇っているのは、“覚えない社員”だったわけだ。


●評価は会社の中に閉じている


 福島氏が提示する「3つのループ」――すなわち(1)業務実行の内側ループ、(2)システム基盤を直す外側ループ、そして(3)コストを制御する費用のループは、この「覚えない社員」を組織全体で育てるための設計図である。


 モデルの重みは変えられない。変えられるのは、モデルの外側にある指示文、メモリ、ナレッジベース、権限、ワークフローといった部品で、これをまとめてハーネスと呼ぶ。重みが同じでも、次に仕事をするときに渡す指示や記憶が前回の失敗を踏まえたものになっていれば、エージェントの動きは変わる。


 内側のループは、計画、実行、評価・検証の繰り返しだ。ソースコード全体の脆弱性診断、大量の取引データからの決算処理、契約書からの競業避止条項の抽出といったゴールを与えると、エージェントは計画を立てて実行する。ここで効くのが評価である。何が良いデザインか、法務レビューとして何が正しいか、この会社では部門費用をどう案文するか。福島氏はこれらを「極めて閉じた知識」と言う。一般論では正解が決まらず、その会社の中にしか答えがない。だから評価を用意し、ハーネスがそこから学んで修正されるようにする。


 外側のループで直すのは、ハーネスそのものだ。予算の仕事をするエージェントに、法人向け業務ソフト「バクラク」内のデータしか渡していなければ、スプレッドシートにある重要な数字を見落とす。その失敗を分析し、データアクセスの権限がなかったからだと突き止め、権限の範囲を見直す。手続きの知識が間違っていればワークフローを組み替える。CTOの松本勇気氏が1年半前に本で書いた「社員をオンボーディングするようにAIを扱う」という考え方を、一歩進めたものだと福島氏は位置づけている。


●改善役をAIに任せる


 ここまでなら、改善のためにハーネスを人間が直す話である。福島氏の講演で変わっていたのは、その直す役をAIに任せ始めた点だ。


 1年前の時点では、作業者・実務者としてのAIは優秀だったが、「AIの作業自体をメタ的に改善するAI」は無理だった。それが「Fableなどの高度なモデルが登場したあたりから、できるようになってきた」という。


 アモデイ氏が「この夏ごろから」と書いた時期と重なる。AI開発でRSIが動き出したのと同じ世代のモデルで、業務の側でもAIがAIの仕事を直せるようになった、という時系列である。LayerXでは改善役をフロンティアモデルにやらせてみたところ「かなりうまくいくことが分かった」という。エージェントを自己改善するエージェントは、既に社内で実戦投入されている。


 ただし、福島氏は留保も付け加えている。「全部丸投げして自己改善できるほど、まだ整ってはいない」。ある程度の方向性とハーネスを人間が作った後であれば、仕事のログと正しい評価をAIに渡して改善案を考えさせ、自己改善させることが「かなりできるようになってきた」という段階だ。同氏は、ボトルネックが実装から「仕様と検証」に移ったと述べている。AIが実行し、AIが直す。人間に残るのは、何が正しいかを決める評価者の役割だ。


●先に閉じた費用のループ


 福島氏はトークンマキシングの次の段階を「トークンエコノミクス」と呼ぶ。LayerXは個人ごとに金額の上限を設け、枠の中で使い方を工夫するよう促した。上長を通じて申請すれば枠を増やせる。同時に自社でLLMゲートウェイとモデルルーターを作り、仕事に応じてモデルを振り分けた。社員がツールにログインすると、費用の数字と一緒に、プロンプトのどこを直せば費用が下がるかが表示される。福島氏自身も「ここのプロンプトキャッシュ(一度処理した入力データをAIのサーバ側に一時保存し、コスト削減と高速化を実現する仕組み)が効いていなかったよね」と指摘を受けるという。この結果、トークンの利用量は減っていないが、費用は抑えられているという。


 マネーフォワードも同じ形の上限金額を置いている。同社CTO室の渡辺慎也氏によると、AI利用には個人ごとの上限があり、「制約があるからこそ初めて、その人がその使い方を考える」。効率が良くなった人には枠を広げる試みも一部で始めている。単価の安いモデルを選んでも、処理に2倍の時間とトークンがかかって「結局同じぐらいのコストになる」場合もある。そこで、用途ごとに複数のモデルを比べている。


 両社に共通するのは、上限という制約を評価の代わりに使っている点だ。仕事の出来を測る評価は会社ごとに違っていて、用意するのに手間がかかる。一方、費用の評価は請求書がそのまま担ってくれる。何円使い、何円下がったかは翌月には分かる。だから費用のループは、仕事のループより先に閉じた。上限の中で人間が使い方を考え、ゲートウェイが直す箇所を返す。同じ輪を業務品質の側でも回そうというのが「3つのループ」である。


●「知能爆発」するかどうかは評価の供給速度で決まる


 グッドの知能爆発は、機械が次の機械を設計するときに起きるとされた。対象がモデルの重みかハーネスかの違いはあっても、AIがAIの次の版を作るという輪の形はAnthropicもLayerXも同じである。仕事の自己改善が業務の工程になり始めた。


 そのための評価として、費用の輪には請求書があり、開発の輪にはテストがあった。ループがうまく回るかどうかは、評価が最初から手元にあるかで決まる。仕事のループでいえば、決算の案文ルールや法務レビューの基準といった閉じた知識を、どれだけ速く評価の形に落とせるか次第だ。


 月30万円が消費か投資かも、そこで分かれる。ループが閉じていなければ、トークンマキシングで使ったトークンは覚えない社員に払う給与のままだ。ループが閉じれば、同じトークンが翌月のAIを変える。


 AIが自ら実行し改善する時代において、人間の役割は「作業」から「自社の評価基準を定義して与えること」へ移行した。福島氏の講演から1年後に問われるのは、費用の額ではなく、自社の評価をAIに渡せる形で持っている会社がどれだけあるか、という点になるだろう。


筆者プロフィール:斎藤健二


金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。



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