
2026年7月20日、東京・両国国技館――。
プロボクシングの元世界2階級王者・寺地拳四朗はこの日、WBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、世界3階級制覇を達成した。まさかの王座陥落、サウジでの試合中止を経て、34歳でふたたびたどり着いた世界の頂点。
物語の背景には、かつて同じようにプロボクサーとして世界を目指した父親・寺地永(ひさし)の存在。その父親から授かった、ひとつの技術が関係していた。 リングに立つ息子を、少し離れた客席から見つめていた父親。彼の目には、何が映っていたのか。
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イギリスでは、注射を打つことを「jab」と呼ぶ。
例えば、予防接種。
"Have you had your COVID jab?"(コロナワクチンは、もう打った?)
といった具合に。
ここで使われる jab は、「素早く突く」「突き刺す」を意味する英単語で、イギリスではごく日常的に使われている。同じ英語圏でも、アメリカでは「shot」と呼ぶことが多い。
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jab――。
ボクシングでは、最も基本となるパンチ。
そして、ボクサーにとっては生命線ともいえるパンチ。
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2026年6月12日、東京・三迫(みさこ)ボクシングジム――。
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およそ1年ぶりの再起戦まで1か月あまり。"元"世界王者の寺地拳四朗は、スパーリングをメインに調整を続けていた。
「じゃあ始めます」
セコンドに付いたトレーナーの加藤健太が声をかけた。天井の高いジムにブザーが響く。相手は真正ジム所属の伊藤千飛(せんと)。今年4月、WBOアジア・パシフィック・バンタム級王座決定戦で初回KO勝利し、20歳でチャンピオンベルトを腰に巻いた次世代の世界王者候補だ。拳四朗からは、デビューして間もない頃からスパーリングパートナーに指名されてきた。
34歳、スーパーフライ級の拳四朗――。
20歳、バンタム級の千飛――。
試合時ならば体重差は3ポンド(1.36kg)。しかも、ライトフライ、フライと階級を上げ、次戦がスーパーフライ級の初戦になる拳四朗に対して、千飛はスーパーバンタム級も見据えている。
「拳四朗、距離意識して、距離!」と加藤。
千飛の力強い攻撃。やはりパワー差は否めない。拳四朗は細かく距離を修正。左ジャブからのワンツーで応戦し、すぐにステップバックして被弾を避ける。ロープ際まで追い込んでも深追いはせず、位置確認に終始した。
「構えたときの歩幅を、少し変えてみました。より動きやすい構え方にしたというか。試合までの期間が空いたおかげで、いろいろ試してみたいこともできました。いままでずっと、試合、試合、試合で、勝つことを第一に考えなければならなかったので。それは、良い変化につながっていると思います」
長年、拳四朗とコンビを組む加藤はそう話した。ボクシング界では、ふたりの師弟関係はよく知られている。
出会いは2017年5月20日、拳四朗が世界初挑戦したときまでさかのぼる。拳四朗が所属する、京都・B.M.Bボクシングジムを三迫ジムがサポートすることになり、加藤はサブでセコンドに付いた。これをきっかけに交流は始まり、信頼関係を深めた。加藤は三迫ジムのチーフトレーナーでありながら、日常的に拳四朗を指導する専属トレーナーでもある。
ブザーが鳴った。
「2ラウンドめーっ」
拳四朗は、相変わらず慎重に距離を測る。千飛が一気に踏み込み、強烈なワンツーからの右ストレートを放った。拳四朗は瞬時に反応。わずかに後ろへと下がりつつ拳の軌道を見切り、紙一重でかわした。
もしまともに受けていれば、かなりのダメージを受けるような破壊力。
千飛はデビュー以来、7戦全勝6KOという戦績(2026年9月25日時点)。前回、アジアパシフィックのタイトルを獲得した試合では、この右ストレート一閃(いっせん)で、対戦相手を背面から転倒させた。
3回――。拳四朗はリズムを変えた。細かくステップを刻み、左ボディから切り返しの左フック。さらに左リードジャブを突き、返しの右ストレートを放った。
正確な攻撃が千飛の急所を捉(とら)えた。千飛は下がらない。
「じらして、じらして」
「上下、上下」
「そうそうそう」
加藤のアドバイス。距離を支配し、相手の攻撃を外しながら、自分の間合いで戦うように指示を出す。
千飛のコーナーからも声が響いた。
「ガードの上からでも良いよ」
「はいっ、ゴー、ゴー、ゴー!」
千飛のセコンドは、真正ジムの山下正人会長。長谷川穂積をはじめ、男女合わせて何人も世界チャンピオンを育てた、こちらもよく知られた名トレーナーだ。リング上では拳四朗と千飛が拳を交錯させ、両コーナーではトレーナー同士が火花を散らした。
「はい、ラストッ!」
拳四朗が先に仕掛けた。いきなりの右ストレートからジャブ、ワンツーで千飛を後退させた。
「千飛、先に、手ェ出して!」
山下会長の声が飛ぶ。千飛がウィービングしながら距離を詰めてきた。そこからボディブロー、アッパー。拳四朗は左へとまわりながら攻撃をかわし、反撃の機会をうかがう。踏み込む千飛。タイミングを合わせて強烈な左アッパー。拳四朗は、両腕をクロスして防御した。
ジムにはリング上のふたりとトレーナーのみ。平日の昼間、軽快な音楽も流れていない。静かな空間に響くのは、ボクサーふたりの荒い呼吸。そして、拳と拳で奏でる、鈍くて乾いた音色だけだった。
スーパーフライ級初戦、再起戦、世界王者奪還、そして3階級制覇を目指す寺地拳四朗のスパーリングはこうして幕を閉じた。
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「あのときは本当に、頭が真っ白になって本当に辛(つら)かったですけど、そこからは意外とすぐ切り替えて、『またチャンスが来るまで頑張ろう』という感じで。『普段通り練習してきた』って感じですね」
1週間後の6月19日、都内ホテルで開催された記者会見。世界戦当日に向けた意気込みを聞かれた拳四朗はそう答えた。
壇上には拳四朗と同じく、世界タイトル奪還を目指すWBCライトフライ級の岩田翔吉(帝拳)。それにWBAバンタム級の比嘉(ひが)大吾(志成)。その比嘉と対戦して、初の世界王者を目指す増田陸(りく・帝拳)が並んでいた。比嘉と増田がメインイベンター。拳四朗の試合はセミファイナルだった。
「12月のときよりも、ちょっと身体も大きくなったと思うので。そういう面では、いまのほうがスーパーフライ級には向いてるのかな、という感じではあります」
拳四朗は昨年末、サウジアラビアのリヤドで開催された興行(リヤド・シーズン)で、階級をスーパーフライに上げての世界3階級制覇に挑む予定だった。ところが試合前日の夜、対戦相手だったIBF同級王者ウィリバルド・ガルシア(メキシコ)が、公開計量後に体調を崩して緊急入院したとの知らせが入った。試合は直前でキャンセル。本人史上、過去最高だったはずのファイトマネーばかりか、中止による違約金も一切支払われることはなかった。
翌朝、拳四朗ら陣営はホテルの朝食会場で、胃の不調で入院したと聞いていたはずのガルシアが、平然と食事をしている姿を目撃した。憤りを覚えたがどうすることもできない。ガルシア陣営に声をかけることもなく、ただ遠くから見ているしかできなかった。
「本当に運が良いことに、もう1回チャンスをいただけたので。自分でも、負けたままでは終われない、というのもあるので。絶対、3階級取って、次につなげたいなと思ってます」
司会者からの投げかけに、拳四朗は終始淡々と答え続けた。世界挑戦を前に初めて記者会見に登壇したのはおよそ9年前、25歳だった。当時、同じように意気込みを聞かれた際の答えは、
「カッコよくキレイに倒します。これで有名になりたい」
だった。
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「拳四朗がデビューしてから、常に『強運の息子やな』と思いながら来まして。何の挫折もなく世界王者になって防衛重ねてきて、負けが2回あって。それはそれで、拳四朗にとったら大変な試練やったと思いますけど。試合がなくなったことも含めて、拳四朗にとってはマイナス面をプラスにしていくという、『いままで以上に運が向いてきたな』というふうに思っています。今回は必ず3階級取って、本人が望むようになっていけば良いなと思います」
拳四朗の隣。正面向かって右側に座るB.M.Bボクシングジムの寺地永会長。拳四朗の父親でもある永は淡々と、しかし明白に答えた。永は続けて、3階級制覇を達成するためのポイントについて話した。
「いまは加藤トレーナーに見てもらっているので、ふたりの意見交換でやってもらってますけど。元々拳四朗はジャバーでしたので、もうちょっとジャブを上手(うま)く使ってくれたら、いままで通りパンチをもらわず、上手く勝てるかなとは思います」
拳四朗はプロ10戦目、デビューからわずか2年9か月で世界の頂点まで上り詰めた。スタイルの特徴は、フットワークで距離を操り、緩急をつけながらあらゆる方向、角度から繰り出すジャブだ。豊富なスタミナ、ピンポイントを狙える右ストレートなど、いくつもある。そのなかでも卓越したジャブの技術が、それらの武器を活(い)かす土台になっていた。
拳四朗にジャブの技術を教えたのは、永だった。
いま永は、トレーナーもセコンドも加藤に託し、自身は裏方として息子を支えている。
jab――。
ボクシングでは、最も基本となるパンチ。
ボクサーにとっては、生命線ともいえるパンチ。
永は、次戦のカギを「原点に立ち返ることができるかどうか」とみていた。
自分のボクシング――。
自分の戦い方――。
1か月後、拳四朗はその答えをリングで示す。
取材・文・写真/会津泰成
