インタビューに答えるNTTの川添雄彦チーフエグゼクティブフェロー=8月5日、東京都内 NTTが研究・開発を進める最先端の光技術を使った次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」が、実用化に向けた動きを加速させている。情報の伝送や処理を電気信号から光信号に置き換えることで、大容量・低遅延・低消費電力を実現させる技術で、2030年ごろの本格的な普及・社会実装を目指している。IOWN構想の名付け親で国際的な普及組織のトップを務めるNTTの川添雄彦チーフエグゼクティブフェロー/IOWNグローバルフォーラム会長にその将来像を聞いた。(時事通信社経済部デスク/編集委員 伊藤航介)
◇インターネットの限界
―2019年の構想発表の経緯は。
インターネットこそが、あらゆるサービスを包含できる最も経済合理性がいいシステムだと思っていたのだが、少しその限界を感じ始めていた。
―限界とは。
「人」と「情報」をつなげるという意味では、インターネットは非常に優れたネットワークだが、制約条件がある。「ベストエフォート」という最大限の努力をするが通信速度は保証しないとの約束を前提に、小分けにして送信したデータを送受信側がその都度確認しながら通信していく仕組みを使っているので、時々速いけど時々遅いといった「遅延」が生じる。遠く離れた場所だとさらに遅くなってしまう。遅延によって生み出される不公平感とか、不正確性というのは、自動運転や遠隔医療など人の命を預かるサービスではさまざまな問題を生む。
―遅延は命に関わる問題をはらむと。
もう一つ重要なことは、インターネットというビジネスが成り立つ背景には、数の論理が生み出す経済合理性があるという点だ。とにかく、たくさんの人がつながっていくことで大きな利益が生まれ、それを基に全ての価値が形成されている。検索キーワードが1カ所に集まってくると、それは巨大なマーケティングデータとなり、さまざまなビジネスを効率的に提供できる。その恩恵が特定の人たちに授けられた結果、米国にハイパースケーラー(巨大IT企業)が生まれた。
◇生成AIが生む現代の予言者
―先ほど指摘された不公平さにもつながる。
実はNTTも後から気づいた。インターネットは次に広がる技術だと、一生懸命に光ファイバーやネットワーク装置などを作ったのだが、ネットワークが広がった先にどのようなサービス、ビジネスが生み出されるかという想像力に欠けていた部分があった。そうした想像力を高く持って事業化した米国の企業が、今のインターネットの勝者となった。
―ネット全盛への懸念が構想の背景に。
この世界がずっと続くということに対し、どこか健全ではないのではないかと考え始めていた。後にそれが証明されたと感じるのは生成AI(人工知能)の普及だ。私は「プロンプト・インテリジェンス」と呼んでいるが、今のAIは検索ワードだけではなく、人が何を考え何をしたいのか、何に困り、次にどういうビジネスを開始しようとしているのか、あるいは研究はどこへ向かおうとしているのかという情報が全てプロンプト(指示文)に含まれている。
その情報を、限られた人たちだけが見えているという状態は、あたかも限られた人たちが未来が見える存在、特別な存在になってしまわないか。まさにソブリンティー(主権)が損なわれていくのではないか。
―AI主権が失われる恐れがあると。
インターネットを使っている限りはその「手のひら」の上で動くことになる。ネットワーク自体を新しい形に改変するということを真剣に考えていかないと、本当の意味でのソブリンティーやウェルビーイング、公平な社会を作り出すことができないのではないか。そういう思いからIOWN構想を打ち立てた。
◇「全てがつながる」ことのリスク
急速に技術革新が進み、生成AIがものすごい影響力を及ぼしているのにベースとなるインフラがインターネットしかない世界は、少し課題があるのではないか。インターネットは全てがつながる仕組みだ。長らくオープン・イノベーションが重要と言われてきたが、全ての技術をオープンにしたら生成AIが容易に学習できるようになってしまう。クローズド・イノベーションも併用し、ソブリンティーを確保していくことが非常に重要な時代になった。
―IOWNでは可能か。
光の中には波長があり、ある産業用の波長と別の産業用の波長を物理的に分離できるので、完全にクローズドな空間ができる。産業でも国でも企業でも個人でも、分離できる世界が実現できるのが光であり、IOWNだ。同じ目的や価値観を共有している人たちの中でAIをつくっていけば主権を守ることができると考えている。
―安全保障面でも重要そうだ。
例えば、防衛省による(指揮統制システムへの)AIの活用に当たって、国産AIのサカナAI(東京)のシステムが候補に挙がっていると報じられた。先ほどのプロンプト・インテリジェンスの問題もあり、情報を処理するデータセンターも含めて可能な限り国産の技術で安全保障に関わる情報を守っていくことが重要だと思っている。
現在、データセンターは大部分がハイパースケーラー向けだが、AI主権を確保するためにも分けていく必要がある。多くの知見を生成AIに学習されてしまったら、そのビジネスの競争優位性が失われかねないし、研究する必要もなくなってしまう。そんな世界が見えてきている。
◇遅延が命取りの時代に
―遅延の問題は、IOWNでは解消可能か。
今後、拡大が見込まれるフィジカルAIでは、AI同士のコミュニケーションが実現されることから、時刻や信号のタイミングを合わせるクロック同期(時刻同期)がものすごく大きな意味を持つ。自動運転でも車に搭載しているAIと交差点のAIが話し合いをするときに完全な同期ができていないと事故につながる。同期という点で(データの分割や電気信号への変換を行わない)光は最高のポテンシャルを持っていると思う。
―データセンターへの活用の可能性は。
国のプロジェクトとしてワットビット連携が進んでいる。今まで、データセンターは可能な限り需要家に近いところに建設していた。その理由はやはり遅延時間だ。需要地に近い場所にデータセンターを作って、その場所でエネルギーを確保して対していくことが条件だったが、そういった場所で使える電力には限界が来ている。これを解決するのが端末からネットワークまで全てを光でつなぐ、IOWNのオール・フォトニクス・ネットワーク(APN)だ。遅延時間が大幅に低減され、立地条件の制約が外れると思っている。
グリーンエネルギーを豊かに発電できるエリアは、必ずしも都会にあるわけではない。今までは地方で生まれたエネルギーを都会に届けていたのですごくロスがあったが、地方で生まれたエネルギーを使って、地方に作ったデータセンターでAIの計算をし、その情報をお客さまに届けることが最も効率的ではないか。
◇電力抑制、AI受容の鍵に
―普及の方策は。
20年1月にIOWNグローバルフォーラムを設立し、今は175団体近くが加盟している。NTT単独ではできないので、いろいろな企業とコラボレーションする必要がある。NTTはAIを含め新たな社会インフラを作る上で欠かせない存在になっていきたい。
例えば(半導体の回路を電気信号から光信号に置き換えて省エネや低遅延を実現する)「光電融合」技術に関して、NTTは世界になかなか存在しない技術を保有している。世界で初めて発明した光のトランジスタは(理論上は)従来の100分の1のエネルギーで動かすことが可能だ。昨年の万博でも装置を一部入れたが、現段階でも必要なエネルギー8分の1に抑えられる。
―AIの重要性は分かるが、電力需要の急増には不安を覚える。
個人的には、AIが必要だからと、果てしなくエネルギーを使うようなことでは、やはり良い社会にはならない気がする。IOWNなどの技術で可能な限りエネルギー消費を抑えながら、AIによる価値提供を実現していく。そうした仕組みをつくることで、イノベーションへの納得感が生まれるのではないか。
IOWNの技術はこう役立っているのだと示していくのが重要だ。遠隔手術ロボットを動かすことで地方の病院でもスーパードクターの手術を受けることができれば、すごく役立つ技術なのだなと思ってもらえるのではないか。そういう積み重ねが非常に重要だ。