
こんにちは。「全国の自治体が抱える潜在的な課題を解決すべく、職員が自ら動けるような環境をデジタル技術で整備していく」ことを目指している川口弘行です。
今回は、自治体の人材育成について、少し思い切った視点から考えてみましょう。
きっかけは、東京大学の起業支援プログラム「FoundX」(ファウンドX)のディレクターを務める馬田隆明さんのブログ記事「AIと雇用とエリート過剰生産、そして教育はどう変わるか」を読んだことです。馬田さんは、AIの進歩によって雇用の再編が起きる中で、大学教育の投資対効果(ROI)が悪化していること、高卒の求人倍率が過去最高水準で上昇していること、AIによって中位職が圧迫され、キャリアのはしごが細っていくことなどを指摘しています。
その中で「今後は就職活動を始める前に高度なスキルを身に付けるか、フィジカルワークに行くかの二極化が強まる」という示唆がありました。
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さらに馬田さんは、AIによって職種や地域だけでなくジェンダー間にも偏った影響が出ると指摘しています。日本でも事務職は女性雇用の大きな受け皿であり、AIによる省力化が進めば、シングルマザー家庭などにも打撃が及ぶ可能性があります。これは単なる「雇用の話」ではなく、社会構造の問題です。
これらの指摘を読んで、自治体職員の離職問題とも深くつながるのではないかと感じました。筆者が関わる自治体でも、2025年度末から2026年度にかけて若手や中堅職員の離職が続いています。こうした動きは、各地の自治体で課題となっています。社会構造が変化する中で、自治体の人材戦略もまた、根本的なアップデートを迫られていると考えられます。
●「辞めない人」を育てるのをやめる AI時代の自治体人材論
離職理由は人それぞれでしょう。民間企業の方が賃金が高い、キャリアの天井が見えている、現場業務の負担が大きい――あるいはもっと個人的な事情かもしれません。ただ、共通しているのは「自治体に在職し続ける理由」が「自治体を辞める理由」を上回りにくくなっていることではないでしょうか。
そしてその構造は、AIの進展によってさらに強まる可能性があります。馬田さんが指摘するように、AIが定型の知的労働を圧縮すれば、公務員の仕事のうち「AIで代替できる部分」と「人間にしかできない部分」の境界が明確になります。
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前者が削られると、若手が仕事を覚えるための訓練機会も削られていきます。これまで若手が担当していた資料作成や定型の事務処理などがAIに置き換われば「簡単な仕事をこなしながら、徐々に難しい仕事を任される」という従来の育成プロセスそのものが細っていくからです。そうなれば、自治体に残る魅力はさらに薄れるでしょう。
それなら、発想を転換する時期が来ているのかもしれません。離職を「防ぐべき問題」として扱うのをやめ、公務員であっても「離職されることを前提に採用と人材育成を設計する」という道です。
ここでいう「離職前提」とは、職員を辞めさせることではありません。一定期間で自治体を離れる可能性も含めて、自治体で得たスキルが次の職場でも通用するように育成する、という意味です。
一見すると極端に思えるかもしれませんが、筆者の身近な例として自衛隊の隊員育成が挙げられます。自衛隊では、入隊後に体系立てた訓練を受けたのち、組織にとどまる人もいれば「元自衛官」として民間などに転身する隊員もいます。つまり「基礎訓練→現場経験→卒業」という流れが成立しています。
自治体においても、同様の仕組みを導入してもよいのではないでしょうか。「退職は裏切りではなく卒業である」――このように発想を切り替えるだけで、人材育成の在り方そのものが大きく変わるはずです。
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●自治体を「人材育成機関」に 職員のスキルを「3階建て」で考える
自治体を人材育成機関の一つと考えるのなら、採用の考え方も変わります。「とりあえず大学に進学する」という進路を選ばない若者や、一般的なキャリアとは異なる経験を持つ人も、すでに完成された人材として選ぶのではなく、自治体で育てることを前提に受け入れられるからです。
筆者は以前の連載で、公務員のスキルを「3階建て」だと書きました。
※参照:行政に欠けている「デジタル人材育成」の概念 スキル研修が機能しない理由は?
1階は「ビジネスパーソンとして必要なスキル」です。ビジネス日本語、文書作成、対人折衝、プロジェクト管理など、公務員を辞めても必要なスキルで、言い換えれば「どの組織に行っても通用する基礎」です。
2階は「公務員として必要なスキル」です。起案・決裁、契約・支払い、予算、議会、補助金、委託管理など、役所の中でどの部署に行っても必要なスキルです。
3階は「所属部署特有のスキル」です。デジタル部門ならネットワークの知識、福祉部門ならその領域の法令など、配属後に自らの学ぶ力で獲得していくスキルです。
離職を前提にして自治体での人材育成や勤務経験が広く社会に還元されると考えるのならば、この3つの階層に対してどのように力を入れていくかが変わります。
1階部分は公務員を辞めてからも使えるスキルであり、社会で「当たり前に仕事ができる人材」を輩出するという意味で、積極的に育成するべきです。2階部分も、最近では自治体を退職して別の自治体に転職するというケースも見られますし、全国の自治体職員のスキルを底上げするためにも育成するべきでしょう。
何より、1階、2階のスキルは、組織に残る職員にとっても必要であることは言うまでもありません。
3階は現場で身に付けてもらうスキルですが、十分な経験を積み、専門性を身に付けたのであれば、社会でもっと評価されてもよいのではないかと思います。それこそ、高等教育機関(大学など)で得られる学位とは別に、一定の専門性を身に付けたことを社会に対し証明できる仕組みがあってもよいのではないでしょうか。日本の社会が学歴社会であるのならば、大学に進学せず「自治体の中で学位取得相当の基礎訓練を修了した」という事実自体が社会に認められれば、それだけで十分に意味を持つのではないかと思います。
●自治体を「卒業」した人材が地域を変える
ここで重要なのは、ターゲットが一般事務職だけではないということです。
自治体には、建設土木、上下水道、福祉、介護、保育など、現場で業務に従事している職員がいます。彼らは地域のインフラと生活を支えていますが、同時に「公務員である以前に社会人(ビジネスパーソン)」でもあります。
全ての職員が何らかの現場の専門性を身に付けることを前提に、1階と2階のスキルを学びながら、一定期間は現場で3階の専門性を深める。そして数年後に「卒業」したとき、その人は、行政の論理と民間の現場を両方知っている人材になっているのです。
その後、自治体に残る道もありますが、例えば、自治体で介護の現場を3年経験した人が地域の介護事業所に転職すれば、行政側の制度論と現場側の実情を両方知っています。ほかにも建設土木なら地元の建設会社へ移るなど、卒業生が地域社会に散らばることで、行政と民間の境界に人材が配置されます。これは「離職前提設計」が生む、副次的な効果ともいえます。
地域の介護事業所にとって、行政の介護保険制度を知りつつ現場の介護業務もできる人材が入ってくることは、大きな戦力になります。建設会社にとって、自治体の発注手続きを知りつつ現場の工事もできる人材は、同じく重宝されるでしょう。これまでのような、いわゆる「天下り」ではなく、行政と民間の間に立って、両方の論理を翻訳できる人材が地域に増える――それは地域の課題解決力そのものを底上げする効果があります。
もしかすると育成人材の候補として、ここに「外国人」が加わるかもしれません。
日本の人口減少は続いており、自治体の現業部門――建設土木、上下水道、福祉、介護、保育などでは人手不足が深刻化しています。すでに特定技能制度などを通じて外国人労働者がこれらの現場に入り始めていますが、多くは民間事業者に雇用されており、自治体の直接雇用は限定的です。
しかし、もし自治体が「基礎訓練→現場→卒業」という仕組みを持ち、さらに、学位に依存しないスキル認証制度によってその能力を社会に証明できるようになれば、外国人が自治体で活躍する道も開けます。
日本人の若年者と同じように、基礎訓練(1階+2階)を受け、現場で専門性(3階)を積み、数年後に卒業する。日本の行政手続きやビジネス日本語、対人折衝などのスキルを自治体で身に付けた外国人が地域の民間企業に移れば、地域の外国人コミュニティと行政・民間の間を橋渡しする人材になり得るかもしれません。
これは単なる「労働力補充」ではありません。地域社会に定着し、行政の論理と現場の実情を知る外国人人材が増えることは、多文化共生の基盤を作ることでもあります。自治体が外国人の「社会統合」を担う機関として機能する――これも離職前提設計の延長線上に見える風景です。
もちろん、これは可能性の話であって、すぐにできることではありません。制度の壁も残されているでしょう。しかし、人口減少が続く日本において、自治体の人材を日本人だけで維持できると考えるのは非現実的です。現実に、そういう時代に入っているのです。
●人材を標準化すれば「業務」も「システム」も標準化が進む
もう一つ、重要な視点があります。人材育成でスキルを標準化できれば、仕事のやり方に大きなブレが少なくなります。そうなれば、業務の標準化もシステム標準化も加速するのです。
自治体のシステム標準化はこれまで、国が標準を示し、自治体がそれに従うといった上から降ってくるものとして進められてきました。しかし現場の腹落ちが悪く、進捗(しんちょく)は思わしくありません。
筆者は、その背景の一つに、職員のスキルが標準化されていないこともあると考えています。現在の自治体システム標準化は住民記録、税、福祉など住民サービスを中心としたシステムが対象範囲となっていますが、関与する職員数や業務量から見れば、日常の行政事務の方が割合は大きいはずです。
例えば、同じ「起案」という業務でも、自治体によって、あるいは職員によって、やり方がバラバラなのが現状です。しかし、多くの自治体職員は、複数の自治体で事務を経験する機会がありません。そのため、自治体によって仕事の進め方が異なること自体に気付きにくいのです。
スキルの習得方法も、ある自治体では若手職員が起案のやり方をOJTで先輩から学ぶが、別の自治体ではマニュアルすらない、といった状態です。職人芸に依存した業務が回っている状態では、どんなにシステムを整備しても、そのシステムを使って処理する業務そのものが効率化されません。
逆に、1階と2階のスキルを標準化して教える仕組みができれば「どの自治体でも同じ基礎ができている人材」が輩出されます。そういう人材が配置されれば、業務マニュアルもシステムも標準化しやすいでしょう。
つまり、人材育成の標準化→業務の標準化→システムの標準化という連鎖が働くのです。従来の「上から降ってくるシステム標準化」とは逆の方向からのアプローチになります。
●「給与をもらいながら学ぶ」自治体の可能性と課題
自治体を人材育成機関として振り切ったとき、いくつか期待できることがあります。
第1に、大学に進学しなくても、社会人としての基礎を身に付ける道が開かれます。馬田さんが指摘しているように、大学教育の投資対効果(ROI)は年々低下しています。リクルートワークス研究所によれば、大学進学による所得向上で進学コストを回収する期間は、専門的・技術的職業従事者の場合、2020年の7.9年から2025年には15.0年へ延びています。4年間の逸失所得や学費を負担した末に、卒業しても希望通りの仕事に就けるとは限らない現状を踏まえると、若いうちから公務員として採用され、給与を得ながら基礎スキルや現場での専門性を学ぶ道は、まさに従来と逆転したROIの構造を持ちます。
学生は学費を払って学びますが、公務員は給与を得ながら成長するのです。自治体が「実務付き社会人スキル保証機関」として機能することは、大学に代わる選択肢となり得るでしょう。
第2に、エリート過剰生産の緩和です。馬田さんは、数理生態学・歴史学者ピーター・ターチンが提唱した構造人口学理論を紹介しつつ、AIが良い仕事のポストを減らし、キャリアのはしごを細らせ、大学ROIを低下させれば「エリート過剰」が加速すると指摘しています。
若いうちから自治体に入る人の中には、難関大学→大手企業といった「エリートコース」を志向していない層も一定数いると考えられます。彼らに自治体で実務を積んで地域に送り出すことは「エリート志望者がポストを奪い合う構造」ではなく「実務の人材が地域を埋める構造」になります。
第3に、行政と民間の境界に人材が配置されます。自治体を卒業した人材が地域の建設会社や介護事業所、保育園に散らばれば、地域の課題解決力が底上げされます。両方の論理を知る人材がその境界面にいるということは、行政と民間の意思疎通が円滑になり、施策を現場に落とし込みやすくなる可能性があります。
第4に、外国人の社会統合機能です。前述したように、自治体が外国人に基礎スキルと現場専門性を身に付けさせる仕組みを持てば、それは地域の多文化共生の基盤にもなります。
一方で、懸念もあります。第1に、地方の受け皿です。都市部なら介護・建設・保育の民間受け皿はありますが、過疎地だと「卒業」=「地域を去る」になりかねません。せっかく育てた人材が地域の外に流出してしまうリスクがあります。ただ、これも見方を変えれば、過疎地の自治体を卒業した人材が都市部の民間企業で活躍するということ自体は、マイナスばかりではありません。彼らが将来、地域に戻ってくる可能性もゼロではない。循環のルートを設計できるかが鍵です。
第2に、教える人の確保です。自衛隊には訓練を担う専門の教官がいます。しかし自治体には、1階も2階も教える専門部署がありません。人事課が通常の人材育成を担い、デジタル部門がデジタル育成を担うという分断状態で、そもそも「1階のスキル」を教える人がいません。
離職を前提にした設計に振り切るなら、「教えること」自体を専門職として位置付ける必要がありますが、その予算と定数はどこから捻出するのか。ここは、既存の定数を再配置するのか、広域連携で複数自治体が教える人を共有するのか、あるいはAI自体を「教える側」の補助として使うのか――いくつか道はありそうですが、一朝一夕にはいきません。
期待と懸念を並べましたが、筆者が言いたいのは、現状の「辞めないことを前提にした人材育成」を続けるよりも「辞めることを前提にした本気の訓練」に切り替えたほうが、職員も組織も真剣になるのではないか、ということです。
現状は、組織も職員も「ずっと一緒にいる」ことを前提にしているため、お互いに甘えが生じます。組織は「そのうち育つだろう」と考え、職員は「そのうち教えてもらえるだろう」と待つ。結果として、育成の責任が曖昧(あいまい)になり、人材が十分に育たないのではないでしょうか。
馬田さんは記事の最後に「AIによって人口減少の影響を緩和するという恩恵を受ける面もあるが、雇用や労働、教育の再設計をしなければ、ミスマッチが増えて社会の不安定さが増す可能性がある」と書いています。
自治体も例外ではありません。AIが定型事務を圧縮し、キャリアのはしごが細り、大学のROIが悪化する時代に従来の「ポテンシャル採用+OJT」だけに頼っていては、人材育成も定着も難しくなる可能性があります。
離職を「裏切り」ではなく「卒業」と捉え直す。そのための仕組みを設計する。それは放棄ではなく、むしろ覚悟のある人材戦略だと筆者は考えています。筆者自身、専門外の話題ではありましたが、このテーマは継続して考えていければと思います。
●著者プロフィール:川口弘行(かわぐち・ひろゆき)
川口弘行合同会社代表社員。芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。博士(工学)。2009年高知県CIO補佐官に着任して以来、省庁、地方自治体のデジタル化に関わる。
2016年、佐賀県情報企画監として在任中に開発したファイル無害化システム「サニタイザー」が全国の自治体に採用され、任期満了後に事業化、約700団体で使用されている。
2023年、公共機関の調達事務を生成型AIで支援するサービス「プロキュアテック」を開始。公共機関の調達事務をデジタル、アナログの両輪でサポートしている。
現在は、全国のいくつかの自治体のCIO補佐官、アドバイザーとして活動中。総務省地域情報化アドバイザー。公式Webサイト:川口弘行合同会社、公式X:@kawaguchi_com
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