9月27日に中山競馬場で開催されたスプリンターズステークス
写真/産経新聞社 秋のG1開幕戦・スプリンターズSは、9番人気ピューロマジックが逃げ切ってG1初制覇。2着に5番人気ワールズエンド、3着には11番人気サウンドモリアーナが入り、3連単46万2120円の波乱となった。
上位人気に推された有力馬はそろって馬券圏外に敗退。1番人気スターアニスは4着、2番人気パンジャタワーは15着、3番人気フリッカージャブも12着に終わった。
◆パンジャタワー惨敗…注目を集めた「ゲート入り」の一幕
なかでも大きく崩れたのが、昨年のNHKマイルCを制したパンジャタワーだ。道中は中団を追走したものの、直線ではまったく伸びず、勝ったピューロマジックから2秒7差をつけられた。
ところがレース後、パンジャタワーを巡って注目を集めたのは15着という結果だけではなかった。スタート直前、ゲート入りを嫌がる同馬に対し、発走係員が長いムチで前進を促す場面がテレビ中継に映っていたからだ。
注目された場面を改めて振り返っておこう。パンジャタワーはゲート方向へスムーズに進まず、松山弘平騎手が足で前進を促している。その後、後方から係員が長いムチを使ってさらに前へ促した。
映像にはムチが使われる際の乾いた打音もはっきり入っている。視覚だけでなく音も加わったことで、強い印象を受けたファンも少なくなかったようだ。
◆ゲートで見せた“異変”と15着惨敗を結びつける声が続出
その後、パンジャタワーはゲートに収まったが、スタートでもやや後手を踏んだ。松山騎手が中団まで押し上げたものの、勝負どころでは早くも手応えが怪しくなり、直線では後退していった。
松山騎手もレース後、パンジャタワーがゲートへ入りたがらなかったことを「珍しい」と振り返り、普段とは違うナイーブな面が出たと説明。一方で、敗因としては前が止まりにくい馬場にも触れ、何度もノメったことで気持ちが折れてしまったという趣旨も語っている。
それでもXでは、ゲート入り時の映像をパンジャタワーの惨敗と結びつける声が広がった。
「G1馬にこれは酷い」「これで気持ちを損ねたのではないか」「レース直前にあそこまでやる必要があったのか」——。
長ムチによる刺激が15着の一因になったのではないか、と推測する投稿には多くの反応が集まった。
◆「係員の仕事」「やりすぎでは」映像を巡る賛否の声
ところが、同じ映像を見ても受け止め方は千差万別だ。
「ゲートに入らない馬を収めるのも係員の仕事」「すでに入った馬を待たせ続ける方が問題」と、発走係員の対応に理解を示す声も目立った。その一方で、「そもそもG1に出走する馬がスムーズにゲートへ入れないことの方が問題では」と、陣営側に目を向ける意見もあった。
そしてその中間に位置するような反応も。「必要な対応なのは分かるが、見ていて気分のいい映像ではない」「仕事として理解はできるが、もう少し別の方法はなかったのか」といった声だ。
◆長ムチは本当に惨敗の原因だったのか
今回、議論が広がった理由の一つは、長ムチが使われたタイミングにもありそうだ。中継映像を見る限り、何分もゲート入りが難航した末に使われたというより、比較的早い段階から使われていたようにも映る。
そこに違和感を覚えたファンがいた一方で、長ムチが使われる前からパンジャタワーがスムーズに前進していなかったことも同じ映像から確認できる。
また、発走係員はパンジャタワーだけを見ているわけではない。すでにゲートへ入っている馬も含め、出走馬全体を安全にスムーズに発走へ導かなければならない。今回のパンジャタワーはその後ゲートに収まり、発走が大きく遅れるような事態にはならなかった。
もちろん、だから長ムチがパンジャタワーの精神面にまったく影響しなかった、と外から言い切ることはできない。ただし、それが15着の直接的な原因だったと示す材料もない。
少なくとも松山騎手は、ゲートで普段と違う面が出たことには触れつつ、レースで気持ちが折れた要因として馬場状態を挙げている。
◆競馬ファンにとってはスタート前の姿もレースの一部
今回の論点は、長ムチが使われたことの是非だけではない。競馬を滞りなく進めるために必要な対応と見るか、レース直前の馬に強い刺激を与える場面と見るか。同じ数十秒でも、見る側の立場によって印象がここまで変わったことにある。
ゲートに入らない馬を何とか発走させることは競馬の大前提だ。一方、馬券を買い、好きな馬を応援するファンにとっては、スタート前の姿まで含めてレースである。
必要な発走業務として受け止めるファンもいれば、あの乾いた音を聞いて「見たくなかった」と感じるファンもいただろう。パンジャタワーを巡るゲート入り時の数十秒は、競馬を成立させる現場の事情と、それを画面越しに見守るファンの感情との距離を、思いがけず浮かび上がらせたのではないだろうか。
文/中川大河
【中川大河】
競馬歴30年以上の競馬ライター。競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。競馬情報サイト「GJ」にて、過去に400本ほどの記事を執筆。