
<悼む>
日本ハム栗山英樹チーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)が28日、91歳で亡くなった脚本家の倉本聰さんを悼み、コメントを発表した。
日本ハムが本拠地を東京から北海道に移して23年。倉本さんは移転初年度の04年、球団の激励会に出席したほか、移転10年目の13年には著名人らと「Fighters Family」を結成。以前から親交のあった栗山CBOが監督を務めた13年には本拠地開幕セレモニーに出演するなど、縁が深かった。
コメント全文は以下の通り。
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人生の大きな分岐点になった栗の樹ファームをつくるという決断の原点が、倉本さんのドラマ「北の国から」でした。北海道に拠点を置く大きな要因になりました。
スポーツキャスターから転身してファイターズの監督に就任した1年目の2012年。パ・リーグ制覇したそのオフ、倉本さんにこう尋ねられたことが胸に強く残っています。
「20年以上もメディアにいたあなたが、なぜ勝てたのですか?」
メディアと野球の現場は対極にあるにもかかわらず、成果を残したことに強い興味を持っていました。その問いで、私はそれぞれの立場に「正義」があることを悟りました。人として生きていくための摂理を教えてもらいました。
最大11・5ゲーム差から逆転優勝した2016年。「どんどん使って」と、快く了承してもらい「北の国から2016伝説」と命名させていただきました。なかなか勝てないままで10年間のファイターズでの監督生活を終えた時には「北海道のためにありがとう」とねぎらっていただき、報われたことも思い出します。そのオフに栗の苗木を100本プレゼントしてもらい、栗の樹ファームで一緒に植樹もしました。今、その栗の木は実をつけ始めています。
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自然から学び、人としてどう生きるべきか。
富良野で一緒にお酒も飲み、含蓄に富んだお話を聞かせていただきました。倉本さんの生き様や感性、授けてもらった数々の言葉や思想。私の人生の道標でした。ありがとうございました。
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