王者メジロマックイーンが圧巻のレコードV 93年京都大賞典を回想
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2026年09月30日 07:00 netkeiba

メジロマックイーン(c)netkeiba 今も多くの競馬ファンの記憶に残る、メジロマックイーンの圧巻の走りがある。59kgを背負いながら2分22秒7のコースレコードを叩き出し、後にジャパンCを制するレガシーワールドに3馬身半差の圧勝。結果的にラストランとなった93年の京都大賞典を振り返ろう。
メジロマックイーンは父メジロティターン、母メジロオーロラ、母の父リマンドの血統。90年の菊花賞で内田浩一騎手とともにGI初制覇。翌91年からは武豊騎手とコンビを組み、天皇賞(春)で祖父メジロアサマ、父メジロティターンに続く父仔3代の天皇賞制覇を成し遂げた。さらに92年に天皇賞(春)を連覇。93年は天皇賞(春)こそライスシャワーの2着に敗れたものの、宝塚記念で4つ目のGIタイトルを獲得した。その後の夏休みを経て、始動戦に選ばれたのが京都大賞典だった。
単勝1.2倍の圧倒的1番人気に推された一戦、メジロマックイーンは圧巻のパフォーマンスを見せた。最内1番枠から五分に出ると、行きたい馬を行かせて中団インを追走。そして無理することなく、徐々に前との差を詰めていった。4角では馬なりのまま、2番人気のレガシーワールドをかわして先頭へ。さらには武豊騎手の左ムチに応え、グングンと後続を引き離していく。終わってみれば2着に3馬身半差の大楽勝。しかも勝ち時計の2分22秒7は、前年の京都大賞典でオースミロッチが記録した2分24秒6を1秒9も更新する驚異のコースレコードだった。付け加えると2着のレガシーワールドは、次走のジャパンCを制覇。そんな強豪を、しかも59kgを背負って子ども扱いしたのだから、改めて振り返ってもメジロマックイーンの充実ぶりを印象づけるレースだった。
この後は天皇賞(秋)を目指したメジロマックイーンだったが、レース4日前に左前脚の繋靭帯炎が判明。現役を引退し、社台スタリオンステーションで種牡馬となった。残念ながら産駒による父仔4代の天皇賞制覇こそ果たせなかったが、母の父としてオルフェーヴルやゴールドシップなどの大物を輩出。競走馬として数々の栄光を刻んだ名優の血は、いつまでも血統表に残り続けるに違いない。
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