
震災で社内システムが止まる。いま何件の家が工事中かも、どこに誰が住んでいるかも分からない。それでも、被災した顧客のもとへは急がなければならない──住宅メーカーにとって、できれば考えたくない事態だろう。この状況をあえて想定し、グループ6社から約100人を集めて丸1日の訓練をした企業がある。旭化成ホームズだ。
同社グループは1月、「2025年度 旭化成ホームズグループ 災害対策訓練」を実施した。災害初動における対応力向上を目的に19年から続けている訓練で、今回で7回目。旭化成ホームズの各部署に加え、旭化成不動産レジデンス、旭化成リフォーム、旭化成ホームズコンストラクション、旭化成ライフライン、旭化成ホームズフィナンシャルといったグループ各社から役員・社員が参加し、外部コンサルタントとしてSOMPOリスクマネジメントも加わった。
訓練は2部構成で、第1部は首都直下地震の発災直後を想定し、関係者が集まって実際の動きを確認。シナリオは毎年異なり、今回は「社内システムが完全に停止したら?」という条件がついた。第2部では、南海トラフ地震から1カ月後を想定し、具体的な対応を議論したという。同社が大規模な訓練で得た気付きや学びとは。担当者の大杉健太さん(総務部総務企画室/BCP推進室 課長)に聞いた。
●顧客情報も工事中の物件も見られない システムが止まった1日
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訓練は朝10時ごろから午後5時ごろまでほぼ丸1日をかける。第1部は、冒頭にガイダンスを実施した後、「いま地震が起きました」と号令がかかってスタート。参加者はまず幹部の安否を確認し、災害対策本部を立ち上げる。その後、20〜30人の幹部による第1回対策会議を実施。その後、各班に分かれてそれぞれの対応を検討する。
今回編成したのは「情報収集班」「従業員対応班」「IT班」「入居宅対応班」「保険対応班」「施工・物流・購買班」「テナント対応班」「広報・渉外班」など。例えば従業員対応班は安否確認や「自宅にいる人間は待機」といった社員への行動指示、入居宅対応班はすでに住んでいるオーナーへの対応などに当たる。
シナリオは回を重ねるごとに厳しくしてきた。当初は手探りだったが、コロナ禍には全員がリモートで参加する訓練を行い、その後は社長やキーパーソンが不在という条件も設定した。システムについても、これまでは「一部に制限がある」設定にとどめていたが、今回は徹底することに。インターネットを含めて社内システムがつながりにくく、発災から24時間は使えない。翌日から復旧する──というシナリオを事前に決めた上で臨んだ。
「本社機能的なものは、しばらく止まってもなんとかなる。ただ、顧客対応は別。いまの日常業務はほぼ全てシステムを通している。それがなくなったときに、今何件の顧客(の物件)が工事中なのか、住んでいる顧客はどうか、全く見られなくなってしまう」(大杉さん)
さらに、突発的なトラブルも発生する。マニュアルに沿って動くだけではリアルな訓練にならないとして、事務局が災害の時系列に沿ったトラブル情報を断続的に各班へ提示。対応を求めた。
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例えば施工・物流・購買班には、施工中の現場で足場が倒れて通行人に当たった、という情報を提示。広報・渉外班にはある部署の社員が自宅で転倒してけがをした、といった情報を提示したという。
●IT班の「PCに固執しない判断」学びに
参加者の対応はどうだったか。実際の訓練では、やはりシステム障害が対応の大きな壁になった。「正直、(システムが)止まってしまうとできないこともあった」と大杉さんは振り返る。一方、意外な動きを見せた班もあった。IT班だ。
本来はシステムの復旧などを手掛けるため、PCをフル活用するはずだが、逆に早々に見切りをつけ、ホワイトボードなどアナログな手段での情報整理に着手していたという。
「システムが使えないからこそ、PCに固執しない判断が一番できていた。他の班も見習えるところなのかなと。無理なものは無理だと割り切るのも一つの考えなんだな、というのは一つの気付きだった」(大杉さん)
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同様の理由で、紙でのデータ保存を検討する機会にもなったという。システムに頼れない場合、ホワイトボードのようなアナログな手段に頼るしかない。情報を整理するだけならそれでもいいが、顧客リストやマニュアルを把握したければ、これらを事前に紙で印刷・保管しておかなければならない。システムの冗長化ではカバーしきれない部分を、紙で残しておくのはどうか、という議論が出た。
突発的なトラブル対応でも課題が浮き彫りになった。班をまたいでの対応が必要になるため、お互いに連絡を取りながら情報を得たり与えたりして、対応して記録を残していくが、その間にまた別のトラブルが発生する──といった状況に陥った。
同社は首都直下地震が起きた場合、2週間後をめどに入居宅の点検を始めるプランを描いている。だが、こうした突発対応がある中だと、メンバーから見積もりが甘いのではないかと疑問の声が飛んだという。
「2週間後に現地を訪問するといっても、本当に行けるのか。誰が行くのか。どうやって行くのか。社員の中にも被害に遭う人間はいるし、そもそも立ち入れない区域もある。社員が半分ぐらいしか稼働できない前提で見積もった方がいいのでは、といったことが繰り返し話し合われた」(大杉さん)
●人員配分が焦点になった第2部
続く第2部では「発災1カ月後の事業再開」をテーマに、事務局があらかじめ用意した復旧計画の妥当性を議論した。
事務局が用意したのはおおまかに「まず既に建てた家の点検を進め、その上で施工の再開、営業活動の再開へ向かう」という計画だ。阪神・淡路大震災のころ、事業を展開する地域が被災した経験から「1日でも早く駆け付けた方が良い」という考えがあり、人員は初動である点検に割く方針を取っていた。しかし実際の議論では、対応の流れ自体に異論は出なかったものの、人員の配分を巡ってさまざまな意見が出た。
先述の通り、社員も被災している可能性がある状況下では、全員がいつも通り動けるわけではない。下請けの大工も同じだ。限られた人数を点検に全て投じていいのか、営業活動が再開できた場合、どの程度振り分けるのか。旭化成ホームズだけでなく、リフォームや不動産も含めたグループ全体で、どこに何人を配置するのが最適か、議論が白熱したという。
「点検に人を投下すること自体に異論はなかった。ただ、(本来は別の仕事をしていて、災害時のみ)点検に当たる人員が元々やっていた仕事はどうするのか。そのあたりの細部については、まだまだ検討の余地があることが分かった」(大杉さん)
●“失敗させる訓練”にはならなかったが……
第1部・第2部を通して複数の課題を洗い出せた今回の訓練。しかし大杉さんの評価は厳しい。ある程度の成功を前提とした訓練になり、想定外の出来事の対応に重きを置けなかったためだ。
「『(今回)そうしなかった』と言った方がいいかもしれないが、想定外の出来事に対応する訓練には、あまりならなかった。それが課題とは思っている」
仕掛ける側として、あえて失敗させるような訓練にも興味はあると大杉さん。ただし、大杉さんとしては“応用”が必要な訓練は時期尚早と考えているという。
一方で、複数のグループ企業とその経営層を巻き込む訓練を継続できている点は評価する。その背景には、阪神・淡路大震災は経験した一方で、東日本大震災の対応は経験していない、という同社の事情がある。
営業エリアが被災した阪神・淡路大震災では、人海戦術で社員が現地に入り、一軒ずつ訪問して対応した。この経験は今でも社内で共有されているというが、一方で東日本大震災は、千葉県などの一部を除いて同社の営業エリアから外れていたため、対応を経験しておらず、知見もない。
その上で、これから起きるとされる首都直下型地震や南海トラフ地震は、阪神・淡路大震災で展開したような人海戦術では対応しきれないことも予想される。それでも企業として必要な対応ができるのか。その課題感がBCP(事業継続計画)につながっているという。
「我々が強みだと思っているはずの人海戦術ではどうにもならないことが起きるかもしれない。そういう世界が見えているのであれば、その前提で訓練しておかなければならない」(大杉さん)
訓練が経営層を巻き込む規模になったのは、トップダウンの判断が大きい。きっかけは、訓練開始当時に社長だった川畑文俊会長の実体験だ。川畑会長は東日本大震災当時、千葉・茨城エリアの営業本部長で、被害のあった千葉の事業所にいた。一時は混乱したが、整備したばかりのマニュアルを思い出して開いたところ、それに沿ってある程度対応できたという実体験があったという。その気づきから訓練の重要性に気付き、グループ経営層を巻き込む訓練を開始したという。
一方、何度も大規模な訓練を行っているからこそ、得た知見の継承を重視したいと大杉さん。「人も入れ替わるし、1年経つと、結構忘れている。人が変わっても、会社としてある程度機能する状態にしていきたい」と展望する。8回目の訓練は、また条件を変えて行われる見込みだ。
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