【プロレス】ケンコバが釘づけになった、ドリー・ファンク・ジュニアの「信じられない動き」長州力・谷津嘉章とのタッグマッチで何が?

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2026年10月01日 10:10  webスポルティーバ

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ケンドーコバヤシ

令和に語り継ぎたいプロレス名勝負(16) 中編

(前編:ドリー・ファンク・ジュニアの「不穏試合」 ブロディに吐血・失神させられた"息子"は実在したのか>>)

 ケンドーコバヤシさんが語る、8月4日に亡くなったドリー・ファンク・ジュニアさんの"不穏試合"。その2試合目として、長州力・谷津嘉章とのタッグマッチでの異変について振り返った。

【"リアル五輪コンビ"との不穏試合】

――前回はドリーさんの息子・ディンクくんにまつわる不穏試合を語っていただきました。今回は長州力さん、谷津嘉章とのタッグマッチだそうですが、どんな一戦だったんですか?

「その試合はですね......。おそらく、さまざまなプロレス本などにも載ったことがない、知る人ぞ知る試合だと思います。1986年11月1日の、ザ・ファンクスvs長州力・谷津嘉章です」

――長州さんと谷津さんは1985年から、ジャパンプロレスに所属する選手として全日本プロレスに参戦していましたね。

「そうですね。これは俺だけが言っているんですけど、長州・谷津のタッグチームは"リアル五輪コンビ"なんです。五輪コンビといえば、ミュンヘン五輪に出場したジャンボ鶴田さんと、幻のモスクワ五輪代表だった谷津さんとのタッグを誰もが思い出すでしょうね。ただその前に、ミュンヘン五輪に出場した長州さんと、モスクワの前のモントリオール五輪に出場した谷津さんで五輪タッグができているんですよ。

 そういう意味で俺は、ジャパンプロ勢の長州・谷津組を"リアル五輪コンビ"としているんです。逆に、なんで当時に五輪コンビと名づけられていなかったのか不思議ですよね」

――確かに当時は、長州・谷津組に「五輪」を強調するキャッチフレーズはついていませんでしたね。そのリアル五輪コンビと、ザ・ファンクスの対戦はかなり盛り上がりそうですが......。

「その組み合わせの試合は、長州さんがジャパンプロレスを離脱してから新日本プロレスにUターンするまでに、数試合行なわれていると記憶してます。そのなかで1試合、明らかに不穏だった試合があるんです」

【ドリーが取った「イメージとはかけ離れた行動」】

――今回お話しいただく試合は石川県の七尾総合市民体育館での一戦ですね。

「元横綱の輪島大士さんが、タイガー・ジェット・シンを相手に日本でのプロレスデビューを飾った記念すべき大会での試合でしたね」

――大相撲で横綱まで上り詰めた輪島さんが、ふるさとの七尾でデビューする一戦はプロレスの枠を超えて話題になり、日本テレビも生中継しました。

「その試合のあとに組まれていたのが、ファンクスと長州・谷津組の試合。輪島さんのデビュー戦のインパクトが強すぎて、覚えているファンが少ないんじゃないかと思いますが、俺はタッグマッチのほうに釘づけになりました。ドリーさんが、信じられない動きを見せたからです」

――その「信じられない動き」とは?

「谷津と相対した時に、いきなり四つん這いになったんです。レスリングでいう『パーテレポジション』という体勢で、谷津に向かって『来い!』と挑発したんですよ。まるで『お前のレスリングの実力を見てやるよ』と言わんばかりの行動でした。

 ドリーさんは"正統派すぎる"名レスラーで、いわゆるシュートとは無縁のレスラーだと思っていました。だけど、明らかにこの時は谷津に仕掛けていた。それが俺にとっては、ドリーさんのイメージとはかけ離れた行動だったんです。その不穏な行動について、プロレスファンの何人かと集まって議論したいと思っているところです」

――そのシーンは記憶にないですね。確かに、ドリーさんのプロレスでは考えられない行動です。ケンコバさんとしては、なぜドリーさんは谷津さんに不穏な行動を取ったと思いますか?

「あくまで個人的な意見として話します。この試合中に、谷津さんがドリーさんの攻めに対して、当時のUWFのレスラーのような動きをした場面があったんです。ドリーさんがロープに振ろうとしたら、ロープをつかんで『アンタにはつき合わないぜ』というポーズを取ったんじゃなかったかと。

 それでドリーさんは、『谷津、お前は俺とプロレスしないのか? だったらやってやるよ』といった心境になったんちゃうかなと。だから、レスリングでモスクワ五輪代表にまで上り詰めた谷津に対して、パーテレポジションを取った。谷津に仕掛けられたと受け止めていたなら、ドリーさんもトップレスラーとして引けない。あえてバックを取らせて、そこから自らの実力を見せつけたかったんじゃないかと思うんです。

 当時の俺は、ドリーさんが谷津とレスリングスタイルでやり合うのを見て『すごいな』と感動しました。ドリーさんがアマチュアレスリングを通っていたかは知らなかったですが、やっぱりレスリングの実力もすごいんだなと。テレビを見ながら『これは面白いことになるぞ』と興奮していたんですが......」

【存在自体が"不穏"だった】

――そこから何が起きたんですか?

「怒りまくったテリーがリングに入ってきて、谷津さんをドリーさんから引っぺがしたんです。俺はそこからの展開に期待していただけに、『なんでやねん!』ってズッコケましたよ(笑)。

 あと、この七尾での試合かどうかは定かではないんですけど、ドリーさんは長州さんにもレスリングの体勢を取って挑発したこともありましたね」

――長州さんはその挑発に応じたんですか?

「そこは"長州力"でした。いっさい挑発に乗らず、荒々しいストンピングで応じたんです。のちに長州さんはいろんなインタビューで『プロレスラーになるということは、アマレスという競技スポーツを完全に切り捨てるということ』と話しています。柔道で五輪を目指していた武藤敬司さんも、『俺と長州さんと坂口征二さんは、プロレスラーになる前に(それぞれの競技を)死ぬほどやってきたから』みたいなことを言ってますよね。

 おそらくドリーさんの挑発につき合わなかった長州さんには、そういったプロレスラーとしての哲学があったんだと思います。『そんなことより、もっと派手な試合をしよう』みたいな心境だったんでしょう」

――長州さん、谷津さんというレスリングの実力者に仕掛けたドリーさんは、いわゆるシュートの実力も高かったのでしょうか?

「そこは、もう一度考察しないといけないですね。

 少し話は変わりますが、俺はそもそも、ドリーさんって実は"不穏な存在"だと思っているんです」

――どういうことですか?

「ドリーさんは、日本人にテキサスのイメージを植えつけた人です。俺らがイメージしていたテキサスは、サボテンが生えた荒野にバンガローがあって、カウボーイが暮らしていて、牛の頭蓋骨の上にカラスが乗っている、といった感じでした。ところが、ザ・ファンクスの全盛期から何十年も経った頃、ダルビッシュ有投手がテキサス・レンジャーズに入団して多くの日本人がテキサスに行くようになって、実はかなりの都会であることが白日の下にさらされたんです(笑)。

 俺らプロレスファンがファンク一家を見て、テキサスへの幻想を抱いていた時代からはずいぶん時間が過ぎていますし、ファンク一家が暮らすアマリロとダラスでは街の雰囲気はかなり違うでしょう。それでも当時のドリーさんは、実際とはまったく異なるテキサスのイメージを抱かせた"不穏な存在"やったな、と思うんですよね」

(後編につづく>>)

【プロフィール】

ケンドーコバヤシ

お笑い芸人。1972年7月4日生まれ、大阪府大阪市出身。1992年に大阪NSCに入学。『にけつッ‼』(読売テレビ)、『アメト――ク!』(テレビ朝日)など、多数のテレビ番組に出演。大のプロレス好きとしても知られ、芸名の由来はプロレスラーのケンドー・ナガサキ。

松岡健治●取材・文 text by Kenji Matsuoka

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