野上士耀さん(写真=北野正樹) オリックスのドラフト7位の新人、野上士耀(のがみ・しきら)捕手が9月30日、急逝した。5月に19歳を迎えたプロ1年生は、どんな未来を描いていたのだろう。
笑顔が忘れられない。試合中、守備を終えベンチに引き揚げる野上さんは、いつも笑顔で投手に話し掛けていた。笑顔の理由を彼は「キャッチャーなんで、ピッチャーを自分の表情で不安がらせないようにいつも笑顔で話し掛けることは意識しています」と教えてくれた。
野上さんは愛知県出身。小学6年の中日ジュニア時代には、NPB12球団ジュニアトーナメントで2ランを放った。二塁送球1.9秒台の強肩も買われ進学した明秀学園日立高(茨城)3年時には夏の甲子園に出場。2025年のドラフト7位でオリックスに入団した。
「キャッチャーというポジション上、すごく年数はかかると思うんですが、これからどんどん力を付けていってほしいと期待していたところです」と、小浜裕一球団本部長は9月30日夜の緊急記者会見で将来を嘱望していた選手と話した。経験が大きくものをいうポジションだけに練習量は多く、いつもユニホームを真っ黒にしていた。
9月に入ってスタメンでマスクを被る機会も増えたが、チームが遠征中の残留練習や試合に出ない日には、飯田大祐育成コーチとマンツーマンで練習していた。キャッチングにハンドリング、ワンバウンドの捕球、送球練習と休む間もなくボールと向き合った。「覚えることがいっぱいあるんです。数ですね。数をやって体に染み込ませて自然にできるようになるのが一番かなと。勉強みたいなもんです。漢字だって書いて覚えるじゃないですか。受けて覚える、投げて覚える、ワンバウンドを止めて覚える。ちょうどいいタイミングがあるんです」。繰り返されるきつい練習。「しんどいかもしれないけど、僕が親ならこれだけ親身になって教えてくれる飯田コーチに感謝すると思う」と言うと、「ずっと(練習に)付き合ってくださっているんです。感謝しかありません」と、野上さんも飯田コーチへの思いを口にした。松井雅人二軍バッテリーコーチからは、阪神の梅野隆太郎捕手のミットをプレゼントされた。実績のある捕手のミットを参考にしたらいいと、松井雅コーチが阪神とのファームの試合で梅野から譲り受けたといい、期待値の高さがうかがえた。
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初めての大阪での生活。「楽しいことはあった?」と聞くと「結構、楽しいですね。感覚が合ってきた時やかみ合った時に、おってなるんです。投げる時に(指が)パチッとかかる瞬間とか、こういう感じでと探していたものが見つかった時が楽しいんです」と、野球を挙げたのには少し驚いた。入寮会見で「観光などしたいと思いません。野球だけを考えたい」と話した通り、野球漬けの日々を楽しんでいたようだ。
取材で思い出すのは、名前の由来を尋ねた時のこと。士耀の由来はわからなかったが、3人兄弟の名前の頭が全員「士」で始まると教えてくれ「最初の『士』が一緒なので、兄弟が仲良くなるんです」と笑った顔が印象的で、家族の絆の深さを感じさせた。
プロでの目標は、森友哉選手のような打てる捕手。1軍の試合には、オープン戦で1試合出場することができた。3月11日のロッテ戦(ZOZOマリン)で3-3の8回、ボブ・シーモア選手の代打で出場。横山陸人投手の初球、内角への149キロに一ゴロに倒れた。「ネクストでタイミングを合わせて、いけるかもと思ったんですが、打席に立つと思っていたボールと全然、威力が違いました。すごかったです」と振り返った。
横山は今季、クローザーとして34セーブを挙げているロッテの守護神。結果は残せなかったが、「一軍の投手のボールのキレがわかったのは大きい。それが収穫です」と打撃練習への取り組み方も変わったそうだ。
プロ1年目の公式戦成績は、ファームで32試合に出場し75打数14安打4打点、18三振、7四球、打率.187。最後の試合は、チーム最終戦となった9月27日の雨中での広島戦(大阪シティ信金)。「9番・DH」で先発出場し、3打数無安打。最後の打席は左飛だった。
今年の新人選手で、記事化できていなかったのは野上さんだけだった。お話は何度も聞かせていただいていたが、掲載のタイミングが合わず延び延びになっていた。1シーズンを終えて収穫と課題を聞かせてもらい、記事にさせてもらおうと考えていた矢先の訃報。信じられない思いでいっぱいだ。死因は非公表のためわからない。わかっているのは、野上さんとはもう会えないということだけだ。最後の夜をどのように過ごしたのだろう。無限の可能性を秘めていた19歳。旅立った先でも好きな野球を楽しんでほしい。
取材・文=北野正樹