
【データで見るABS制度導入による投球内容の変化】
9月29日(日本時間30日)、ナ・リーグ地区シリーズに向けてのワークアウト日。オンライン会見に応じたロサンゼルス・ドジャースの一塁手、フレディ・フリーマンは、山本由伸の投球について聞かれ、「投げたいところへ自在に投げられるように見えます」と答え、こう続けた。
「(2024年春)初めて実戦形式の打撃練習で対戦した時から、特別な投手だと感じていました。球の質、制球力、マウンドでの落ち着き。どれもすばらしい。どんな大舞台でも、気後れすることがありません」
メジャー3年目となった今季も、山本はドジャースの先発陣を支えた。ただ、昨季と変わらず好成績を残したからといって、同じ投球を続けていたわけではない。今季のMLBでは、投手を取り巻く環境そのものが変わった。ABS(自動ボール・ストライク判定)のチャレンジ制度が導入されたからだ。
選手が球審の判定に異議を申し立てれば、ABSが即座に判定する。シーズン終盤までに5000件を超える判定が覆った。だが、ある意味でそれ以上に重要なのは、ABS導入によって、それまで球審ごとに多少の幅があったストライクゾーンの判定基準が、より明確になったことだ。
特に変わったのが低めだった。今季のストライクゾーンは前年より縮小し、下端は約4.3センチ上昇したとの分析もある。低めの際どい球をストライクにしてもらうことが難しくなったのである。
|
|
|
|
これは山本にとって無関係な変化ではなかった。最大の武器のひとつが、ストライクゾーンの下へ鋭く落ちるスプリットだからだ。データサイト『ベースボール・サバント』によると、昨季42.1%だったスプリットの空振り率は今季33.8%へ低下。奪三振率も29.4%から25.7%へ下がった。
ところが、ここからが面白い。四球率は昨季の8.6%から5.9%へ大幅に改善した。一方、ストライクゾーン外の球を打者が振るチェース率は29.6%から33.9%へ上昇している。低めのストライク判定が厳密になるなか、スプリットによる空振りは減った一方で、与四球も減り、打者は以前よりボール球を振っている。ABS元年、山本は変化したストライクゾーンに合わせ、自らの投球をアジャストしていたということだ。
その過程を象徴するような時期が6月にあった。6月6日のロサンゼルス・エンゼルス戦から13日のシカゴ・ホワイトソックス戦にかけ、山本は実に45打者を連続でアウトにした。ホワイトソックス戦の8回二死、ムーキー・ベッツ遊撃手の失策で完全試合はなくなり、9回先頭のトリスタン・ピーターズの右越え本塁打でノーヒットノーランもならなかったが、投球内容は圧巻だった。
「ここ最近いい調子で来ていたので、自信を持って投げることと、とにかくストライクゾーンに思いきり投げていきました」
試合後、山本はそう振り返った。45打者連続アウトについては、興味深い言葉も返ってきた。
|
|
|
|
「いい打球も打たれながら守備に助けられたというのもありますが、前回の試合のなかですごくいい感覚で、点差があるなかでいろいろ試せたことが今日に生かせたこともありました」
山本は自身の投球技術について、試合後に細部まで説明するタイプではない。それでも「いろいろ試せた」という言葉からは、登板のなかで微調整を繰り返しながら、自分にとって最も有効な投球を探していたことがうかがえる。
【有効に作用したスプリットの使い方】
ABSによって低めの判定が変わったシーズンに、ただ従来通りの投球を続けていたわけではない。ストライクゾーンへ思いきって投げながら、そこで得た感覚を次の登板へつなげていく。45打者連続アウトは、その試行錯誤が機能していた時期を象徴する数字でもあった。
そして夏場になると、もうひとつの変化が目につくようになった。直球だ。
シーズン序盤には、直球を打者に強く捉えられる場面が時折あった。しかし8月になると、その球が明らかに有効になっているように見えた。8月21日のピッツバーグ・パイレーツ戦では直球だけで6度の空振りを奪い、見逃しのストライクも取っていた。そこで、球質そのものがよくなったのか、コースなのか、それともほかの球種との組み合わせなのかを本人に尋ねた。
|
|
|
|
「感覚よく投げられているとは思いますし、やっぱりスプリットに(打者の)マークがいくことだったり、高めを狙っているバッターが多い時とか、そういう時はすごくストレートがより有効になっているのかなとは思います」
ここに今季の山本の投球を読み解くヒントがある。スプリットと直球は、それぞれ独立した武器ではない。低めに落ちるスプリットを意識させ、その意識を利用して直球を投げる。あるいは高めを待っている打者に対して、その狙いを読みながら球種とコースを選択する。山本の「コントロール」とは、単に捕手が構えた場所へ正確に投げる能力だけではない。その象徴となったのがスプリットの使い方だった。
ABSで低めの判定が厳密になったからといって、山本はスプリットを減らしたわけではない。むしろメジャー3年目にして初めて、直球を上回る最多球種となった。レギュラーシーズンを終えて、スプリットは728球(26.6%)、フォーシームは715球(26.2%)。わずかな差とはいえ、最後まで順位が逆転することはなかった。
ただし、増えたのは「決め球」としてのスプリットではなかった。2ストライク後や投手有利のカウントでの使用割合はむしろ減少。反対に増えたのが初球や早いカウント、さらにはボール先行になった場面だった。MLB公式サイトのデビッド・アドラー記者が8月8日付の記事で紹介したデータサイト『スタットキャスト』の分析では、初球でスプリットを投じる割合はメジャー1年目の10%から今季19%へ上昇。またボール先行時にはスプリットの48%をストライクゾーン内へ入れる一方、2ストライク後のゾーン内投球率は30%未満だった。つまり同じスプリットを、ストライクを取る球、カウントを整える球、最後にボールゾーンへ誘う球として、使い分けていたのである。
山本自身も今季のスプリットについて「状況や対戦相手によります。今はいろいろな選択肢がありますから」と話している。
【打者との駆け引きにおける工夫】
ABSによって低めの判定が厳密になった。それに対してスプリットを封印するのではなく、使うカウントと場所を広げ、その役割を変えた。そしてスプリットを意識する打者に対しては、直球をより有効に使う。どれだけスプリットで空振りを奪うかではない。どのカウントで、どこへ投げ、次に何を意識させるのか。同じスプリットでも、カウントによって役割を変える。その使い分けこそ、ABS元年に山本が見せた工夫のひとつだった。
その技術を高く評価しているのは、オールスター選出10度のフリーマンだけではない。ドジャースのチームドクター、ニール・エラトロッシュ医師は興味深いエピソードを明かしている。
2025年春、当時リハビリ中だったクレイトン・カーショーが遠投を終え、その投球を医師が称賛した時のことだ。カーショーは自分への賛辞をそのまま受け取らず、こう返したという。
「本当に特別なものを見たいなら、ヤマモトの投球を見てみてください」
自らが褒められた場面で、カーショーは山本へ話を向けた。オールスター選出11度、サイ・ヤング賞受賞3度を誇る左腕の言葉だけに重みがある。
山本の何がそれほど特別なのか。
その答えのひとつが、多彩な球種を狙った場所へ投げ分けるだけでなく、状況によって同じ球種の役割まで変えられる制球力なのだろう。フリーマンが言う「投げたいところへ自在に投げられる」能力は、ただ同じことを繰り返して生まれたものではない。ストライクゾーンが変われば、自らも変える。得意のスプリットで以前ほど空振りが取れなくても、使い方を変え、ほかの球種との関係を変え、打者の意識まで利用する。ABS元年、山本はそんな適応力を見せた。
いよいよ始まるポストシーズン。山本の登板では三振や球速だけでなく、もうひとつ注目してみたい。低めへ落ちるスプリットを、どのカウントで使うのか。それを打者がどれだけ振るのか。そして、そのスプリットを意識させたうえで、山本が直球をどこへ投げるのか。その駆け引きのなかに、今季の山本の「工夫」が見えてくるはずだ。
奥田秀樹●取材・文 text by Hideki Okuda
