写真 人は誰でも、立場や環境によって違う顔を持つものです。その顔が、思わぬ場所で別の意味を持ちはじめることもあります。
今回は、義母の高齢者施設入所をきっかけに、距離感に悩むことになった女性から話を聞きました。
◆義母が高級高齢者施設へ
都内在住の中田まきこさん(仮名・48歳)は、夫と2人暮らし。夫の実家は車で30分の距離で、月に1度は会う距離感だったんだそうです。
「夫と結婚して20年。義父母とは、ほどよい距離感で付き合ってきました。それが、去年の1月に義父がなくなったんです。元々持病はあったのですが、入院してからあっという間でしたね」
義父が亡くなって半年ほど経った頃、自宅に遊びにきた義母から「一人で暮らすのは寂しい」と話があったそう。
「義母からその言葉を聞いた時は、一瞬、同居の話が出るんじゃないかと思って。正直、胸の奥がざわっとしましたよ。でも、義母は高齢者施設のパンフレットを出してきたんです」
パンフレットをみると、広く開放的な個室、演奏会などレクリエーションの充実、カラオケ完備、美容室やコンビニも移動車が定期的に来るという快適な暮らしが想像できるものでした。
「立地もいいところで、入居一時金だけで2000万円、月額利用料も30万円ほどかかる施設でした。でもこの施設に入ったら、きっと義母も楽しく過ごせるなと思ったんです。
夫にも話したら賛成してくれて、義父の残した遺産を使おうねと翌日には見学に行ったんです」
見学して即決した義母。その後諸々の手続きを済ませ、義母は無事に高齢者施設に入居します。
◆義母の楽しそうな生活にひと安心
義母が入所してからは、慣れるまでフォローしていこうと思っていたまきこさん。月に2回は義母のところへ行っていたんだそう。
「正直、すごく仲良しの嫁姑関係ではないと思っていて。でも、夫の母である義母を大切にしていきたい気持ちはもちろんありました。だからこそ、義母とは距離感を大切にしながら付き合ってきたつもりでした」
まきこさんが行くと、老舗の和菓子を用意してくれる義母。施設の方に教えてもらいながら、ネット注文もできるようになったんだとか。
「行くたびに、義母の表情は明るくなっていきました。施設のレクで、ネイルをしたんだとか、カラオケで最高得点がでたとか。楽しんでいる様子に安心していたんです」
◆異様な空気に違和感を覚える
そんなまきこさんが違和感を感じたのは、義母が入所してから3カ月経った頃のこと。
「1階のフロントを通って、エレベーターで義母の部屋がある3階に上がるんです。あの日は3階フロアに足を踏み入れた瞬間、なんとなく空気が変わった気がしたんです」
3階のフロアは、普段ならテレビの音や、入居者同士の雑談が聞こえてくる場所なんだとか。でも、これまでの音がしない代わりに、嫌な視線を感じ、まきこさんの背後でひそひそとした声がしたんだそう。
「私が歩くと、ふっと会話が途切れるような気がしました。気のせいかなと思ったのですが、その日を境にして、「あれ?」と思う日が増えていったんです」
◆義母に相談したら満面の笑みで
まきこさんはその違和感を、義母に相談します。
「すると、義母はにこやかに言ったんです。『そんなの思い過ごしよ。ここの施設の皆さん、あなたのことすごくいい嫁だって褒めてるわよ』って。その時の義母の優しげな笑顔に、やっぱり私の思い過ごしかなって、思ったんですけどね……」
義母の笑顔と言葉に安心しつつ、それでも3階フロアを通る度に異様な空気を感じていたまきこさん。
「翌月も、その翌月も。ひそひそ声やクスクスと笑い声が聞こえたりして。私は何もしていないのに、居心地の悪さを感じました。それが、毎回続いたんです。もうこれは偶然じゃないなと思いましたね」
◆ある日聞こえた衝撃の言葉
月に2回、施設へ通っていたまきこさん。
そんなある日、義母の部屋から出てきた職員さん同士が廊下で話している会話が、ふと耳に入ってきたんだそうです。
「あのお宅はね、お嫁さんがひどくて逃げてきたんだって話、よくされてますよ」
その言葉には、自分の耳を疑ったとまきこさん。
「ここ数ヶ月の違和感と居心地の悪さの原因が、あの時ようやくわかりましたね。まるで、点と点がつながるような感覚でした。信じたくはなかったけど、そういうことなのかって」
知らないところで、まきこさんは “かわいそうな義母をいじめる嫁”として語られていたという事実。
違和感の正体がわかったことで、まきこさんの中には少しだけ心の整理がついたそうです。
「義母が嘘をついていたと知ったことは、正直ショックでした。でも、同時に、夫を亡くし一人になった義母が、新しい場所で必死に居場所をつくろうとしていたのかもしれないって。そう思うようになったんです」
まきこさんは悩んだ結果、この出来事を夫に伝えずに、自分の中でそっと距離を取ることを選択したんだそう。
それが、まきこさんなりの折り合いのつけ方だったのだと思います。
<取材・文/木村ひかる>
【木村ひかる】
湘南在住の編集者/ライター。4人の子どもを出産後、独学でライターに転身。多数のメディアにコラムを寄稿している。「自分が読みたい記事」を書くのがモットー。
Twitter:@hikaru___kimura、Instagram:@hikaru.writer