
9月30日、声優の津田健次郎さんが、自身の声に類似するAI音声を使った動画の削除を求めた訴訟について、東京地方裁判所の判決が言い渡されました。結論として、津田さんの請求は棄却されています。
ただ、この判決は「声優の声と似たAI音声を使っても問題ないと裁判所が判断した」というものではありません。この判決の概要と、音声を中心としたAIビジネスへの影響を見ていきましょう。
●前野孝太朗(まえの・こうたろう)
弁護士(第二東京弁護士会)。シティライツ法律事務所所属。ゲーム・エンターテインメント、AI・IT分野を中心に、著作権などの知的財産、生成AIの利用、契約・利用規約等に関する法律相談を取り扱い、CEDEC等での講演や企業向け研修も行う。2026年7月に『ゲームと法律 攻略ガイドブック』(技術評論社)を刊行。
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●裁判の全容
まず、簡単に事案の概要を確認しましょう。判決によれば、2024年7月から25年9月までの間、TikTok上の「八海」というアカウントに、都市伝説や心霊現象などの雑学をナレーションで紹介する動画が188件投稿されていました。
津田さん側は、そのナレーションの声が津田さんの声に類似していると主張し、不正競争防止法とパブリシティ権を根拠に、TikTokの運営会社に動画の削除を求めました。
パブリシティ権とは、著名人などの氏名や肖像が持つ、「商品やサービスに人を引きつける力」(顧客吸引力)を、本人が排他的に利用できる権利です。実際、動画のコメント欄にも、「ツダケンの声がする」「津田健次郎の声に似てる」などの投稿があったと認定されています。
これに対してTikTok側は、問題となった音声は津田さん本人の声ではなく、第三者の声をAIによって加工したものであり、津田さんの声を使用したものとはいえないなどと主張していました。こうしたAIによる声の利用について、裁判所がどう判断するのか注目されていたわけです。
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●請求は棄却も、声の利用について一般論を示す結果に
判決では、津田さん側の請求は棄却されました。
しかし、これは「本件のAI音声はパブリシティ権を侵害しない」と判断されたという意味ではありません。裁判所は、本件のAI音声について、パブリシティ権侵害が成立するかどうかを判断していないのです。
というのも、本件では、訴訟の途中で投稿者はアカウントを削除していました(その後、対象動画のデータもTikTokのサーバから削除されたと認定されています)。
そして、本件では損害賠償は請求されておらず、TikTokに対する削除請求のみが問題となっていました。つまり、対象動画が削除されていると認定すれば、裁判所としては具体的な権利侵害の成否まで判断する必要はない状況だったのです。
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そのため、裁判所は、「仮に被告に削除義務が生じ得るとしても」、動画はすでに削除されており、TikTok側が削除義務を負うことはないとして、請求を棄却したのです。
ただ、東京地裁はそこで判断を終えるのではなく、次に説明するとおり、「人の声」とパブリシティ権との関係についての一般論を示しました。裁判所がこの点を明示したことが、今回の判決の重要なポイントといえます。
●「人の声」もパブリシティ権の保護の対象になり得る
そもそもパブリシティ権は、法律に明文の規定がある権利ではありません。しかし、最高裁の判例によって認められています。
これまで、氏名や肖像の他に「人の声」も保護対象になり得るという議論はあり、法務省が26年8月に公表した解釈指針でも、そのように整理されていました。しかし、裁判所が明示的に判断した例はありませんでした。
この点について、今回の判決は「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができる」と述べた上で、人の声についても、その声に顧客吸引力があり、声を使用する行為が専らその顧客吸引力の利用を目的とする場合には、パブリシティ権侵害に当たり得るとの考え方を示しました。
つまり「人の声」も、一定の場合にはパブリシティ権の保護の対象になり得るという考え方を明示したのです。裁判所がこの点を明示したという意義は、実務上も大きいといえるでしょう。
●AI音声の投稿・ビジネスへの影響は
今回の訴訟は、あくまでTikTokの運営会社に対して動画の削除を求めたものです。投稿者自身を被告としたものではありません。
しかし当然ながら、AI音声の投稿者も、その利用がパブリシティ権侵害に当たる場合には、差止めや損害賠償の請求を受ける可能性があります。声の利用がパブリシティ権侵害になるという一般論が明示されたことで、投稿者への法的な責任の追及も、今後増える可能性があるでしょう。
また、各プラットフォームの運用にも影響を与える可能性があります。
もとより、プラットフォームが権利侵害に当たる投稿を認識しながら放置した場合に、一定の要件のもとで責任を負い得ること自体は、これまでも裁判例などで示されてきましたが、今回、新たに「人の声」についてもパブリシティ権侵害が成立し得ることを裁判所が明示した格好です。
つまり今後、著名人の声に類似するAI音声について権利侵害の申告を受けたプラットフォームとしては、パブリシティ権侵害の可能性も踏まえて対応を検討する必要があると考えられます。
AI音声を事業で利用する企業にとっても、今回の判決は無関係ではありません。著名人に似た声を広告、ナレーション、コンテンツなどに利用する場合には、生成された声の類似性や、名称・画像・タイトルなどの付加情報も含めて、本人の声の利用と評価される可能性を検討する必要があるといえます。
●生成された音声は「本人の声」といえるか
一方、今回の判決だけでは分からないことも多く残っています。例えば、「人の声」の利用がパブリシティ権侵害になり得るとすると、次は「生成された音声を『本人の声の使用』と評価できるか」という点が問題となります。
本件では、津田さん側は「独特の抑揚や低音の響きといった顕著な特徴」が共通すると主張し、AI音声との音声比較分析を証拠として提出していました。しかし、裁判所は具体的な侵害の成否を判断しなかったため、その分析をどう評価するかを判断していません。どの程度の類似性が必要なのか、また、その類似性をどのように立証するのか。ここは残された課題といえるでしょう。
なお、先述した法務省の解釈指針では、生成された音声が特定の本人を表すものといえるかについて、音声自体の類似性だけではなく「使用されるに当たって付加された本人の声を想起させる情報等」を総合的に考慮するとの考え方が示されています。
例えば「AI歌手●●に歌わせてみた」という表記や、特定の声優をほのめかす文章があれば、それも考慮して判断するということです。この指針に沿って考えれば生成された音声だけでなく、タイトルや説明文などの付加情報も含めて判断することになります。
AI生成音声の利用については、今後、パブリシティ権を踏まえた事前の検討がより重要になってくると考えられます。
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