「完全にナンセンス」梁農相の“報復”政治を専門家が分析…地方インフラにみる利益誘導政治の移り変わり

0

2026年10月08日 17:11  web女性自身

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

web女性自身

写真

自民党の簗和生農相(47)が、今年2月の衆院選で自身を応援しなかった首長がいる自治体の道路予算をカットしたと発言した問題が波紋を広げている。



簗氏は発言を撤回し謝罪したが、実際の予算配分を見ると、応援の有無による露骨な増減があったのではないかという疑惑。



かつてから自民党政治では「利益誘導」が存在したが、今回のケースとは何が違うのか。政治評論家の有馬晴海氏(68)の解説から、令和における「利益誘導政治」の本質を紐解く。



■ 露骨な「私怨」による予算の増減



問題の発端は、簗氏が5月に開かれた栃木県内の自民党員らとの懇親会で行った発言。衆院選栃木3区では保守分裂選挙となり、簗氏は小選挙で落選し、比例復活した。



その際、自身ではなく対立候補を応援した首長が率いる自治体(那須烏山市、那珂川町など)の道路予算を「大幅にカットした」と豪語し、「自民党の議員に頼って予算が必要だというところに回すのが当たり前」と言い放ったという。



実際に国土交通省の「社会資本整備総合交付金」の一部を確認すると、簗氏を支援した那須塩原市や那須町が前年度比で11〜34%増額となっている。その一方で、対立候補を応援した那須烏山市は約63%減、那珂川町は約54%減、大田原市は約23%減に。発言通りの凄まじい「報復」が実行されていた可能性がある。



簗氏は「担当省庁に予算削減の働きかけをした事実はない」「国交省の判断」と、発言自体は撤回・陳謝したが、辞任は否定している。



利益誘導政治とも思える今回のケースについて、有馬氏は「かつての利益誘導とは質が全く異なる」と警鐘を鳴らす。





■ 昭和の「バラマキ」には大義があった



「利益誘導政治」と聞くと、昭和の田中角栄元首相(享年75)らを思い浮かべる人も多い。「我田引水」ならぬ「我田引鉄」という言葉があったように、実力者の地元に鉄道(新幹線)や高速道路、立派な橋が次々と建設された時代。



「しかし、昭和の利益誘導には、賛否はあるにせよ『大義』がありました。戦後の焼け野原から高度経済成長期を迎え、日本全体でインフラ整備が必要な時代。田中角栄は『雪国の者の気持ちは、雪国じゃなきゃ分からん』と、日本地図にマジックで線を引いて新幹線や高速道路の計画を立てました。そこには、都市部と地方の凄まじい格差を是正し、国土を均衡に発展させるという大義名分があったのです」(有馬氏、以下同)



総理大臣や実力者の地元に予算が多めに配分される傾向は確かにあったが、それは「国策」としてのインフラ整備という大枠の中での優先順位づけという側面が強かった。





■ 平成の「忖度」と官僚の責任回避



時代が下り、インフラがある程度整備されると、利益誘導の形も変化していく。大規模な開発から、細かな道路や橋の整備などへと予算の奪い合いのステージが移ったのだ。



ここで強く働くようになったのが、官僚から政治家への「忖度」である。有馬氏は、政治家と官僚の力学について次のように解説する。



「官僚は試験に受かった優秀なエリートですが、政治家は選挙で国民から選ばれた『権力者』。官僚が予算配分のプランニングをしても、政治家に反対されれば覆されてしまいます。



また、各地方自治体から上がってくる細かな陳情に対して、霞が関の官僚は現地の事情をすべて把握しているわけではありません。そのため、『この予算配分でどうでしょうか』と地元の実力者である政治家に相談し、お墨付きをもらうことで責任を回避しようとするのです。



官僚が政治家の意向を先回りして察知し、予算配分に反映させる──これが平成に入って定着した『忖度』です」



さらに、表には出ないものの「大臣枠」といった裁量予算も存在し、有力政治家やその親しい陣営に予算が厚く配分される構造は今も根強く残っているという。





■ 令和の「報復」─大義なき恫喝への劣化



今回の簗農相のケースは何が問題なのか。それは、大義も政策的合理性もない、単なる「私怨」による恫喝と報復に成り下がっている点だ。



「選挙で応援したところの予算を増やし、自分を応援しなかった自治体には『削減するからな』と恫喝し、実際に60%以上もカットする。このような腹いせ的な予算配分は、現代においては完全にナンセンスです」



かつては「この地域にインフラを整えれば街が発展する」という大局的な視点が(多少なりとも)存在した。



しかし、人口減少と財政難にあえぐ現在の日本において、地方の首長たちは藁にもすがる思いで予算獲得に奔走している。そうした足元を見透かし、自らへの票の有無という極めて個人的な基準で予算という「アメとムチ」を使い分ける手法は、政治の質の著しい劣化を如実に示している。





■ 構造的エゴを断ち切れるか



有馬氏は、こうした事態を招く背景には「構造的なエゴ」があると指摘する。



「自分の市に多めに予算がほしいという自治体のエゴがあり、それを調整する官僚は自ら責任を負いたくない。結果として、細かな箇所付け(予算の具体的な配分先)は、地元の政治家という権力者のエゴ(意向)に委ねる形になってしまう。この構造を変える特効薬は存在しません」



地方のインフラ整備が「国策」から「余力の配分」へと変わりつつあるなか、予算の生殺与奪の権を握ったと錯覚する政治家のモラルハザードは目を覆うばかりだ。「昭和はバラマキ、平成は忖度、令和は報復」という変遷は、日本の政治が向かう暗い未来を暗示している。



この大義なき恫喝政治を終わらせる方法はただ一つのようだ。



最後に有馬氏がこう語る。



「有権者自身が、こうした手法を許さず、地域の発展を真に考えるより質の高い政治家を選び続けることしかない」

動画・画像が表示されない場合はこちら

動画・画像が表示されない場合はこちら



    前日のランキングへ

    ニュース設定