
ある日突然、知らないイタリア人から連絡が来た。「笙の音を録らせてくれませんか」。日本の古い文化にインスパイアされたアルバムを作るために来日中なのだという。
正直、SNSに来る連絡には怪しいものも多い。だけど、「アレ」と名乗る彼のメッセージはとても丁寧で、過去に発表していた音楽もよいものだったので、受けてみることにした。
結局、やってみるととても息が合い、あれもこれもと笙だけでなく歌や琵琶も即興で演奏してレコーディングした。あらかじめ録られていた彼のアコーディオンを聴きながらの録音なのに、驚くほど間がぴたりと合う。「編集が少なくて助かる」とアレは笑った。
今度は一緒に演奏できたらいいね、なんて言いながら正直期待はしていなかったのだが、想像よりも早くその機会が訪れた。この夏、ウィーンとドイツでの演奏旅行があったのでついでにパリやスイス、そしてイタリアも訪れることにしたのだ。アレはベネチアの近くにアーティストレジデンスを作ったばかりで、音楽家が滞在できるように家を整えているというのでご厄介になることにした。
スイスのチューリヒから夜行バスに乗り、イタリアのメストレという町へ。そこからまた車で40分ほど。白ワインの生産で有名な土地らしい。居心地の良いスタジオの窓から見えるのは、ぶどうやとうもろこしの畑とポプラの森。セミが鳴いているので不思議とおじいちゃんちに来たみたいな懐かしさがある。庭で採れたトマトやズッキーニを使って一緒に作るパスタがとても美味しかった。
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近所のワイン醸造所で無料ライブをやらせてもらえることになった。しかもお客さん全員に飲み放題のふるまい酒付き。キリッとした女社長は言葉少なで、でも終演後に「これを」と言って私たちに上質なプロセッコを1本ずつ持たせてくれた。「気に入ってくれたみたいだ」とアレが言う。「この地方の人の特徴なんだよ。シャイで、あまり喋らない。気が付くといなくなってる。でも、気に入った人には何か特別なプレゼントをくれるんだ」。妖精みたいな人たちだ。イタリア人ってみんな底抜けに明るいのかと思っていたので、控えめだけど優しい彼らがとても愛おしくなった。
帰国後しばらくして、アレのCDが発売された。配信だけかと思っていたら、なんとタワレコに「傑作」のシールが貼られて陳列されているらしい。ありあわせの機材で即興の録音をした縁が、思えばずいぶん大きくなったものだ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.37からの転載】

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2026年東京藝術大学邦楽科を卒業。
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