
投票箱に投げ入れられた瞬間、折りたたまれた紙が自らスッと開いていく――。これは、合成紙メーカー、ユポ(東京都千代田区)の特殊紙だ。
国政選挙の投票用紙に使われる素材メーカーとして知られる同社は、開票作業を劇的に効率化させてきた。“投票用紙の会社”というイメージが強い同社だが、それとは裏腹に、実は選挙関連の売上高は全社の「わずか数%」にすぎない。
ユポが半世紀かけて築き上げた収益の柱は、大手日用品メーカーの洗剤ボトルや詰め替え用パックに融合する「剥がれないラベル」(インモールドラベル)や、バス停や電車内の高機能広告、さらには歯科医院の使い捨てシートなど選挙以外の用途だ。「ユポ」紙は、今や世界80カ国以上のビジネスを支えるニッチトップ技術に成長した。
同社は2030年に向け「利益率倍増」という目標を掲げている。7月には社名をユポ・コーポレーションからユポに変更し、ブランドロゴも刷新した。収益構造の秘密を、内藤勝弘社長と宮口卓也戦略企画本部長に聞いた。
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●投票用紙は「売上高の数%」のみ 驚きの収益構造とは?
――ユポといえば、投票用紙の会社のイメージが強いと思います。もともとユポは、どのような経緯で選挙に使われるようになったのでしょうか。
内藤: 顧客側の課題が出発点でした。
「開票を早く終わらせたい」「人件費を抑えたい」といった要望があったのです。開票には人手がかかりますから、作業時間が短くなるほどコストは下がります。その集計作業で最も時間を取られるのが、折られた投票用紙を1枚ずつ開く工程でした。ユポであれば、投票箱に入れると勝手に開きます。
当社は昔から、折り目がつきにくく、折ってもすぐに戻ろうとする性質を持つ紙を作ってきました。実はこの性質は、先輩たちが地図の仕事を手掛けていた頃には「折れないじゃないか」と欠点として扱われていたそうです。それが投票用紙では、逆に利点になりました。
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――需要が数年に一度に集中する商材でもあります。
内藤: 衆議院は遅くとも4年に1度、参議院は3年に1度は選挙がありますから、まとまった量が動くのは2、3年に1度です。国政選挙のインフラを支える位置付けの商品ですので、常に在庫を抱えています。今後、国民投票のような新しい制度が出てくる場合も、早い段階で時期が分かっていないと供給の仕組みが作れません。
――売上高に占める比率はどのくらいでしょうか。
宮口: 実は当社は、製品に貼るラベル事業が主力です。投票用紙の比率はそれほど高くありません。国政選挙があった年でも数%で、10%には届きません。選挙で稼いでいる会社というイメージは変えたいところです。消費財に使われるラベルのように、日常的に使われる製品の方が、圧倒的に(比率が)大きいのです。
――日常的に使われるラベルとは、具体的にどのようなものですか。
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内藤: 詰め替え用洗剤のラベルがそうです。触ると分かりますが、普通のシールのような引っ掛かりがありません。「インモールドラベル」といって、容器を成形する金型の中にあらかじめラベルをセットし、プラスチックと直接一体化させる技術です。後から貼り付けるシールと違って剥がれず、境い目の引っ掛かりもない「ノンラベルルック」と呼ばれる美しい仕上がりになります。洗剤やオイルなどのボトル用ラベルで使われ、大手日用品メーカーなどが主要取引先です。
値札やキャンペーンまるごとシールなどで、きれいに剥がせるものがあるでしょう。あれもユポが多いです。昔は紙でしたから、剥がすとビリッと汚く破れていました。当社の製品は選挙以外でも、意外と身近なところで多くの方々が触っています。
――それほど多岐にわたる用途は、どのように開拓してきたのでしょうか。社内に専門チームがあるのですか。
内藤: 用途を当社が思い付くわけがないんです。どの製品も、顧客の側で考えて開発していただき、気が付いたら使われていた。そういう商品が実に多く、把握していない用途はたくさんあります。
細かいものまで含めると、6割から7割は分かっていません。顧客は何かしら困り事を抱えていて、ユポに行き当たり、自分たちで加工してみて、やりたいことを実現していくケースが結構あるのです。
当社の営業は「これはこの用途にしか使えません」と売るのではなく「こういう機能を持っていますので、困り事があれば使ってみる価値はありませんか?」というアプローチになります。顧客の課題解決に寄り添い、一緒に用途を作り出してきた結果です。
●収益の柱は「剥がれないラベル」 ユポが選ばれる理由
――パッケージ以外の事業は、いかがでしょうか。
内藤: 屋外や車内のポスターも同様です。例えばバス停のポスターには「昼間は白い紙に見え、夜間は裏の電球を透かさずにきれいに光を通す」という相反する機能が求められます。ユポの内部にある微細な気泡(ボイド)構造が光を乱反射するため、この高度な表現が可能になるのです。高くても選ばれる製品には、必ず技術的な理由があります。
――収益の柱になり、かつ競争力になっている製品は何でしょうか。
内藤: インモールドラベルです。米国だけで年1万トン以上出ています。工場のキャパシティーが4万トンで、そのうちラベル関係が全体の7割ほど。そのメインがインモールドラベルです。
――インモールドラベルの分野で、ユポが選ばれているのはなぜでしょうか。
内藤: 印刷がきれいだからです。米国はボトルが大きい。そこに普通の粘着ステッカーを貼るとしわになってしまいます。しわが入らないことと、ブランドの訴求力です。米国ではファースト・モーメント・オブ・トゥルース(真実の瞬間)と呼びますが、店頭でパッと見た瞬間に、手に取ってもらう必要があります。そのためにはきれいなラベルが要ります。
次に、棚から落ちても割れてはいけないので強度が必要です。最近の課題は環境対応で、ボトルを薄くしてプラスチックを節約したいという要望が出ています。そうなると、ラベルがボトルの強度に貢献しなければならない。さらにリサイクルのために、印刷したラベルは剥がれなければいけない。今はしっかり接着していますが、リサイクル工程に入ると剥がれるものを開発しました。要求が一つずつ積み上がっているのです。
工程面でのメリットも絶大です。通常のシールやシュリンクラベル(熱収縮フィルム)は、ボトルを成形した後に冷却時間を置き、後からラベルを貼る工程が必要です。一方、インモールドラベルはボトル成形と同時にラベル貼りが完了するため、ラベリング工程そのものを削減できます。ボトル収縮を待つ「1日」のロスタイムがなくなり、すぐに充填・出荷できる。生産プロセスの合理化という価値も提供しているのです。
●「世界シェア2%」の伸び代 金型・ロボットまで丸抱えする普及戦略
――インモールドラベルが今のように主力製品になるまでには、時間がかかったのでしょうか。
宮口: 次世代のラベリング方式を訴求し始めてから、軌道に乗るまで10年ほどかかりました。しかも、優れたラベル単体を作っても普及しません。成形金型にラベルを自動で挿入する専用ロボットが必要になるからです。
ですから当社は、ロボットのカタログを持ち、金型の加工技術も把握した上で、ラベル印刷会社、金型・成形メーカー、ブランドオーナーまで、サプライチェーンの全プレイヤーを自ら回りました。「金型温度は何度に設定する」「冷却時間は何分何秒にする」といった現場の加工条件まで自社で網羅し、指南していったのです。
内藤: 素材だけを売るのではなく、加工や導入プロセスまで丸ごと指南する。このエコシステム全体を握るアプローチこそが、後発の競合他社に対する決定的な参入障壁になっています。
米国の場合は、ブランドオーナー、最大手の成形メーカー、最大手の印刷会社の3者がセットになって動いており、一度このエコシステムに入り込めば、容易には他社にリプレースされません。
30年以上やってきて、それでも世界のラベル市場に占める当社のインモールドラベルのシェアは2%です。裏を返せば、残りを取ったらどうなるかという話でもあります。ただ、ラベルだけ売っていればいいものではありません。導入方法まで指南する必要があります。
――インモールドラベル普及のきっかけになりそうな動きはあるのでしょうか。
内藤: 環境対応がトリガーになると考えていました。2020年前後にプラスチック関連の国際的な取り組みが立ち上がったときは追い風になると思ったのですが、その勢いはしぼんでしまいました。
一方で、ブロー成形で作るボトル、つまりシャンプーや洗剤の容器のようなものは、形状が製品ごとに異なる一品ものなので、当社の領域として残ります。一方で、インジェクション成形で作るコンテナ入りのアイスクリームのような、単純な形状の容器は汎用(はんよう)のフィルムで対応できてしまうので、価格が安すぎて当社は入っていけません。市場が大きくなれば似た製品も出てきますから、あの手この手でさらに先へ進む必要があります。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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