
本屋大賞を受賞した『そして、バトンは渡された』をはじめ、人と人とのつながりを軽やかで温かな筆致で書き続けている、瀬尾まいこさん。最新刊『はじまりのスープ、夏ゼリー』は、料理を通して人とのつながりを描いた長編小説だ。
料理は「不思議な作業」
「私は夫と中学生の娘と暮らし、長年、料理を作っていますが、『今日の夕飯、何にしよう』と考えるのが面倒くさくなったり、ママ友と『自分の作る味に飽きてきたよね』と話すことが多くなってきたんです。料理って家事の中でも面倒な作業ですよね。
でも、家族に『おいしい』と言われれば全部がよしとなる、不思議な作業でもあります。『私はどういうときに料理が楽しいのだろう』『おいしく料理が作れるのって、どういう感覚なんだろう』と考える中で、物語が立ち上がっていきました」
物語は全5章で構成され、第1章では主人公・中森リリーの日常が描かれている。26歳のリリーはアルバイトで生計を立て、時々、料理コンテストに出場しては賞金を生活の足しにしている。
「リリーは人間関係が苦手なタイプなので、会社員のような働き方は向いていないんですよね。まだ若いということもあり、その日食べられる分を稼げればいいかな、という感じで生きているのだと思います」
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賞金目当てで出場した料理コンテストで、リリーは新玉ねぎとアサリを使ったスープを作り、それを機に地元のフリーペーパーの編集者と知り合う。
「書き始めたころは、リリーは料理が得意だから作っているのだと思っていたんです。でも書き進めているうちに、彼女が料理上手なのは手際がいいとかセンスがあるということだけではなく、食べる人のことをよく見ているからなんだな、ということに気づきました」
第2章でのリリーは、求人アプリで見つけた小さな食堂「あらき」で仕事を始める。60代後半の夫婦が営む「あらき」は赤字続きで閉店の予定だったが、リリーは店主の大将に店を続けるためのアイデアを提案する。
「私はお店を経営したことがないので、どうしたら赤字を減らせるのかをリリーと一緒に考えながら書きました。『あらき』はメニュー数が多いので数を絞りたいと思い、頭の中で大将とも相談しながら書き進めていきました」
「あらき」では夜のメニューにデザートのゼリーをつけることに。瀬尾さん自身、ゼリーをよく作るのだそう。
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「ジュースに砂糖を入れて、溶かしたゼラチンと混ぜて固めるだけなので、ズボラで大雑把な私でも簡単に作れるんです。柑橘類のジュースを使って、色が三層になるゼリーを作ったりしています。透明のグラスに作ると、きれいですよ」
第3章では、体調を崩した83歳の大家のために薬味をたっぷりのせたおかゆや、牛乳とゆで小豆のシャーベットを作る場面が登場する。
「ネギやかつお節といった薬味がすごく好きなので、豆腐の上に薬味をのせて、熱したごま油をかけた料理をよく作るんです。これをおかゆに応用しました。牛乳とゆで小豆のシャーベットは、夏によく作ります。このお話にはいろいろな料理が出てきますが、私が普段作っているメニューを少し応用したりして登場させています」
「料理の才能がない」とこぼす大将の娘・恵実に料理を教える展開となる第4章は、料理についてリリーが次のように語る場面がある。
〈献立考えて、買い物に行って、切ったりゆでたり炒めたり。片付けもあるし、作っている最中にすら、洗い物が出る。無償でやるのは、とんでもない労働だと思います〉
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「例えば掃除や洗濯なら、3〜4日しなくても健康には影響がないですよね。でも、料理には“毎日作らないといけない”という強迫観念のようなものがあるように思います。この気持ちをラクにするような場面を、描きたいと思っていました」
「人生はこうしてつながっていくものだなぁと」
リリーが恵実にフリーズドライのみそ汁をすすめるシーンは、料理を担う人にとっては目から鱗かもしれない。
「私自身、みそ汁はちゃんと作らないといけない、と思っていたんです。それだけに、この場面は自分に言い聞かせるように書きました。実際、フリーズドライのみそ汁はおいしいものがたくさんありますし、これからは『味を比べてみよう』と家族に提案しながら、食卓に出そうと思っています」
リリーは恵実に、「土日は家事をしない」という提案をするが、これは瀬尾さん自身の経験が反映されている。
「3年ほど前から土日は家事をしないと決め、料理も洗濯も掃除も何もしていません。夫が夕食を作り、私はテレビの前でダラダラしていて、『そろそろできあがるよ』という夫の声で起き上がる瞬間が快感なんです(笑)」
物語の進行とともに、リリーの成育環境が少しずつ明らかになっていく。第5章では“ゼリー”と“フリーペーパー”をキーワードに、離れて暮らす妹と心が重なる瞬間が描かれている。
「ラストは決まっていなかったのですが、5章の執筆を始めたとき、1章で書いたフリーペーパーにきょうだいに関する記事があったことを思い出し、物語をうまく着地させることができました。人生はこうしてつながっていくものだなぁと、この小説を書きながら改めて感じました」
瀬尾さんは、本作の登場人物がこれまでで一番愛らしいと感じているようだ。
「リリーと一緒に、登場人物たちのことを考えながら書き進めたので、私にとっては可愛らしくて、いじらしくて仕方のない人たちが集まった小説です。肩の力を抜きつつ、時には手を抜きつつ、料理を楽しんでもらえる一冊になってくれたらうれしいです」
最近の瀬尾さん
「子どもの昼ごはんを作らないといけないので、『夏休みって最悪』と思っていたのですが、今年は中学生の娘が夏休み中の昼ごはんを作ってくれることになりました。きつねうどん、レトルトソースを使ったパスタ、そうめん、ロールパンのホットドッグ、チーズとハムのタコスなどを作ってもらい、幸せでした」
取材・文/熊谷あづさ
週刊女性2026年10月20日・27日号

