【F1】ホンダは「普通の会社」になってしまうのか 浅木泰昭「大きな転換期にある。F1は状況を映し出す鏡」

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2026年10月13日 16:11  webスポルティーバ

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【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第18回(前編)

 2026年、ホンダはアストンマーティンと組んで第5期のワークス活動をスタートさせた。しかし開幕から苦戦が続き、この秋にはパワーユニット(PU)の開発責任者を交代した。

 ホンダF1の開発チームを牽引するLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)は、具体的にどんな仕事をして、どんな役割があるのか? レッドブル・ホンダ時代にLPLとして開発を率い、チャンピオン獲得に貢献してきた元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

   ※   ※   ※   ※   ※

 LPLという役職は、PU開発にかかわるすべてのことに決定権を持ち、全責任を負います。

 具体的には、レギュレーションという枠のなかで予算の使い方や人員を含めて、どういう戦略で開発を進めていくのかを決めるのが仕事です。現在、PUメーカーには厳密なバジェットキャップ(予算制限)があり、ベンチテスト(台上試験)の時間も決められているので、どんな配分で予算や人材を使うのかを判断していきます。

 たとえば、私が第4期のF1プロジェクトのLPLに就任した時、真っ先に手をつけたのはMGU-H(熱エネルギー回生システム)でした。トラブルが頻発し、完走もままならないという状態になっていたため、それ以外の開発はいったん全部ストップさせ、MGU-Hの信頼性向上に全力を注ぎました。

 最終的には、ずっと開発していたMGU-Hを捨てて、小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」に力を借りることを決断しました。当然、これまでMGU-Hの開発を続けてきたスタッフのなかには、いい顔をしない人もいました。ホンダジェットが設計したMGU-Hを採用することで、さらにガタガタな状況になる可能性もありました。

 それでも、LPLの私が全責任を背負って新しいMGU-Hを採用することを決断しました。結果的にはうまくいき、ようやくライバルとの開発競争のスタートラインにつくことができました。

【リーダーに求められる人間力】

 メインとなるPU開発と並行して、将来を見越してバッテリーを自社開発したり、金属積層造形(3Dプリンター)を導入してピストンを自社で作れるようにしたり、後々役立ちそうな施設や設備を導入したり、「これをやっておけ」と先行開発の指示を出したりするのも、LPLの仕事のひとつです。

 そういう判断を10個したとして、10個全部が"当たる"わけではありません。でも、私の場合は運がよかったこともありますが、当たる確率は高かったですね。8割ぐらいは当たったと思います。

 もうひとつ大事なのは、メンバー集めです。どこの会社でも同じだと思いますが、扱いづらいけれども、一点だけ尖った才能を持った"変わり者"がいます。そういう人間は、条件や環境がガチっと合うと、飛び抜けた力を発揮します。

 尖ったところがなく、全部70〜80点ぐらいの優秀な人間だけを集めても、私の感覚では世界一にはなれない。尖った才能を持った人間を集めて、彼らの尖った部分だけをすくい取れるかどうか。そこで世界一になれるかが決まる。

 彼らに存分に能力を発揮してもらうためには、リーダーの人間力が重要になります。もちろん技術力も兼ね備えていないと、技術を持っている人間を見抜くことができません。リーダーには技術力を土台にして、人間力で開発チームを牽引していくことが求められます。

 F1プロジェクトにはさまざまな部署の人間が集結していますので、リーダーになる人間にはコミュニケーション能力が欠かせません。自分の専門分野に閉じこもるのではなく、ほかの部署の人間とも積極的にコミュニケーションをとり、仲間を作っていく必要があります。

 私はエンジン開発を担当する「馬力屋」でしたが、いろんな部署に口を出し、そこで関係を築き上げていきました。そして最終的には開発チームを戦う集団としてまとめ上げ、レギュレーションのなかでどうやって勝っていくのかを考えるのが、リーダーの役割です。

【F1は3年がひとつの区切り】

 私がホンダでPUの開発責任者を務めていた時代は、「ルールを守ってきれいに勝つ」という、教科書に書いてあるような美しいストーリーを否定してきました。卑怯と言われようが、とにかく勝ちにこだわる──。そういう姿勢で開発陣を率いてきました。その結果、メルセデスやフェラーリを打ち破って、世界一に輝くことができました。

 ライバルたちは、自分にとって有利なルールを作ろうと画策したり、勝つためにルールのグレーゾーンを突いて開発したりしてきます。「相手に砂を投げつけ、目潰しをしてでも勝つ」という野武士のような精神を持たなければ、頂点には立てないと私は思っています。

 私は前回、「F1プロジェクトでは、3年がひとつの区切りになる」と話しました。マクラーレンと組んでスタートした第4期では、3シーズン目でも結果を出せず、パートナーを組むチームだけでなく、ファン、メディア、ホンダ本社でも、F1プロジェクトに対してバッシングが噴出しました。

 アストンマーティン・ホンダが3年目(2028年シーズン)になっても後方集団から抜け出すことができなかったら、アストンマーティンに見切りをつけられる可能性はあります。そうなるとパートナーシップを組むチームがいなくなり、ホンダはF1から撤退せざるを得ない状況に追い込まれるかもしれません。

 またF1だけでなく、ホンダという企業そのものが大きな転換期にあると、私は思っています。もしF1から撤退することになれば、もはやホンダは世界一や世界初を目指すというチャレンジのできない会社になってしまったのではないか......。そういう状況を映し出す"鏡"がF1だと、私は本気で思っています。

 なぜなら、F1は「忖度なし、容赦なし、配慮なし」というレースだからです。技術がないところ、弱いところは負け続けるしかありません。国内最高峰のスーパーGTで採用されている「サクセスウェイト(SW)」のようなシステムはありません。

【私が考えるホンダはそうじゃない】

 SWでは、成績に応じてマシンにハンディキャップの重りなどが課されます。下位のマシンでも実力以上にトップに近づいているように見えますし、どのメーカーのマシンも1年に1回ぐらいは勝てたりしますが、F1は違います。そういう配慮が一切ないレギュレーションです。

 そのなかでメルセデスやフェラーリに勝ってチャンピオンになれば、技術者は鍛えられ、自信もつきます。それが世界一や世界初の商品開発にチャレンジする際、必ず役立つと私は信じています。

 でも、別にF1やホンダジェットのようなものに挑戦することなく、無駄な経費を使わず、収益を上げることを目指す「普通の会社」になるのであれば、F1という世界最高峰の尖ったレースに出なくてもいいですし、世の中をひっくり返すような商品を開発しなくてもいいんです。

 それでも企業としては生き残っていけますが、私が考えるホンダはそうじゃありません。変な人間が無謀なチャレンジをして世界一になったり、世界初のものを世の中に送り出したりして成長してきた会社です。それが、ホンダの存在意義だと思っています。

 でも、そういう生き様を貫ける人材や能力がホンダになくなっているという現実を、F1があぶり出すのではないかとも私は考えています。今もホンダが、若い人たちが世界一や世界初を目指してチャレンジできる魅力的な会社であることを、後輩たちには証明してほしいですね。

(つづく)

◆第18回・後編>>「マクラーレンが台頭したら嫌がらせも選択肢に」


【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

川原田 剛●取材・文 text by Tsuyoshi Kawarada

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