「訳あって女に戻った」セクシー女優が明かす半生。普通を持てない苦しみを経てたどり着いた現在地

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2026年10月13日 16:11  日刊SPA!

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雄乃ゆめさん
 高校時代に男性ホルモン治療を経て戸籍を男性名に変更。その後、女性としてセクシー女優としてデビューしたのが、雄乃(おの)ゆめさんだ。今年3月に、自身がトランスジェンダーの当事者であることをカミングアウトし、大きな話題を呼んだ。
 彼女に、これまでの人生を振り返ってもらった。

◆ジェンダーバイアスに翻弄された子供時代

 沖縄で生まれた雄乃さんは、幼少期の頃から、自身の性について違和感を持ったという。

「小学生の時ですね。小学生の時に“女性性”がイヤだったという感覚でした。親には自由にさせてもらっていたので、七五三は袴でしたし、髪も短くしていました。

 ただ全てが男の子っぽいかと言えばそうでもない。好きになる子は男の子でしたし、初めて性的な事をしたのは女の子でしたが、ぬいぐるみを集めるのが好きでおばあちゃんに買ってもらいました」

 性に対する違和感は成長するにしたがって、無視できないものになっていく。そんな中で高校2年生になると、男子生徒の制服である学ランで通学するようになった。

「女性の性がやっぱり私は受け入れられなかった。ただ、私は父がいなかったのでお金もあまりない家庭で、スマホも持っていなかった。

 だからトランスジェンダーについて調べることもできない。とにかく男子生徒の制服で学校に通うためには病院で診断書をもらう必要があると考えました。

 それで病院に行って、これから男性として生きていくために男性ホルモンを打つことにしたんです。ここで親にも自分から説明をして協力をしてもらうことになります。次は戸籍名を変えました。とにかく社会的な事実だけでも塗り替えていこうって」

◆“普通”を持てない苦しみは、希死念慮をも…

 ただ、それでも雄乃さんの違和感はぬぐえない。「自分は自分に嘘をついているのではないか」という感情を持った。まだ自分自身を受け入れることができなく、周囲に自分の状況を説明することもできなかった。

「みんなトランスジェンダーの人って悩んで病んでしまって、とても苦しいと思いますよ。できれば、普通に生きていきたかったって。私もそう思いました。

 心の底から普通が良かった。悩みたくなかった。いくら事実だけを塗り替えていっても根本的に男にはなれないという壁にぶち当たってしまう。

 それならば死んでしまった方がマシだって極端な考えになってしまいます」

 ただ意外にも、男子生徒の制服で登校した雄乃さんに対して、クラスメイトの反応は冷静だった。

「もともと私が変わり者だったっていうのもあって、『またなんか変なことやってんな』くらいの反応でした。

 でも他のクラスの人はびっくりしていたかな。男性ホルモンの影響で声がどんどん低くなっていったんで。そんな中で担任の先生はすごく理解のある方で、私以上にいろんなことを勉強してくれました。

 それで私がいない間に、クラスのみんなにも説明をしてくれていたみたいなんですよね。今から振り返ればこの環境はとても恵まれていました」

◆“社会性”を手にすることは、“ルッキズム”も…

 ただ、それでも自分が女性的に「かわいい」と見られてしまうことの違和感は残る。

「そこで当時、私は逆に苦手なものに近づいて克服する方向になったんです。かわいい男の子を目指す感じですかね。ピンクのカーディガンを着たりして。それで“かわいい”と見られても、あえてかわいく振る舞っているので当然だと受け止めることにして、自分を納得させたんです。

 そうやって1つ1つの違和感の解釈を変えて納得していきました。トランスの中にも解釈を変えることをやっている人はいると思います。そうじゃないと本当に苦しいから。

 私はまだ頭が柔らかい17歳の時にやれたのはよかったですね。ただ私は解釈を修正していく中で、むしろ男性ホルモンの影響で増えてしまうニキビがどうしても許せなくなって、ルッキズムにのみこまれるようになってしまいました」

 そんな雄乃さんの心と体の整理ができるようになったのは、高校卒業後に看護大学に入学し、精神科の看護教員と出会ってからだという。

「もう戸籍名は男に変えて、ホル注をしていたので男として大学に入学しました。そこで精神科の教員に手を差し伸べてもらうことになるんです。

 京都大学で研究をされている当事者の人たちをわざわざ沖縄まで招いてくれて話すことができました」

◆性的指向もあれば恋愛的指向もあるし…

 そこで雄乃さんは、性には「身体の性」だけでなく、「心の性」、さらに「性表現・社会的な性」があり、この3つのグラデーションの中で人は生きていることを学んだ。

「私の場合、体は女性として生まれ、心が男性。ルッキズム的なことやメリットがあるので表現は女性。美しくいるために、ニキビの原因になっている男性ホルモンの注射は大学3年の時にやめています」

 また大学時代には4年間、同棲したパートナーがいた。同級生だが3歳年上。男性だった。

「実は男性ホルモンを打った影響で高校時代は性欲が爆発していて……奔放でした。マッチングアプリで男性と出会っていましたね。性行為をする上で、女性性はメリットでした。

 ただ、この同棲したパートナーには、自分の女性器を触られたくないという感情が起きたんです。だから、しばらく性行為を最後まではやらなかった」

 大学では男性として生活をしていたが、体つきなどは女性。周囲から違和感を持たれていることは感じていた。そんな中でできた男性のパートナー。ただ、彼にはバレていたはずですが、自分の体が女性だと知られたくないと思った。

◆“自分を自分”として扱ってくれる人

 そんな彼は周囲から違和感を持たれる雄乃さんを、盾になって守ってくれてもいたそうだ。

「優しくて、人間としてとても成熟している人ですよね。私を私として受容してくれました。トランスジェンダーを社会的な偏見や不当な扱いから相手を守るために行動できる人のことをアライと言うそうなのですが、彼はそんな存在でした」

 トランスジェンダーとして生きていく中では、このように他者から「受容」されている感覚が持てることがとても大事だという。

「性別ではなく、“私”として扱ってもらえる人たちって、すごくありがたいんです。最初は男として受け入れて欲しい気持ちがあって悩ましい事もありました。

 でも得意の解釈の変化で、他者が私に対して温かい気持ちを持ってくれている事を受け取りました。私は周りの人に恵まれて受容された。この受容されるかどうかで苦労をされている方は少なくないと思うんです。

 受容してほしいというのは、悪い言い方だと押し付けているのかなって思うこともあります。ただ他者に受容してもらうことは、自己受容にもなる。

 そして今、ありがたいことに私は自己肯定感もあって他者にも優しくできていると思います。これはいい循環で、周りの人に恵まれていた人生だったからだと思います」

 大学を卒業すると、性病科のクリニックでの看護師を経て、セクシー女優としてデビュー。そして今年3月には自身のことをカミングアウトすることになる。

◆「自分の人生に今ストレスはない!」だからこそ

「ファンの方の反応ですか? もしかしたらネットで叩かれたりするのかなって少し不安でしたが、『ゆめちゃんの好きなように生きていけばいいじゃん』って言ってもらえることが多くて。ファンの方たちって本当に優しいですよね」

 そんな現在、悩むことや苦しいことは何かあるのか聞いてみた。

「本当に何もないんですよ。ストレスもない(笑)。人生ね、いろんな経験したもん勝ちってところもあるじゃないですか。経験からの解釈の癖が私を楽にしてくれる。

 そう考えると、私はいっぱいいろんな経験をさせてもらっています。ありがたいことかもしれないですね」

 ただ、かつての雄乃さんのように、生き方に悩むトランスジェンダーの当事者は少なくないだろう。

「今は生きづらい世の中ですよね。そんな中でも、トランスジェンダーの子たちが生きていくハードルはとても高い。それを自覚して、自分がどうやったら楽に生きていくことができればいいかなって考えてみるのがいいかもしれない。

 それは決して逃げていることじゃないと思うから。私はそれがセクシー女優として活動することだった。この業界って性に対してあまり偏見のない世界なので。

 とにかく戦う必要はないと思う。自分がストレスのなく生きていける場所を見つけてほしい」

 そして最後に「昔の私みたく生きていくことに悩んでいる子がいたら、相談に乗ってあげて、少しでも役に立ちたいな」と思いを口にした。雄乃さんは笑顔だった。

<取材・文/海老原一哉>

【海老原一哉】
1980年生まれ。ライター。元夕刊紙記者。週刊誌での人物インタビューなどを中心にカルチャー、芸能、スポーツなど幅広い分野を取材。ジャンルを超えて「異端」とされる人物、テーマを追いかけている。

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