
F1第17戦シンガポールGPレビュー(前編)
シンガポールに持ち込まれたフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン・ホンダ)のヘルメットには、満開の桜を背に刀を構えるサムライのシルエットが描かれていた。
今、彼の手にあるのは決して切れ味のいい刀ではないが、このシンガポールでなら戦える。そんな思いで臨んだ週末だった。
だが、その思いは打ち砕かれた──。金曜の走り出しからアンダーステアでマシンが曲がらず、スプリント予選(SQ)では15位に終わった。
「9位や10位まで何秒差だ?」
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最後のアタックへ向かう直前、アロンソがシニアレースエンジニアのクリス・クローニンに無線でそう尋ねたのは、中団トップとSQ3進出を意識していたからだ。
しかし返ってきたのは、「10位まで0.75秒差」という絶望的な数字。渾身のアタックでそれを0.579秒差まで縮めたものの、15位に終わった。前のアウディとは0.27秒もの差があり、これが精一杯。アロンソは右手をステアリングに打ちつけて悔しがった。
「最後はとてもいいアタックラップが決められたと思ったし、SQ3に行けたんじゃないかと思った。だけど、実際には大差で15位だったから、少しガッカリだ。
少しアンダーステアだったし、それをFP1(フリー走行)の間にも、スプリント予選までのセットアップ変更でも、改善することができなかった。ストレートでのパワー不足によるロスは多少なりともあるとはいえ、ダウンフォース不足が大きなペナルティになっているかもしれない」
肩にタオルをかけ、滴る汗を拭いながら憮然とした表情で語った。
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抜けないサーキットで後方グリッドに沈めば、荒れたレースでも入賞圏までは届かない。スプリントレースは大荒れとなり、レーシングブルズが5位入賞を果たした一方で、アロンソは11位に終わった。
「エンジン交換が必要だ! コーナー出口でパワーがない! エンジンのせいでリタイアだ」
ウェットコンディションの1周目からアロンソはそう言い続けたが、データ上はICE(内燃エンジン)の出力にもTC(ターボチャージャー)の過給圧にも問題は見当たらなかった。
【ロックアップがなければQ2進出も】
問題があるとすれば、低速コーナーからの脱出では避けることができないターボラグだ。しかも湿度の高いシンガポールでは、ICEの燃焼特性がほかのサーキットと異なり、燃焼とトルクデリバリーを安定させるために特殊なセッティング調整も必要となる。
金曜のフリー走行だけで調整してパルクフェルメ管理下に入るスプリント予選とスプリントレースでは、それがまだ不十分だった可能性はある。
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しかし予選でも、アロンソの不満爆発は止まらなかった。
アウトラップでトラフィックに引っかかって十分なタイヤ準備ができず、珍しく放送禁止用語を交えて声を荒げた。
そしてQ1最後のアタックでは、ターン16で右フロントをロックアップさせ、17位でQ1敗退に終わった。
0.054秒差でQ2進出を逃したことを無線で伝えられると、「明日に向けてエンジンを交換してくれるならそれでOKだ」と苛立ちをぶつけた。
「ロックアップで失った0.05秒でQ2に進めなかったと思うのなら、それはアタックラップの99%を見ていなかったということになると思う」
たしかにアロンソは、アタックラップの99%でマシンの性能を最大限に引き出した。しかし、本人は0.005秒と言うが、実際にはロックアップで約0.2秒を失っており、それがなければ、Q2に進出できたのも事実だ。
「スプリントレースからずっとエンジンに問題があって、コーナーの立ち上がりで大きくタイムを失っている。エンジンがいつ壊れるのか、予想することはできないからね。不運なことに、この週末にそれが起きてしまったんだ」(アロンソ)
トラフィックの影響で最終アタックを決められなかったランス・ストロールに対し、アロンソは2回目のアタックで0.404秒上回っていた。ストレート車速に差はなかった。
「マシンのフィーリングはよくなかった。もともとバンピーなサーキットは合っていないし、最後のラップはトラフィックに引っかかってしまった」(ストロール)
【アロンソの刀は折れたわけではない】
残念ながら、レギュレーションで開発が凍結されている今のF1において、ADUO(追加開発・アップグレード機会)によるアップデート以外にパワーユニット(PU)の性能を抜本的に向上させる方法はない。できるのは、今あるハードウェアから可能な限り性能を引き出す「最適化」だけだ。
スプリントレースで感じた違和感を冷静にフィードバックし、ターボラグやトルクデリバリー、エネルギーマネジメントの改善に努めていれば、結果は少し違ったものになっていたかもしれない。
しかし、シンガポールでなら戦えると抱いていた希望を打ち砕かれたアロンソは、その苛立ちをすべてPUにぶつけ、冷静に向き合うことを放り出してしまった。
彼の手にしていた刀は、想像していた以上に切れ味が鈍かった。だが、折れていたわけではない。刀というのは刃を研ぎ、油で磨き、魂を込めて向き合うことで、武士としての心も磨かれていくものだ。
たとえ桜が満開にならずとも、ファンが見せてほしかったのは、そんな姿だったはずだ。
◆つづく>>
米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya