
F1第17戦シンガポールGPレビュー(後編)
◆レビュー前編>>
シンガポールGP決勝日の早朝5時。ホンダのクルーはまだピットガレージにいた。
予選が終わった土曜23時、アストンマーティンとホンダはパワーユニット(PU)の交換を決め、その作業が続いていたからだ。データ上で問題は見られなかったが、フェルナンド・アロンソのフィードバックを尊重しての決断だった。
ホンダの折原伸太郎トラックサイド・ゼネラルマネジャー兼チーフエンジニアはこう語る。
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「壊れてはいませんでしたし、データ上では何も問題ありませんでした。しかし、フェルナンド(・アロンソ)があそこまで言うからには感じていることがあるんだろうということで、彼のフィードバックを尊重し、コンポーネントを交換することに決めました」
グリッド降格ペナルティが大きな痛手となるシンガポールでは、急遽PUの交換を迫られた時のために用意していたスペアは中古コンポーネントのみ。しかし、いずれピットレーンスタートになるのであれば、2戦前に投入したばかりのスペック2のTC(ターボチャージャー)を投入し、新品コンポーネントのストックを確保しておきたい。
そこで深夜、スペアPUからTCを取り外して新品に載せ換えるという大がかりな作業を行ない、それが午前5時までに及んだ。そして昼過ぎには、チームのクルーとともに予選で走ったマシンからPUを下ろし、スペアのPUを組み付け、そこから決勝に向けた動作確認やセットアップ変更作業を行なっていった。
「TC交換は、相当な時間のかかる仕事です。朝5時まで残って仕様の変更を行ない、日曜になって交換作業を行なうという形になりました。今週末は3連戦の最後なので、メンテナンス作業が溜まって水曜・木曜もかなりの作業がありました。それに加えての土曜夜の作業でしたので、メカニックたちはものすごく大変だったと思います」
高温多湿のマレーシアとシンガポールで、アストンマーティンもホンダもクルーたちの疲労は蓄積していた。日中のスプリントレースから翌朝までほぼ徹夜状態の土曜のあと、日曜は決勝後も明け方まで撤収作業が続く。「クルーの体力が最後まで持つか心配だ」と関係者が漏らすほどの状況だった。
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【正しい場所でディプロイされない】
レースが始まると、ピットレーンからスタートしたアロンソは、2周目のメインストレートでイザック・アジャ(レッドブル)をかわし、ターン13でバルテリ・ボッタス(キャデラック)もパス。次々とポジションを上げていった。
しかし、9周目のVSC(バーチャルセーフティカー)解除直後、前を走るセルジオ・ペレス(キャデラック)に仕掛けていったところでアジャに抜き返された。その瞬間にアロンソは、またフラストレーションを爆発させた。
「このエンジンのエネルギー、バカげているよ!」
ディプロイメントがほしいところで効かなかったという。
「エネルギーディプロイメントも問題だらけ。正しい時に正しい場所でディプロイされなかった。特に最初のVSCの直後にディプロイメントが不足したせいで、かなりポジションを失ってしまった。
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必要ない場所でディプロイされた一方で(ディプロイメントが必要な)ストレートでディプロイされなかったりする。フラストレーションを感じた。ラップのなかでどこを走っているのか、おそらくマシンが把握できなくなったんだと思う」
シンガポールのマリーナベイ・ストリート・サーキットはアクセルの全開率が低く、エネルギーがほとんど不足しない。とはいえ、予選よりもリチャージ量が制限される決勝では、限られたエネルギーを適切に使う必要がある。
ラップタイムを速くするのであれば、立ち上がりで使い、オフェンスやディフェンスに使うのであれば、オーバーテイクポイントのストレートエンドで使う。
モードを切り替え、それでも完璧にフィーリングと一致しない部分は、「ブーストボタン」でエネルギーを使う。そのために「K0ボタン」で不要なディプロイをカットし、エネルギーをセーブする。どのチームでもやっていることだ。
「マシンは悪くなかった。特に第1スティントのソフトタイヤのペースは、かなり強力だったと思うよ。でも、チェコ(ペレス)に引っかかってストレートごとに200〜300mは離されていくから、どうにかするのは不可能だった」
もちろん、最長で800mほどしかないストレートで200mも差が開くはずはない。しかし、ペレスに引っかかって抜けないアロンソには、そのくらい大きな距離に見えたのだろう。
【突きつけられた理想と現実の差】
アストンマーティンは2台ともにピットレーンスタートを選び、メカニカルセットアップを変更した。しかし、金曜からのアンダーステアは最後まで解消できなかった。
それでも、21周目にペレスがピットインしてフリーエアになったところから35周目までは、タイヤを保たせて好走している。その後ピットインすると、フレッシュなタイヤで走っていたペレスの前で戻ることもできた。
そのことからもわかるとおり、レースペースはキャデラックと比べものにならないほどよかった。想定よりタイヤが厳しい状況だったこともあって、スティント後半はウイリアムズやハースと同等か、それ以上の速さがあった。
不要なPU交換を行なわず、本来の16番グリッドからスタートしていれば、彼らと戦えたはずだ。もちろん、期待していた中団トップには及ばず、入賞にも手は届かなかった。それが今のアストンマーティン・ホンダの現実だと、マイク・クラック(チーフ・トラックサイド・オフィサー)は受け止めている。
「似たようなコース特性のブダペスト(第11戦ハンガリーGP)とザントフォールト(第12戦オランダGP)を振り返ってみれば、ブダペストでは1台がQ2に進んだが、ザントフォールトでは1台も進出できなかった。だからこのようなサーキットでも、これが現実だと思う。
正直に言えば、1台はQ1を突破すると期待していた。だが、それは果たせなかった。十分な速さがなかったからだ。ストレート成分が少ないサーキットであったにもかかわらず、ほかのサーキットよりもパフォーマンスの向上が見られなかった。それがなぜだったのか、しっかりと検証する必要がある」
路面コンディションが特殊すぎたマレーシアでの好走で、期待値が上がりすぎてしまった。その夢から醒めて突きつけられた現実は、思いのほか厳しいものだった。しかし理想と現実の差を、アストンマーティンとホンダは次のアップデートが行なわれる来年に向けて縮めなければならない。
そのためにやるべきことは、フラストレーションをぶつけることではなく、現実を正しく直視することだ。
武士道とは死ぬことと見つけたり──。
アロンソがかつて感銘を受け、愛読していると言った『葉隠』が説く武士の精神とは、命を粗末にすることではなく、今生きていることの尊さを知り、武士としての誇りを持って、この瞬間を全力で生きることだとも解釈できる。
シンガポールの週末を終えて、彼のヘルメットに描かれたサムライは何を語りかけるのか。
米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya