【対談連載】パナソニックEWネットワークス 代表取締役社長 元家淳志(上)

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2024年06月07日 08:01  BCN+R

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2024. 5.15/東京都港区のパナソニックEWネットワークス本社にて
【新橋発】元家さんは、仕事をしていく上で「私心のない志」を欠かすことができないと語る。入社時にはエンジニアとして一番になりたいという「自分」のための志を抱き、チームリーダーになるとメンバーが生き生きと働けるようにと「私たち」のための志を抱く。そこに多様な経験が加わり、さまざまな価値観にふれることで、「誰か」のための私心のない志に醸成されていくという。広い視野と深い思考なしには、なかなか気づくことができないことだと感じた。
(本紙主幹・奥田芳恵)

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●社員全員との対話を通じて

新たなパーパスをつくり上げる

 元家さんは、昨年4月、社長に就任されましたが、1年がたって、経営者としてどのような手ごたえを感じられたのでしょうか。

 就任前から事業面、財務面、組織面の課題について検討してきましたが、この1年で組織の基盤を整えることができたと考えています。

 具体的には、組織整備のためにどのようなことをされたのでしょうか。

 まず、当社の存在意義がどこにあるかを考え、パーパスを再定義することに取り組みました。そのために、267人いた社員全員と対話をしたんです。

 社員全員と!?

 はい。1回6〜7人ずつラウンドテーブルで1時間半から2時間くらい話をしました。このヒアリングには延べ2カ月ほどかかりましたが、1037個のコメントを集めることができました。

 どんなことをヒアリングしたのですか?

 いきなり「当社の存在意義はなんだと思いますか」と聞いても答えにくいと思い、どんなときにお客様に喜ばれたかとか、どんなときにワクワクするか、といった切り口で話を聞いていきました。その1037個のコメントを結晶化して、現在自社サイトやポスターなどに掲げている「ネットワークと現場対応力でお客様と未来を育む」というパーパス、私たちの存在意義の文言をつくり上げたのです。

 そして、このパーパスの下に続く行動指針、私たちはステートメントと呼んでいますが、これについてもボトムアップでつくり上げました。そうすることで、それぞれの社員が仕事のさまざまな局面で、パーパスやステートメントに沿って、自分事として判断することができるようになってきたんです。それは非常に大きな変化だったと思います。

 なぜ、あえてパーパスをつくり直そうとしたのでしょうか。

 当社のミッション・ビジョン・バリューの策定は、コロナ禍前に行われていました。しかしコロナを経て大きく外部環境が変わり、当時に比べ社員も増加したという内部環境の変化もあることから、もう一度、いまの時代に合わせた私たちの存在意義をつくり直す必要があると考えたからです。

 全社員とお話をするだけでも大変だと思いますが、その進行やコメントのまとめはチームを組んでされたのですか。

 このヒアリングを実施するにあたっては人事部や経営企画部のサポートを得ましたが、具体的なやり取りやコメントの集約はすべて自分で行いました。そういう姿勢を見せないと、社員との距離は縮まりませんし、本気でコメントしてもらえませんから。

 なるほど。ことに社長就任直後ですから、その姿勢を見てもらうことは大事ですね。

 私は、ポジティブな情動によって会社を変えていきたいと思っています。危機感を煽ったり、恐怖を感じたりする環境では、個々の成長を望むことはできません。人の可能性を引き出すためには、ネガティブな防衛モードではなく、いかにポジティブな成長モードに切り替えてあげられるかが大切です。そういう発信をしながら、会社を変えていこうという意識を持ち続けてきました。

●誕生日プレゼントのウォークマンが

技術者を目指すきっかけに

 社員の成長を図るため、ほかに具体的に取り組まれていることはありますか。

 昨年10月から「次世代経営塾」というものを開いています。社内で参加者を公募し、私がこれまでにMBAの課程などで学んできたことやキャリアを積み重ねてきた中で得たものをアップデートし、自ら資料をつくって、講師も私自身が務めるというものです。

 これも、ご自身で全部準備されているのですね。ちなみに、どんな内容を教えておられるのですか。

 経営リーダーにとって必要な、論理的思考と意思決定のセオリー、マーケティング戦略、アカウンティング、組織行動学と行動経済学、リーダーシップの5テーマです。この講座を半年かけて行うのですが、当初多くて10人くらいと見込んでいた希望者が70人を超えました。そのため、この4月からも続けて開講しています。こうした講座は外部委託することもできますが、会社のトップが直接人材育成に携わることで、先ほど述べたパーパスや行動指針を、より深く組織に根付かせることができると考えています。これはまさに人的資本経営と、幸之助創業者の“松下電器は物を作る前に人を作る会社である”の実践であり、会社の成長につながるものと考えています。

 社長自ら、そうしたことに取り組んでいると、時間がいくらあっても足りませんね。

 自分の時間というのは、夜遅くと早朝くらいしかありませんね。でも、冬場などはまだ暗いうちから出社することが多いのですが、自分はなんて幸せなんだろうと感じます。こんなに一生懸命に仕事に没頭できることなど、そうそうないわけですから。

 傍らから見て大変そうでも、ご本人は幸福感に満ちているというわけですね。ところで、元家さんは技術者としてキャリアをスタートされていますが、子どもの頃、その道に進むきっかけになるようなことはありましたか。

 小学校5年生のときに、父親から誕生日プレゼントに「ウォークマン」をもらったんです。まだカセットテープの時代でしたが、このとき自分もこういう商品をつくりたいと思ったのが最初ですね。おそらく、それを越える原体験はないと思います。

 どんなタイプのお子さんでしたか。

 好奇心旺盛で、理科が好きな子どもでした。あるとき、磁石を持って小学校の校庭で砂鉄集めをしていたんです。するとその作業に熱中するあまり、休み時間が終わって授業が始まっていることに気づかず、教室では「元家君はどこに行ったのか?」と騒ぎになったことがありました(笑)。

 夢中になったら止まらないタイプなのですね。

 深いところで本質を捉えたいという思いは、いまも昔も変わりません。だから、興味ある分野の勉強は苦になりませんし、どちらかというと、のめり込むほうですね。

 ご両親はそういう元家さんに対して、どのように接しておられましたか。

 何か答えを与えるのではなく、そういうことに興味があるのなら、もっと突き詰めてみればと促すようなタイプでした。

 そういう環境も、いまの元家さんの姿につながっているのでしょうね。

(つづく)

●愛用品のAirPods

小学生のとき、お父さんからウォークマンをプレゼントされてものづくりを志したという元家さん。昔に比べて機器が小さくなっていることに時代の変化を感じると語る。チェロを習っていたため、クラシックを聴くことが多いが、ときにはMr.Children(ミスターチルドレン)などのJ-POPも聴くそうだ。

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

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