現役引退 イニエスタにとってサッカーとは?「ボールを蹴っていれば自分がリセットされていく」

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2024年10月08日 17:01  webスポルティーバ

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 アンドレス・イニエスタが、とうとうスパイクを脱いだ。

 バルセロナの選手として、ラ・リーガ優勝8回、スペイン国王杯優勝6回、チャンピオンズリーグ優勝4回、クラブワールドカップ優勝3回。スペイン代表選手としても、ユーロ優勝2回、ワールドカップも優勝を経験した。眩しいばかりのタイトルである。あまつさえ、5年間プレーしたヴィッセル神戸にもクラブ史上初となるタイトル、天皇杯をもたらしている。

 しかしながら、イニエスタはタイトルや数字で語るべき選手ではない。

 最高のサッカー選手の定義はいろいろあるだろう。リオネル・メッシは人知を超えた技量を持っていたし、クリスティアーノ・ロナウドはゴールに向けて巨大な野心を燃やした。過去30年、世界最高の選手の称号は、おそらくこのふたりのいずれかになる。

 ただ、フットボールに"宇宙"を感じさせたのは、イニエスタだ。

 彼は特別に速くも、強くも、大きくもない。実際、間近で見ると、とても小さく細身である。足など杖のようだった。

 にもかかわらず、ピッチに立つと誰も近づけない。強く当たりにいけば、さらりとかわされる。そこで動きを見極めようと距離を取ったら、自由にパスが出る。

「相手が群がるのを恐れない。その時、味方は必ずフリーになるから」

 イニエスタはその矜持でプレーしていた。

 ユーロ2012のイタリア戦で撮られた1枚の写真は、語り草である。5人ものイタリアの選手に、イニエスタがひとり囲まれているのだ。

 逆説すれば、たとえ5人に襲いかかられたとしても、ボールを奪われない神業的技術があったということだろう。ボールの置きどころ、動かすアングル、体の使い方、あるいは視線、それらがすべて絶妙で、相手の逆を取ることができる。相手の軸足のほうにボールを動かし、追ってくれば、さらに逆を取る。

「魔法」

 そう呼ばれる次元のテクニックだったわけだ。

 イニエスタとは、何者だったのか?

 12歳でバルサの下部組織ラ・マシアに入寮したイニエスタは、家族が恋しく、泣いてばかりいたという。

「ラ・マシアに入団した時は、人生最悪の日だった。それまでずっと、両親がそばにいてくれたのに離れてしまって。将来のためって、来るのを決めたのは自分自身だったんだけどね」

【17歳のイニエスタは語った】

 それは運命だったのだろう。15歳の時点で、そのプレーセンスは傑出していた。

「俺はおまえに引退させられる。しかし、おまえはアンドレスにいつか引導を渡される。アンドレスは王になる選手だ」

 ジョゼップ・グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)が、同じポジションで台頭しつつあったシャビ・エルナンデスに対し、そう言ってイニエスタの才能を称賛したのは有名な逸話である。

 実は筆者も、イニエスタが17歳だった当時のプレーに、雷に打たれたような衝撃を受けたことを覚えている。

 バルサBでプレーしていたイニエスタは、一つひとつのプレーがゴールにつながっていた。いや、一挙手一投足がゴールへ向かって行なわれているようだった。それはフットボールという宇宙と曼荼羅(まんだら)のようにつながったような錯覚を受け、「彼こそフットボールそのもの」と感動した。そして浮かれたようにロッカールームまで行って、「話を聞かせてくれ」と懇願していた。

 今のセキュリティだったら、大問題になっているだろう。当時のイニエスタは、シャワーを浴びる選手もいる横で「そんな風に思ってくれたのなら......」と、話をしてくれた。それも彼の人間性だったか。

 その後の彼は、どこか神の域に入ったプレーを見せた。同じようなことを感じたのが、バルサ時代の盟友であるFWサミュエル・エトーだ。

「伝説となっているチェルシーとの(2008−09シーズン)チャンピオンズリーグ準決勝だった。終了間際、アンドレスは華麗に決勝ゴールを決めている。あのとき、俺はボールの声を聞いたんだ。アンドレスが蹴ったボールが喜びを上げていたのさ」

 エトーはゴールを確信し、ボールがネットに入るのも見ずに祝福に走ったという。

「アンドレスと一緒にプレーすることで、誰もがサッカーがうまくなる」

 それはひとつの真理である。だからこそ、彼が所属するチームはタイトルの栄光にも浴した。

 たとえば神戸で、最もイニエスタの影響を受けたのは、2018年から3シーズン半をともに過ごしたFW古橋亨梧(セルティック)だろう。

 古橋はもともとスプリント力が際立っていたが、高いレベルでプレーする経験が乏しく、荒削りだった。それがイニエスタからパスを受け取ることで、最上のタイミングを体に染み込ませた。エトー、ダビド・ビジャ、フェルナンド・トーレスといった名だたるストライカーから「最高のパサー」と言われたイニエスタからのレッスンは極上だった。

「日常で煩わしいことがあっても、ピッチに出てみんなとボールを蹴っていれば、段々と自分がリセットされていくんだ」

 かつてイニエスタは、そう語っていた。本当に、彼はサッカーの神の化身だったのかもしれない。

「サッカーはすばらしいギフトだよ。贈り物に対しては、何かを返さなければならない。その使命感はあるけど、緊張はしないよ。なぜなら、多くの試合を積み重ねてきて、自分がわくわくしていなければいいプレーはできないと確信しているから。僕はピッチで自分を解き放つだけ。自分はどこまで行っても自分でしかないから」

 その彼がスパイクを脱ぐ。ひとつの時代の終焉である。しかし、彼が遺したものは何らかの形で受け継がれるだろう。

「ドン」

 イニエスタに与えられた敬称である。

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  • この記事の中でのグアルディオラとシャビの会話のエピソード好き。バロンドールこそ取ってないけどマジで伝説に相応しい世界最高の選手だったわ!何回も鳥肌をありがとうでしかない!
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