ウクライナ戦争ドローン最前線を「新しい中世」という視点から解き明かしてみる【前編】

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2024年10月25日 07:30  週プレNEWS

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砲弾を搭載して飛ぶドローン


ウクライナ戦争開始から、最前線で無数の戦車と装甲車、そして陣地を破壊、さらに兵士を無力化するドローン。慶応大学SFC研究所上席所員・部谷直亮氏は、そのドローン最前線をこう表現する。

「国際政治学には将来の国際秩序のモデルの一つとして『新しい中世』という概念があります。この議論で想定されていた秩序だけでなく、戦争における産業も手段も、デジタルによって"新しい中世化"していると私は見ています」

「新しい中世」とは何なのか――。技術解説に、ハッカーで防衛技術コンサル会社技術顧問、現代戦研究会幹事を務め、国内外でドローンやAIなどを使った課題解決の実績がある量産型カスタム師を招き、部谷氏とともに解き明かしを試みる。

*  *  *

民生用ドローンを多用する現代戦争。それが『新しい中世』と表現されるのは、一体どういうことなのだろうか。

「いままだ移行途中ですが、155mm榴弾砲(りゅうだんほう)などは、中小企業や個人が作るのは不可能です。大企業でしか作れません。

しかし、ドローン戦においては違います。私はよく軍事転用される民生用ドローン(以降、ドローン)を『火縄銃』に例えるのですが、戦国時代に全ての武器を火縄銃にしたって、合戦に勝てるわけありません。でも、火縄銃がなかったら負ける。これまでの防衛企業が作る兵器は必要ですが、他方でドローンも欠かせない、ドローンなしには戦争が出来ないのが現状だと思っています。

このように軍事産業を担う大企業だけでは立ち行かない時代に、在来兵器とその技術はまるで白亜紀の巨大恐竜や第二次大戦末期の戦艦のような進化の袋小路のようになっている感があります。コストを増やしても性能は上がらず、新しい時代の戦争の道具に対応することもできない」(部谷氏)

次に、「ウクライナ軍の防御」の面からドローン戦の最前線を見てみる。

「ウクライナ軍は、市販の民生用ドローンで戦い出しました。僕は日本と海外のドローンの仕様の差を身をもって知っていたので、どう改造すればどのくらい飛ぶかは分かってました。

最前線では、ドローンの電波を検出して辿られると、操縦者付近にミサイルが着弾すると聞いています。ドローンを操縦する時に発出される電波が検知されている。実際に最前線を取材しているカメラマンから話を聞いて、これはもう電波を使った戦いになっていると理解しました。

特に今年に入って、ウクライナの最前線では、『スマホを機内モードにしろ』と同行する兵士から言われたそうです。これでさらに理解が深まりました。スマホを機内モードにすると電波を発しない。ドローンやスマホ、無線機にしても、電波を検知し合う電波戦になっているとも言えます」(量産型カスタム師)

その証として、「SDR(Software Defined Radioの略)/スペクトラムアナライザー、通称スペアナ」がある。軍用小銃や弾倉とともに、ウクライナ兵の標準携帯装備になっている必需品のひとつだ。これがドローン戦には、欠かせないものになっているという。

「スペアナは、簡単に言うと様々な機器の電波を計測する装置で、電波の強弱からおよその発信源を探知する事も可能です」(量産型カスタム師)

戦地にいるウクライナ兵は、スペアナに接続されたアンテナを上空にかざしてドローンを見つけようとする。

「まずスペアナに接続されたアンテナで電波の発生源の方向を特定します。指向性アンテナを上空に向けると電波の強弱からドローンが来ている方向が分かります。そこからおよその距離を算出することも出来ます」(量産型カスタム師)

兵士はドローンを目視で発見する以前に、身を隠したり、撃墜するなどの対抗措置を取れる。

「例えば、自軍が『今日のFPVドローンはこの周波数で使うからね』と情報共有して電波を計測する、敵の裏をかいて、この流れが上手く行けば、敵味方のドローンを分別する事も可能でしょう」(量産型カスタム師)

スペアナは、うまく活用すれば戦闘機に搭載されているIFF敵味方識別装置にもなる。電波戦でこれほど頼れる味方はいない。

「スペアナは、最低限の無線の知識と半田付けが出来れば数万円で自作や個人で開発が可能で、安価なキットも流通していたり、3Dプリンタでケースやグリップのついた外装を作ったりしてるのも見掛けます。ソフトウェアに関してもOSからオープンソースで開発されいて、中には至近距離で妨害電波を出すことができたり、電子キーや簡易的なGPSスプーフィング機能など、電波を計測するだけに留まらないモノもあったりして、良くも悪くも改良され続けています。

ただ、やはりグレーというか...いわゆるアンダーグラウンドなモノなので、大手企業がコレを出せるか?というとコンプラの観点からも恐らく無理でしょうね」(量産型カスタム師)

個人が低価格で自作、開発でき、諸般の事情で大企業が手を出せない......この辺りが「新しい中世」でもある一つの証かも知れない。

スペアナによって敵ドローンを発見した後、対抗手段を打つにもスペアナが活躍する。

スペアナによってドローンの電波が検出されると、周辺を飛行する観測用ドローンやデジタルカメラなどで監視するシステムや兵士に伝えられ、ドローンを捉えた場合には、そのカメラ映像からウ軍のAIが瞬時に、ドローンを検知する事で迅速に対処行動に移れる。

「敵のドローンなどを独自学習させたオープンソースAI物体検出を使うと、ドローンを検知して大砲を発射するまで、だいたい最短で数十秒から数分と言われています。意思決定速度はかなり速いものだと思います。

一方のロシア軍はAIをそこまで使えておらず、基本的にウクライナ軍のAIの処理速度の方が速いので、意思決定速度の速さはまだ追いつかれていないと思います」(部谷氏)

最前線の動画では、ジャベリン対戦車ミサイルでドローンを撃墜している場面を見たことがある。FPVが一機あたり約8万円、ジャベリンは一発20万ドル(約3000万円)、費用対効果があまりにも違い過ぎる。これが、敵の自爆ドローンをドローンで激突撃墜する一番の理由なのだろうか?

「それもありますが、ドローンの安さに加えて入手しやすさ、それから軽さが重宝される理由だと思います。

ジャベリンはシステム全体で24.3kg。あるウクライナ軍の女性指揮官が、対戦車ミサイル部隊から、自爆FPVドローン部隊にチェンジした理由のひとつは、ドローンの安さもさることながら、軽さだと言ってましたね。ドローンは操縦さえ習得すれば非力な女性でも簡単に扱える。

もうひとつ、『何よりも大事なのは、ドローンは民生品です』とウクライナ軍の現地部隊の人が言っています。

ジャベリンは米国の巨大軍事産業の工場で作って、最前線まで来るのに時間がかかります。しかし、このFPVドローンであれば個人宅だけでなく、下手したら最前線の現場で作れてしまう手軽さがあります」(部谷氏)

安さ、手軽さ、軽さが自作FPV自爆ドローンの強みなのかも知れない。

「デジタルの世界では、いわゆる『技術の民主化』が既に起きています。

FPVドローンの組み立て方はマニュアル化され、弾薬を取り付ける為のパーツや不足したスペアパーツなどはCADデータを共有する事で3Dプリンターで出力する事が可能です。このように個人単位でも、FPV自爆ドローンは作れます。あとは、前線で任意の弾薬(爆薬)を取り付けて出撃。この流れの中で防衛企業が関わるのは出撃前に取り付ける弾薬だけです。しかし弾薬不足の影響もあり、弾薬すら3Dプリンターなどを駆使して自作している様子がSNSなどで確認できます。

さらに最近では、ウクライナ近隣のEU加盟国にはドローン戦に特化した個人装備品の小規模ネット通販ショップもあって、そこではカスタムされた市販のドローンやスペアナなどが販売されています。これら含めて、新しい中世と言うのはピッタリな表現だと思います」(量産型カスタム師)

ウクライナの戦場が「新しい中世」であることは分かった。しかし、FPVドローンが簡単に作れても、それを飛ばすスキルを持ったドローンパイロットたちが必要となる。彼らはどんな人々なのか。

■「新しい中世」の騎士・FPVドローンパイロット

最前線の動画では、FPVゴーグルを付けたドローンパイロットたちが塹壕からドローンを飛ばして戦っている。

「いまは基本的に、地下壕や頑丈な建物の中からお互いに身を隠しながら操縦してますね」(部谷氏)

今のウクライナ戦争は、そのドローンパイロットたちがいないと始まらない。そのドローンパイロットたちが隠れる地下壕は、最前線のどの辺りにあるのか。

「ウクライナ軍で使われている自作FPVの飛行距離は標準で約5km程度と言われていますが、ウクライナ軍、ロシア軍もさらに飛行距離を伸ばす為に電波の中継などをして、時には20〜30kmまで延伸しています」(部谷氏)

飛ばすドローンによって、最前線から3〜30kmの地下壕にドローンパイロットはいる。そしてウクライナ軍のドローンパイロットたちが、VAPE(様々なフレーバーのリキッドを加熱して水蒸気を吸う電子タバコの一種)を吸ったり、エナジードリンクを飲みながらFPV自爆ドローンを操縦する姿もSNSに投稿されている。

「現在のウクライナ軍のFPV自爆ドローンパイロットの多くが、ドローンレーサーや空撮を仕事とするパイロットなどのドローン愛好家ではなく、FPS(主に戦争をテーマにした一人称視点で行うシューティングゲーム)をこよなく愛するゲーマーだという事は話に聞いていますし、今では報道もされています。恐らくゲーマー文化が入って来ているのでゲームもプロモーションやeスポーツの大会では、お約束のようにエナジードリンクがスポンサーに付いていたりします。彼らにとってはビールよりもエナジードリンクなんでしょう。日本では売ってませんが、欧米のゲーマー向けのエナジードリンクには目に優しい成分が入っていたり、FPVゴーグルでドローンを操縦すると目が疲れるので重なる部分があるんでしょう」(カスタム師)

そんな新感覚のドローンパイロットたちが、高高度を飛行する"ロシア軍の自爆ドローン"を撃墜させて、味方兵士たちを守る。その激突撃墜は技量が高くないとできないのだろうか。

「難易度は高いです。量産型カスタム師さんが、ロシア軍の偵察ドローンを200〜300機撃墜しているパイロットが書いたマニュアルを見つけて、それによると、偵察用ドローンを撃墜するのに最適なタイミングは、偵察ドローンがグルグルと円を描いて旋回して偵察している時だと。その時のパターンが読み易いとありました。

それに対して、自爆型固定翼ドローンは基本的には旋回せずに高高度で直線的な動きをしているので、それを捉えてアタックするのは難しいとありました」(部谷氏)

「具体的には、高高度を飛行する自爆型固定翼ドローンを落したり、ヘリにも激突して破損させています。そこまで行くと独自のテクニックが必要です。ただ、そのテクニックが最近はマニュアルされているのも確認しています。

それから、スマホやPCで操作する実際の戦場が反映されたリアルなドローン戦用シミュレーターがリリースされています。実際にやってみるとヘリを攻撃するステージもあって、『こういう状態の時にココを狙え』というマニュアル通りにやると本当に当たります。シミュレーターとはいえ、かなりリアルなので詳細は伏せますが、コツを掴めばヘリの胴体が大きいので命中させ易いと感じました。これら内容からしても従来のドローンの用途やパイロットに求められるスキルも違いすぎるので、実際のドローン操縦の経験や知識よりもゲームでいうところの攻略とか裏技のような敵に勝ためのスキルが勝るのが実感できますね」(量産型カスタム師)

ゲームのシミュレーターで訓練と、戦争にすっかりデジタルが入り混じり、まさに「新しい中世」だ。

「多分、彼らは楽しさと面白さ、そして、やりがいも感じていますよ。クレフェルトは『同じ人間が戦争に対する嫌悪と歓喜をほとんど同時にもてる』と喝破しましたが、おそらくその後者をより強く感じている印象を受けます。まさに中世の戦争のように」(部谷氏)

「そうですね。そのシミュレーターには敵を攻撃した時の音楽や無線の音声が、思いっきり入っています。

いまはそれがスマホでも出来てしまうところまで来てます。だから、場所問わずシミュレーターで試して実戦で先駆者的な実験ができて、うまくいけば自分の技術に対する欲も満たせるんじゃないかと思います」(量産型カスタム師)

そんなドローンパイロットの給料は高額なのだろうか。

「そこはわかりませんが、ドローンパイロットの人達を見ていると、お金というより義侠心や半分趣味でやっている人もいるようです。でも自由さを欲するあまり、軍に所属しないフリーのパイロットもいると聞いてます」(部谷氏)

戦闘機パイロット傭兵の伝説的漫画『エリア88』を完璧に越えた。

「恐らく、軍に正式に所属すると色々と規則があるので、バイトの様な感覚で傭兵みたいな事をやっても、自由さがあり、自分の腕が試せるという感じでしょうかね。

『俺は契約するけど、軍人にはならんぞ』というパイロットがいると聞いてます」(量産型カスタム師)

「新しい中世」のフリーランス(自由槍)の騎士たちだ。彼らは自由を好むのか......。

「eスポーツと言ったらいいんですかね。または、スケボーなどのエクストリームスポーツに近いんですかね」(部谷氏)

「恐らくスリルを味わう。それによって、アドレナリンが出る。ゲームも一緒なんですけど、そういった特定の界隈の若い世代の持つ独特な感覚的な部分だと思います」(量産型カスタム師)

そのドローンパイロットたちがいないと、今、ウクライナ軍もロシア軍も最前線で戦えない。そんな彼らをどのようにスカウトして集めて来るのだろうか。

「私の意見としては、スカウトするより教えを乞う、そんな所からじゃないですかね。たぶん、どこかに所属しようとは思わないと思うんですよね。量産型カスタム師さんから聞いたんですけど、スケボーなんかは本当に凄いスター選手はオリンピックを目指さないそうなので(笑)。

だから、スカウトするというより雰囲気作りをして、仲の良いグループから人材をプールしつつ、対等な対話をして付き合い方やリスペクトの方法を学ぶ。まずは上手くコミュニティーとして、繋がっておくということでしょうね」(部谷氏)

その昔、繁華街の流行っているゲーセンのヤリ手の店長を取材した事がある。その店長の客の増やし方は、上手い客がいると、「上手いねー。来てるお客さんの中で一番上手いわ」と近づいて、そのお客さんとしゃべれたら「教えてくれますか?」と常連客に引きずり込むと言っていた。

「それでしょうね。まずは褒めて教えを乞う。エラそうに上から行かない感じが必要でしょうね。彼らのような若い独特の人種と交流するには権威主義やパワハラなんてご法度です。もっとも鉄拳制裁なんてしたら即座に返り討ちに合う可能性もありそうですし(笑)」(量産型カスタム師)

この「新しい中世」の中で戦う新感覚の騎士・ドローンパイロットがどう戦うのか――。続く後編では、ウクライナ軍が成功させたクルスク奇襲、ここでドローンパイロットがどのように活躍したのかを明らかにしてみる。

●部谷直亮

●量産型カスタム師

取材・文/小峯隆生 写真/Shutterstock.com

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