【新連載】
松井大輔「稀代のドリブラー完全解剖」
第3回:ラミン・ヤマル
バルセロナのラミン・ヤマル(17歳)は、2024年のサッカーシーンにおいて最も世界に驚きを与えた選手と言っていいだろう。
今夏のユーロ2024でスペイン代表の主軸として通算4度目の優勝に大きく貢献し、大会の最優秀若手選手賞を受賞。所属のバルセロナでは、2023−24シーズンにリーグ戦37試合5得点を記録すると、今シーズンはそれを上回るペースでゴールを量産するなど存在感が倍増。プレーヤーとしての進化も止まらない。
今年の『ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ』の男子最優秀選手賞候補11人の中に、17歳の神童が堂々とノミネートされているのも当然だ。
15歳にしてラ・リーガでトップデビューを飾ったヤマルは、これまで数々の最年少記録を塗り替え、そのペースはバルセロナの大先輩リオネル・メッシをしのぐ。まさにサッカー史上最速で世界のトップ・オブ・トップに駆け上がったわけだが、そのヤマルの最大の武器となっているのが、相手を翻弄するドリブルだ。
|
|
10代にして世界を席巻するヤマルのドリブルは、なぜ止められないのか──。そのテクニックについて、現在横浜FCフットボールアカデミーサッカースクールのコーチとして『対人強化クラス』を担当する元日本代表の松井大輔氏が解説してくれた。
※ ※ ※ ※ ※
「ヤマルのドリブルは、主にふたつの高度なテクニックがベースとなっています。
まずひとつは、スピードと緩急の使い分けによって相手を抜き去るテクニックです。現代サッカーのウイングは、スピードがなければ務まらないとされていますが、ヤマルもその条件を持ち合わせているうえ、緩急のつけ方もうまい。
スピードに乗った時はストライドが大きく、ボールも体から離れますが、相手との間合いが正確に取れているので、対峙する相手と競り合いになった時でも緩急をつけることで相手を振りきることができています。主に対峙する相手の背後にスペースがある時によく見せるドリブルで、自分から相手に向かって仕掛けていくパターンです。
|
|
【小学生の僕も公園でその感覚を学んだ】
そしてもうひとつが、スペースが少ない場所でドリブル突破を図る場合によく見せる、いわゆる『後出しじゃんけん』のパターン。これはメッシのドリブルでも説明したドリブルテクニックですが、ヤマルもそれを得意としています。
この場合は、細かいステップでボールを体から離れない場所に置いて、ボディフェイントなどを使いながら相手に食いつかせ、その逆を取って抜き去るというテクニックです。理論的には、相手の出した足の逆、または相手の重心の逆に抜いていくのが基本ですが、実際はもっと感覚的にそれができるようにならないと、トップレベルでは通用しません。
ヤマルの少年期の映像を見るとよくわかりますが、小さい頃からその感覚を磨いていたからこそできるテクニックと言っていいでしょう。僕の場合も小学生時代から公園などで1対1の練習をすることで、その感覚を学びました」
スペースがある時とない時を見極めたうえで、スピードに乗ってドリブル突破もできれば、メッシのように狭い場所でも相手の逆を取りながら抜き去ることができる。そういう意味で、ヤマルは「ハイブリットなドリブラー」と言えるのかもしれない。
松井氏曰く、そんなヤマルのドリブルをさらに厄介なものにしている大事なポイントがあるという。
|
|
「最近のウイングは、ただ足が速いとか、ドリブルがうまいだけでは通用しなくなってきました。クロスもうまくなければいけませんし、カットインしてからのパスやシュートの技術も高くないと、トップレベルの試合では簡単に止められてしまいます。
そういう点で、今シーズンのヤマルを見ていると単なるドリブラーではなく、高度なパスも出せるし、シュートのうまさも際立っている。トップレベルの試合に慣れてきたことで、おそらく子どもの頃にできていたことができるようになってきたのだと思います。
特に相手のペナルティエリア付近にドリブルで入っていった時、ヤマルには高精度のシュートもあるので、相手は間合いを詰めなければゴールを決められてしまいます。そうなると、先ほど話した『後出しじゃんけん』のドリブルテクニックの威力が増すわけです。
【ヤマルのテクニックを習得するには?】
ドリブラーにとって、相手が食いついてくれるほどありがたいことはありません。相手が寄せてきたら、自分からフェイントを仕掛けて相手の重心を傾け、その逆を突けばいいだですから。単に向かってくる人を避けるだけ、という感覚です。
メッシもそうですが、ヤマルには高度なシュート技術があるからこそ、相手はさらに止めにくくなってしまうのです」
松井氏が指摘したように、たしかに今シーズンのヤマルは昨シーズンと比べて、プレーの幅を広げた印象がある。それによって、特に中央エリアでボールを持った時は、ドリブル突破なのか、シュートなのか、スルーパスなのか、相手にとっては次のプレー選択が読みにくくなっていることは間違いないだろう。
では、ヤマルのようなドリブルテクニックを身につけるためには、何が必要なのか。最後に、指導者目線で松井氏に説明してもらった。
「試合中にサイドエリアでボールを持った時は、自分から仕掛けていかなければならないシーンが多いので、おおよそ相手の2歩手前くらいからスピードアップして右か左を抜き去りますが、その前にフェイントを入れることが大事になります。
もちろん足が速ければスピード勝負もありですが、そこまでのスピードがないなら、抜く前のフェイントの技術と、フェイトを入れるタイミングとその間合いを、練習で身につける必要があります。
それとスペースが狭い中で抜き去る場合は、ボールの置き場所と自分の間合いを身につけることから始めるべきでしょう。どこにボールを置けば相手に取られないのか、1対1を繰り返してその場所と間合いを感覚として掴むこと。その次に、フェイントを入れて相手に食いつかせたうえで、その逆を突破する感覚を習得するといいと思います」
(第4回につづく)
【profile】
松井大輔(まつい・だいすけ)
1981年5月11日生まれ、京都府京都市出身。2000年に鹿児島実業高から京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に加入。その後、ル・マン→サンテティエンヌ→グルノーブル→トム・トムスク→グルノーブル→ディジョン→スラヴィア・ソフィア→レヒア・グダニスク→ジュビロ磐田→オドラ・オポーレ→横浜FC→サイゴンFC→Y.S.C.C.横浜でプレーし、2024年2月に現役引退を発表。現在はFリーグ理事長、横浜FCスクールコーチ、浦和レッズアカデミーロールモデルコーチを務めている。日本代表31試合1得点。2004年アテネ五輪、2010年南アフリカW杯出場。ポジション=MF。身長175cm、体重66kg。