短期決戦のトーナメントを制するうえで、ラッキーボーイの出現は重要な要素だ。
その意味において、前橋育英は理想的な勝利を手にしたと言えるのではないだろうか。
全国高校サッカー選手権大会準決勝。前橋育英は東福岡に0−1とリードを許し、前半を終えていた。
東福岡は今大会無失点と、強固な守備を特長とするチーム。そんな相手に先制を許したことは、前橋育英にとっては致命的と言っていいほどの不利となるはずだった。
ところが、後半開始早々、ふたりのラッキーボーイによって電光石火の逆転劇が演じられる。
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まず口火をきったのは、背番号15の佐藤耕太だ。
48分、ハイプレスで自ら敵陣でボールを奪った佐藤は、相手DFに体を寄せられながらも粘り強くペナルティエリア内までボールを持ち込むと、最後は混戦のなかで左足を小さくひと振り。ボールは相手GKの右肩口を抜け、ゴールネットを揺らした。
「相手のGKとDFの(互いに譲り合う)ミスもあったが、ゴール前だったので(ボールを)突けば入るかなと思って。チョンとやったら入ったのでよかった」
それでもまだ同点。試合はどうなるかわからなかったが、この1点で「相手が崩れたのが大きかった。向こうは(それまで)無失点だったので、ちょっと動揺があった」とは佐藤。浮足立つ東福岡のスキを見逃さなかった。
同点ゴールからわずか6分後の54分、オノノジュ慶吏が左サイドでキープしたボールをペナルティエリア内で待つ佐藤へ送ると、寄せが甘くなった東福岡の守備を見透かしたように、佐藤はすぐさまシュート。右足から放たれたボールはゴール右ポストに当たり、インゴールに飛び込んだ。
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「ターンして前向いたときに相手(の寄せ)が遅くて、力を抜いて振りきったらいい感じでポストに飛んで入った」
そう振り返り、2ゴールに笑顔を見せた佐藤だったが、今大会で前橋育英の攻撃をけん引してきたのは、ともに2トップを組むオノノジュだった。
準々決勝までの4試合を振り返ると、オノノジュがそのうちの3試合で計4ゴールを決めていたのに対し、佐藤は1回戦での1ゴールのみ。エースストライカーの陰に隠れていた第2の男は、しかし、準決勝の大舞台、それも相手に先制を許す苦しい状況でチームを救った。殊勲のヒーローが力強く語る。
「ここまでは慶吏に頼ってばかりだったので、次の試合も自分がもっと頼りになる存在になって勝ちたい」
そして締めくくりは、後半開始から途中出場していた背番号7、白井誠也である。
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身長161cmの小兵には似つかわしくないほどの力強いドリブルを再三見せた白井に、この試合最大の見せ場がやってきたのは、58分のことだ。
自陣ペナルティエリア手前で自ら相手ボールを奪った白井は、そこからロングドリブルを開始。小さな体が後方から相手選手に手をかけられながらもグイグイと前進していく様に、3万人以上の観衆で埋まったスタンドは沸いた。
白井は敵陣までボールを運び、右サイドを駆け上がってきたオノノジュにパスを送ると、自らも足を止めずにゴール前へダッシュ。最後はオノノジュからマイナスの折り返しを受け、シュートをうまくゴール左スミに流し込んだ。
丸刈り頭の小さなヒーローが振り返る。
「ちょっとファール気味だったので倒れるか迷ったが、そこで耐えていければゴールにつながるかなと思ったので、そこで踏ん張ってドリブルできたのでよかった。自分でドリブル突破していったので、(オノノジュから)ボールが来たら決めてやろうという気持ちで待っていた」
自身の今大会初ゴールが、国立競技場という大舞台での値千金の一発。白井は「ずっと得点は狙っていたので、それが国立の場(でできた)というのでうれしい気持ちでいっぱい」と語り、あどけなさの残る顔をほころばせた。
準決勝で新たなヒーローが誕生した一方で、今大会注目のオノノジュはノーゴール。前橋育英を率いる山田耕介監督は、冗談めかして「(準々決勝から中6日だったのに)慶吏はパフォーマンスがよくなかった」と話していたが、それでもオノノジュは左右両サイドでチャンスメイクし、2アシストを記録しているのだから、ふたりのラッキーボーイの誕生は、エースストライカーの支えがあってこそ。
指揮官は辛口評価だったが、チームは最高の状態で決勝へ駒を進めたと言ってもいいだろう。
過去に選手権優勝の実績がある前橋育英も、これが国立での初勝利。旧・国立競技場では準決勝を戦うも勝利に縁がなく、これまでの準決勝、決勝での勝利は、すべて埼玉スタジアム開催時のものだったからだ。
前橋育英が国立で勝っていなかったことを「知っていた」という佐藤は、「国立1勝目に貢献できて本当によかった」と笑った。
新たな歴史を刻んだ前橋育英は、7年ぶり2回目の優勝を果たすべく決勝へと挑む。
頂上決戦の相手は、奇しくも7年前に初優勝を手にしたときと同じ、流通経済大柏である。