力が目覚めない凛…父は自身の“死の予言”を告げる 歴史ファンタジー小説『冥界転生』【試し読み第2回】

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2025年02月26日 07:01  ORICON NEWS

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歴史ファンタジー小説『冥界転生』
 最強の陰陽師の血を引く女子高生・明智凛。彼女の顔に現れた不思議なあざの謎が、やがて日本の政界を揺るがす大事件へと発展。内閣支持率が史上最低を記録する中、総理大臣の体を乗っ取った平清盛が独裁への道を突き進み、毎回から歴史上の人物を次々と呼び寄せていく――。

【画像】この“不思議なあざ”は…!歴史ファンタジー小説『冥界転生』書影

 17万部突破で映画化もされた小説『もしも徳川家康が総理大臣になったら』などで知られる著者・眞邊明人氏が放つ、歴史ファンタジー小説『冥界転生』の試し読み第2回。

 凛の顔に浮かぶ不思議なあざは、伝説の「さらら姫」の再来を示すものだと父は言う。明知家に伝わる陰陽師の力がまだ目覚めない凛に、父は自身の死の予言を告げる。一方、支持率低迷に苦しむ総理大臣のもとに、冥界から平清盛が姿を現し……。

【第2回本文】
「新しい力の発現はあったか」

凛はもう一度首を横に振った。

「特には」

「凛の年ごろには、父さんは悪鬼の方角が見えるようになったのにな」

“悪鬼の方角が見える”とは、災害や突発的な事故が起きる方角を読む力で、陰陽師としての基礎的な能力の一つだ。

「いまだ発現しないのは、なにか理由でもあるのか……」

父のつぶやきに凛が答えることはなかった。明知家は代々、一人しか子をもうけておらず父の光太郎も祖父も一人っ子だ。それが明知家の力を継承するための定めだからだ。それだけに唯一の継承者である凛の能力が発現しないのは、由々しき問題だった。

「凛」

父は凛の前に座った。

「言っておかなければならないことがある」

「なんでしょうか」

凛の他人行儀な言葉に、父はその秀麗な横顔を少しだけ歪めた。

「父さんは夢を見た」

「夢?」

「命を落とす夢だ」

不吉な夢は逆夢と言い、吉夢であるとも言われる。たかが夢ではないかと思う向きもあるだろうが、明知家において夢は予知夢であり重要な意味を持つ。

「いつかはわからない。しかし、いずれ……いや近いうちに死ぬことになる。その意味を考えている」

父が死ぬ。とてもではないが現実的に感じられない。だが父は母の死をも予言した。凛は胸が苦しくなり言葉が出なかった。

「父さんは明知家の当主として、国の役に立つ人間になると決めた。だから反対を押しきって政治家の道を歩んでいる」

祖父の明知康次郎は一貫して、明知家の当主は神社の守護に徹することを是としていた。世が乱れれば好むと好まざるとにかかわらず、明知家は役割を果たすことになる。なにもなければ静かに社(やしろ)と血筋を守ればいい、という考えだった。しかし光太郎は運命に身を委ねるだけの考え方に反発し、大学卒業後、官僚の道を経て政治家になった。

「凛の痣(あざ)は、さらら姫につながるものだろう。だとすると、この世に乱れが起こり、父さんは国のために死ぬことになる。それは本望だ。ただ気がかりなのは、凛がさらら姫の復活の鍵を握りながら、その役目を果たせなかったときの……」

「お父さん」

凛は父の言葉を遮った。

「そんな不吉なこと言うの、やめてください」

母の死も、まだ受け入れられていない。明知家に嫁いだ母は身内との縁を切っていたので、凛は母方の親族も知らない。今の凛には、父が唯一の身内なのだ。その父まで失ったらどうしたらいいのか。

凛は父のことが嫌いではない。おそらく世間一般の娘に比べれば尊敬しているほうだろう。ただ父は、明知という家にあまりに縛られ過ぎているとも感じている。家や国といった抽象度が高いものの存在が、父を凛から遠ざけているのだ。凛の言葉に込められた拒絶の意思に、父は少し戸惑ったようで、話題を変えた。

「では今日はここまで。遅くなりそうだから夕食は済ませて帰る。もしなにかあれば斎藤さんに連絡を取ってくれ」

「わかりました」

私設秘書の斎藤は、まだ三十代前半の女性である。父と娘だけになった明知家を、なにかと助けてくれている。

「最近、学校の話を聞かないが、困ったことはないか」

「特にありません」

凛は首を横に振った。それがまったくの嘘だと父は気づいていないし、今後も気づくことはないだろう。予知夢の話は凛の心に重くのしかかったが、どうすることもできない自分の無力さに、ただ塞ぎ込むしかなかった。


寝苦しい夜であった。

第百二代内閣総理大臣・板垣清次郎は、首相官邸の寝室で高熱にうなされていた。風邪を引いたまま地方への視察を強行したことが原因かもしれない。

板垣は今年で総理二期目を迎えている。五十四歳。熱狂のなか圧倒的多数の与党・民政党の若きリーダーとして就任したのが昨日のことのようだ。貴族的で優しげなルックスと長身、政治の世界に似つかわしくないタレント性が国民の期待を押し上げた。

しかし、わずか二年で世間の評価は一変する。長引く不況、激しさを増すヨーロッパの国家間紛争と、中国、北朝鮮の軍事的圧力。すべてが板垣の双肩に重くのしかかり、国民の不満を抑えきれない状態にある。

高熱で意識が朦朧とするなか、板垣の五感が動いた。何者かが部屋にいる。

「陽子か」

板垣は低く、声を発した。妻の陽子は白金の私邸にいるはずだ。いや、秘書官から発熱の連絡を受け、心配して来たのかもしれない。思いを巡らせる最中に暗闇から返ってきた言葉は、想定外のものだった。

「起きられよ」

陰鬱でしゃがれた男の声が聞こえた。板垣の心臓が大きな音を立てた。一気に意識が覚醒する。自分を恨む者が侵入したのかもしれない。跳ね起きて声をあげようとしたが、どうしたものか金縛りにあったように体が動かない。

「心配するでない。わしはおぬしを害す者ではない。気を静め、そろりと体を起こすがよい」

男の声は穏やかだが不思議な威厳があり、板垣は言われるがまま静かに体を起こした。舌の根は緊張で膨張し、喉の奥を圧迫している。暗闇に目を凝らすと、異形の者がいた。髪を剃り袈裟(けさ)を纏っているため僧侶のようだが、妖しげに光る鋭い目は赤い。真っ赤な唇がぬめぬめとしており、肌は浅黒く闇に溶け込んでいる。体は大きくないが、分厚い胸板が威圧的だ。

「わしは平清盛と申す者」

異形の者は闇の中で名乗った。

「冥界から地上に参った」

荒唐無稽なことを言っている。平清盛は平安時代の人物だ。天皇家を取り込んで初めて武家政権を樹立し、その一族は栄華を極めた。やがて彼が追い落とした源頼朝を棟梁とする、源氏及び東国武士団に滅ぼされた。歴史に詳しくなくとも、日本人なら耳にしたことがある偉人だろう。気でも触れているのだろうか。それにしては、この異形の者には人の心を掴む不思議なオーラがある。

「わしはおぬしを助けに来た」

清盛を名乗る男はしゃがれた声で板垣に語りかけてきた。危害を加える様子ではないため、板垣は少しずつ冷静さを取り戻している。

「私を、助けに?」

驚くほど静かな声が出た。助けを呼ぶ考えは浮かばなかった。目の前の異形の者に惹き込まれている自分自身を、まるで他人事のように俯瞰している感覚。板垣は自分の精神の動きが静止したかのような感覚をおぼえていた。

「お前は呪われておる」

異形の者は厳かな口調で言う。目が慣れてくるにつれ、その容貌の詳細が掴めてきた。跳ね上がった猛々しい眉と、その下の鋭い目、思いのほか面長である。鼻下の無精髭が精悍さを醸(かも)し、僧侶というより武将と呼ぶにふさわしい。男は静かに板垣に語りかけた。

「この国を治める者でありながら、民に憎まれておる。それは、お前を陥れる者の呪術のせいじゃ」

男の言葉に板垣は眉を寄せた。体に籠もった熱が徐々に板垣の脳を熱していく。

「呪術……」

「その昔わしもお前と同じく、民や同胞の憎しみを一身に受けた。わしを陥れようとする、頼朝に取り入った陰陽師の仕業であった。人の憎しみを浴び続ければ、やがて気を病み体まで蝕(むしば)まれてゆく。わしは業火に焼かれるが如く体から熱を発し、命を落とした。わしを倒した頼朝は平家を皆殺しにし、国を掠め取りよった。卑劣な男じゃ」

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