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「歴史が長いがゆえに、お客さまの使い勝手から離れていたところがあった」――。JCBはポイントサービスである「Oki Dokiポイント」を、2026年1月に「J-POINT」へとリニューアルする。このリニューアルの理由として、JCBイシュイング本部カードサービスグループの石谷佳昭次長が語ったのが、冒頭の言葉である。
JCBは1981年、クレジットカード業界で初となるポイントサービス「JOYJOYプレゼント」を立ち上げた。カード利用1回につき1点、さらに利用金額1万円ごとに1点の応募シールが、カードの利用明細書に印刷され、それを台紙に貼って応募する仕組みだった。交換商品には、当時流行していた「ウォークマン」などがあり、時代を映す先進的なサービスとして注目された。
そこから数えれば、実に44年という歴史を誇る老舗中の老舗ポイントサービスである。しかし、この長い歴史の中でポイント制度が複雑化し、理解しづらいものになってしまったことが、今回の大胆なリニューアルを決断させる要因となった。
44年という歴史の重みがある一方、それが原因で徐々に複雑化してしまったという現実。この状況を打開するため、JCBは2026年1月に向けて、抜本的な変革に乗り出したのである。
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●ポイント経済圏、3つの時代
J-POINTへのリニューアルについて理解するには、ポイント経済圏の歴史を振り返ると分かりやすい。消費者の行動の変化と技術の進歩が、ポイント経済圏の歴史を3つの時代に分ける鍵となっている。
・カタログギフト型の時代(1980年代〜2000年代前半)
最初は「カタログギフト型の時代」だ。JCBの「JOYJOYプレゼント」に象徴されるように、ポイントはカードごとに閉じた世界で、分厚いカタログから商品を選んで交換するのが主流だった。利用者は明細書に印刷された応募シールを丁寧に台紙に貼り、郵送で応募する。当時としては画期的なサービスだったが、今思えばかなり手間のかかる仕組みだった。
この時代のポイントは、あくまで「おまけ」の位置付けだった。カード会社が顧客向けに提供する特典であり、ポイント自体が経済活動の中心になることはなかった。
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・ECでの直接利用の時代(2000年代〜2010年代前半)
転機となったのが、共通ポイントの登場である。2003年にTポイントが登場し、複数の企業が相乗りする共通ポイントという概念が生まれた。ポイントは単なる顧客サービスを超え、マーケティングツールとしても活用される時代になった。
そして、この分野で圧倒的な成功を収めたのが楽天だった。楽天は強力なECモールとクレジットカードのポイントを組み合わせることで、「独自の経済圏」を作り上げたのである。
従来のカタログギフト型では、集めたポイントを郵送して商品に変える必要があったが、楽天ポイントはECサイトでの支払いに直接充当できた。この利便性の差は決定的だった。楽天市場での買い物でポイントが貯まり、そのポイントで次の買い物ができる――このシンプルで分かりやすいサイクルが、楽天ポイントの隆盛につながったのである。
・スマホ決済の時代(2010年代後半〜現在)
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そして第3の時代である現在は、「スマホ決済の時代」と言える。Tポイントがプラスチックカードを中心とした仕組みで、ネットとの親和性が低かったところに、スマートフォンのコード決済が登場した。この技術革新により、ネットと実店舗の両方をまとめて経済圏に取り込むことが可能になった。
この流れを決定づけたのがPayPayポイントだ。QRコード決済の普及とともに、「ポイントを貯め、それを利用してリアル店舗で買い物する」という体験が一般化した。コンビニエンスストアから飲食店まで、日常生活のあらゆる場面でポイントが「現金と同等のもの」として機能するようになったのである。
現在、PayPayポイントは若年層を中心に最も欲しいポイントの地位を獲得している。その背景には、リアル店舗での圧倒的な使いやすさがある。
この3つの時代を通じて見えてくるのは、「ポイントの使いやすさ」が競争の核心だということだ。カタログギフト型からECでの直接利用、そしてリアル店舗へ――ポイント経済圏は、より便利で、より身近な存在へと進化し続けてきたのである。
●取り残された老舗の苦悩
Oki Dokiポイントは、初期に誕生したポイントであるがゆえに、特有の宿命を背負っていた。3つの時代の変遷を横目に見ながら、ECでそのまま使うこともリアル店舗で使うこともできない。いわば「カタログギフト型の時代」に取り残された存在だった。
しかし、ユーザーのニーズは明確だ。交換できる商品として上位を占めているのは、Amazonギフト券やJCBギフト券といった「現金同等物」である。利用者は複雑な交換手続きを経てでも、自由度の高い金券を求めているのだ。これは、ポイントの価値が「使いやすさ」にあることを如実に物語っている。
Oki Dokiポイントのさらに深刻な問題は、レートの複雑さである。基本的には1000円の利用で1ポイントが貯まる仕組みだが、交換時のレートがバラバラだった。例えば、JCBギフトカード1000円分を入手するには350ポイントが必要――これが還元率何%なのか、計算せずに分かる人がどれほどいるのだろうか。
実際の交換レートを見ると、さらに混乱は深まる。人気の高いAmazonでの利用は1ポイント=3.5円相当、キャッシュバックは1ポイント=3円相当。一方、1ポイント=5円相当として利用できるのは「福田屋商品券引換クーポン」のような特定店舗の商品に限られていた。
「分かりやすさ」からは程遠いこの状況は、ユーザーとポイントプログラムとの間に大きな壁を作っていた。44年の歴史を持つ老舗は、時代の変化から取り残され、制度の限界に直面していたのである。
●JCBが打ち出した「2つの柱」
こうした状況を打破するため、JCBは2つの柱からなる改革を打ち出した。
・1つ目の柱:ポイントの直接利用を可能に
変更の1つは、自社のコード決済サービス「MyJCB Pay」を改良し、リアル店舗での直接利用を実現したことだ。これにより、複雑な手続きを経ることなく、貯まったポイントをその場で決済に使えるようになる。
この実現のために、JCBは1ポイント=1円への統一を進めた。「1ポイント1円として、店頭で使える」が当たり前になった時代に、複雑なレート計算は致命的な弱点だった。石谷次長は「お客さまにストレスなく使っていただきたい」と語り、分かりやすさを最優先にした判断だったと説明する。
さらに、他社ポイントへの交換レートも0.7円相当に統一した。従来は交換先によって0.6円から1円ベースまでバラバラだったが、「結果的にお客さまに分かりにくくなっていた」状況を解消するため、シンプルな体系に整理した。これにより、ユーザーは迷うことなくポイントの価値を把握できるようになった。
・2つ目の柱:利用金額に応じた還元システムの刷新
もう1つの柱が、年間利用額に応じたボーナス付与システムの導入だ。この仕組みは近年、業界でもトレンド化している。
先駆けとなったのはエポスカードだった。ゴールドカード以上の特典として、年間50万円以上の利用で2500ポイント(0.5%の追加還元)、100万円以上で1万ポイント(1%の追加還元)を提供する仕組みを導入。基本還元率が0.5%のため、このボーナスの効果は大きかった。ユーザーにとっては「なんとか年間100万円使いたい」というインセンティブとなり、カード会社にとってはメインカードの地位を獲得するチャンスとなるWin-Winの仕組みだ。
この成功を受けて、三井住友カードもゴールドカードで年間100万円利用時に1万ポイントを提供。メルカード ゴールドも年間利用額50万円で2500ポイント+年会費無料、100万円で1万ポイント、200万円で2万ポイントと段階的なメリットを訴求するなど、業界全体にこの手法が広がった。
JCBも従来「JCBスターメンバーズ」として、年間利用額に応じてポイント倍率が上がるプログラムを提供していた。年間利用額が100万円でポイントが1.5倍、300万円で2倍になる仕組みだったが、これには大きな問題があった。前年の利用額に応じた翌年の倍率アップという「2年越し」の仕組みで、即効性に欠けていたからだ。さらに、「1.5倍」や「2倍」といった倍率よりも、「◯◯ポイントがもらえる」という直接的な表現の方が、ユーザーには分かりやすいという課題もあった。
そこで今回、「50万円利用ごとに翌月ボーナス付与」の「J-POINTボーナス」にリニューアルした。ゴールドカードの場合、最初の50万円利用で1000ポイント、次の50万円で2000ポイント、以降50万円ごとに2000ポイント付与し、250万円から300万円の区間では6000ポイントを付与する仕組みだ。
この変更の狙いは「せっかちなポイ活利用者」への対応だ。ポイント獲得に熱心なユーザーほど、すぐに成果を求める傾向が強い。2年越しの恩恵より、翌月に確実にもらえるボーナスの方が、はるかに魅力的なインセンティブとして機能するのである。
●見えてきた次なる課題
今回のリニューアルにより、JCBは「今風のポイントシステム」への転換を果たした。1ポイント=1円という分かりやすさと、翌月ボーナス付与という即効性は、確実にユーザー体験を向上させるだろう。しかし、課題も残されている。
・利用場所の拡大という壁
最大の課題は、コード決済サービスMyJCB Payの認知度と利用可能範囲である。MyJCB Payは共通コード(Smart Code)を採用しているため、確かに「MyJCB Payが使えます」と明示されていない店舗でも実際には利用できる。しかし、それを知らないユーザーも多いのが現実だ。
この点で参考になるのが、三井住友カードのVポイントの戦略である。VポイントPayはVisaプリペイドカード相当の仕組みを採用することで、Visa加盟店全店での利用を可能にした。ECサイトではカード番号を使った決済が可能で、Apple PayやGoogle ウォレット経由でのタッチ決済にも対応している。ポイントをいったん残高にチャージする手間はあるものの、「利用できる場所」という意味では最も広範囲をカバーしている。
・共通ポイント化という戦略選択
さらに今後の戦略のテーマとなるのが「共通ポイント化」への対応だ。ポイント経済圏の歴史を振り返ると、単独での発展には限界があることが見えてくる。
Vポイントは、ポイント還元率という点で当初から尖ったサービスを提供していたが、ユーザー間での認知度や話題性はなかなか広がらなかった。しかし2024年4月のTポイントとの統合以降、状況は一変した。メディアで取り上げられる機会が増え、ユーザーの関心も大きく高まり、統合の効果は明らかだった。
現在最も勢いのあるPayPayポイントも、外販によって成長を加速させようとしている。6月23日からは東北地方と栃木県・茨城県に約400店舗を展開しているドラッグストアチェーン「薬王堂」が「PayPayポイントアップ店」となり、PayPay以外の決済方法でもPayPayポイントの付与を始めた。PayPayからポイントを購入し、自社サービスの利用時にPayPayポイントを付与できる仕組みだ。
J-POINTは、現時点でJCBに限定されたポイントプログラムとして設計されている。他社提携によって新たな共通ポイントの1つになる可能性もあれば、JCBブランドの強みを生かした独自路線を貫くという選択肢もある。
クレジットカードにおいて、ポイントシステムはいまや決済サービスにおける大きな差別化要素となっている。年間取扱高50兆円規模を誇るJCBが提供するポイントプログラムが最新版になろうとしている今、その提携戦略次第では業界の台風の目となる可能性を秘めている。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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