ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――前回は西洋の大国であるイギリス、ドイツ、フランスについて伺いましたが、今回は帝国の狭間にある小国たちの三流国家への転落があるのかないのか、お聞きできればと思います。
佐藤 その狭間小国とは?
――日本、韓国、台湾、北朝鮮であります。
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佐藤 その中ならば、韓国が最も早く転落するでしょう。今の韓国は政治が機能していませんからね。こういう状態だと戦略的な外交が展開できません。
――新しい大統領が選ばれるたびに有罪となって捕まり、死刑になりそうになる法治国家ですよね。今回、大統領になった李大統領もすでに5件の裁判を抱えていて、最初の仕事は免責であります。この李大統領と日本の関係は大丈夫なんでしょうか?
佐藤 多分、大丈夫です。李在明大統領はアメリカのトランプ大統領との関係構築で頭が一杯で、日本との関係で何かする余裕がありません。
――なるほど。では他の国々はいかがでしょうか?
佐藤 台湾もいま、身動きが取れなくなっています。そうなると、日本の相対的な地位は上がってきます。
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――台湾はヤバいんですか?
佐藤 台湾は調子が良くないですね。アメリカが台湾に関税を課しています。それは、台湾からアメリカにサプライチェーンで輸入される商品のほとんどにかかっています。
――日本の自動車課税どころの騒ぎではないですね。
佐藤 レベルが違います。台湾の半導体も課税対象ですし、アメリカのあちらこちらに台湾製品は入っています。
――やがて台湾の半導体は、全部アメリカに行ってしまいそうですね。
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佐藤 全部ではなくても、大規模な工場の移転があってもおかしくありません。
――台湾の存在価値がなくなる......。
佐藤 そこまではいきません。いずれにせよ、いまの台湾は構造的に大変な状況なんですよ。ひと言で言うと、中国や台湾など、グローバリゼーションで疲弊した国々は大変です。日本はグローバリゼーションでは比較的、疲弊しませんでした。
――あ、それは佐藤さんがよく仰っている「英語マニュアルを導入していない」ということですね。日本のファーストフード店では「こちらでお召し上がりですか? お持ち帰りですか?」と基本、日本語だけですから。
佐藤 そうです。
――それで韓国は、今後どうなるのですか?
佐藤 それは誰にもわかりませんが、国内の対立は続きます。韓国が一体化することはないでしょう。北朝鮮が韓国との統一をあきらめたら、今度は韓国内部が分断しちゃったわけですよ。
――永遠なる対立と分断。戦いが終わらないのが半島の事情だと。北は安全と考えられますか?
佐藤 いまは安全ですね。南に手を出す気がないので。
――それはなぜですか?
佐藤 韓国と一緒になっても北朝鮮に利益がないからです。ロシアとの軍事協力も進んでいて、北の国内は非常に安寧で、独裁下で開発再生が進んでいます。1980年代のシンガポールの道を歩んでいると言えますね。
――「北シンガポール」になっていると。
佐藤 そうです。生活水準も上がっていますし、あの程度の独裁国家はアフリカ、中南米には山ほどありますからね
――その北朝鮮軍の訓練ビデオが公開されましたが、ガンマニアの自分から見ると、すさまじく兵士の射撃が上手くなっています。さらに、ドローンと地上戦を複合させた戦闘のテクニックをウクライナで学び、さらに実体験した事を実戦に採り入れています。この戦法への対応は、韓国軍では無理かと思われます。
佐藤 日本の自衛隊もできないと思いますよ。経験していませんから。あれは実際、身内である友軍兵士が戦死するような状況でやらないとできませんからね。
――クルスク戦線は最高の実戦リングでしたからね。
佐藤 しかも、戦場で白人を何人も殺しているから胆力が付くというようなのが、北朝鮮軍の文化じゃないのでしょうか。兵士はやっぱり、直接経験してみないと胆力は付きません。やはり、誰でも初めて人を殺すとなると躊躇(ちゅうちょ)しますから。
――その躊躇(ためら)いがなくなった北朝鮮軍は今、極東最強であります。すると今、韓国と台湾が三流国家に転落するのを見ながら、日本もやばいと思えばいいのですか?
佐藤 そもそも前提として、日本の状態はかなり良いんですよ。米価を筆頭に物価は高くなっていますが、米が食べられない飢饉状態でありません。ドイツに代表されるヨーロッパ諸国の困窮を見た場合、日本はかなりうまくいっています。
基本は経済が危機的な状況になっていないので、日本の政治はいま相対的に安定しています。103万円や130万円の壁なんて、争点でもなんでもありません。
――みんなもう忘れていますよね。そんななか、お隣の中華帝国。
いまや、ロシア帝国は戦争中で、米帝国に相対していて、なおかつ関税の対米戦争では勝ち続けている中国。この中華帝国は地球を制するのではないですか?
佐藤 米中の関税戦争は勝ちも負けもありません。いまの力の均衡点はこんなものでしょうね。
――それを見出したのは習近平ですか?
佐藤 いえ、トランプです。日本は最初から均衡点を見出したので、米に関税をかけませんでした。しかし、中国は変な形で関税に入りながらバーゲンをやって、やっと落ち着いたというのが現状です。最初から大人しくしていたら、もっと早く落ち着いたはずですよ。
――しかし、中華帝国はその間もきちんと"帝国"しています。コロンビアが中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に正式参加しましたが、これはパナマ運河の向こう側は中華帝国のモノ、という棲み分けですか?
佐藤 それは関係ありません。イタリアやスリランカも一帯一路の調子がいい時期に参加しました。つまり、その後の状況で変わるんですよ。コロンビアは中国の世界戦略の視界に入っていない。中国自身ももう、世界戦略を重要視していないんです。
――すると、一帯一路の一帯は南米まで及ぶわけではないのですね。
佐藤 ちょっとそれは古い見方ですね。中国から西洋の各都市を結ぶ帝都高速鉄道も、中国が持っているわけではありません。
――では一帯一路ではなく、コロンビア辺りからの「一対一路」ですね。
佐藤 はい、その認識で問題ありません。要はコロンビアとの二国間関係で裨益することがあれば、中国はこの国に関心を持つということです。
――すると、トランプの国内経済政策は中国に対して効力を発揮していますね。
佐藤 トランプは生産の哲学に基づいて構造転換しようとしています。だから、実際の産業を移転して雇用を確保しないとならないわけです。
――台湾の半導体工場がそれですね。
佐藤 そこで重要教訓を与えてくれるのが、ロシア・ウクライナ戦争でのロシアの戦略です。
ミサイルや弾を作らなければ戦争には勝てません。だから、戦争に勝てないアメリカも経済を変えて、少なくとも軍事産業の部分化に関しては、一種の国営化に近いことをやらないとならなくなったんです。
そこでフリードヒ・リストの思想、つまり経済学を国民的背景として戦争を考えています。だから、経済合理性別の戦略分散が必要となります。貿易に頼ってしまったら身動きができなくなりますから。しかし、アメリカは食料とエネルギーの自給自足ができます。
――中国は自給自足できない。しかし、ロシアはできる。
佐藤 そうです。だから、ソ連崩壊からロシア経済は完全グローバル化しました。そしてソ連崩壊から34年間で、ロシアは完全な一人歩きができてしまったのです。
――ソ連崩壊直後のロシアに愛国心はまったくなかった。しかし、いまや愛国の塊になっている。これはやはり、国家の危機がそれを呼び戻したのですか?
佐藤 危機というか、「自由とか民主主義とかいう価値観を共有しよう」ということで西側諸国の言うことをナイーブに信じたら、国家がガタガタになった。「よくも騙してくれたな!!」という感覚でしょうね。
食物は腐ります。だから、新鮮で健康なものは自国で管理しなければならない。それから、カジノなんかは娯楽でもなんでもなくて、単なる収奪システムです。なので、厳しい規制が敷かれました。風俗もダメ、セックスしたい奴は風俗ではないところですればいい、余計な金を使うなと。
そんな感じで、西洋から来たものに対して意識が変わってきていると考えればいいと思います。
――そして、ロシアはアウタルキー化、つまり「自己完結経済」に成功した。そして、それを学んだトランプアメリカはアウタルキー化しようとしている。
佐藤 そうなりますね。
――いま、そのトランプを理解しようとするとどんな本を読めばいいのですか?
佐藤 一冊読むならば『ナショナリズムの美徳』(著:ヨラム・ハゾニー 解説:中野剛志、施光恒 訳:庭田よう子)です。
――読んでみますね。
次回へ続く。次回の配信は2025年7月4日(金)予定です。
取材・文/小峯隆生