【『ジャンプ』伝説の編集長×いとうせいこう】が語る極上の編集者論 「今はちょうど端境期」

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2025年07月11日 16:31  ITmedia ビジネスオンライン

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『ボツ〜「少年ジャンプ」伝説の編集長の“嫌われる”仕事術〜』(小学館集英社プロダクション)

 『週刊少年ジャンプ』で、『DRAGONBALL』や『Dr.スランプ』の作者・鳥山明さんを発掘した漫画編集者の鳥嶋和彦さんの新著『ボツ〜「少年ジャンプ」伝説の編集長の“嫌われる”仕事術〜』の売り上げが好調だ。


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 版元の小学館集英社プロダクションによれば、発売2週間で重版したという。6月8日には東京・渋谷のLOFT9 Shibuyaで出版記念イベントを開催。盛況の内に終了し、7月12日には名古屋市のJUMP SHOP名古屋店でも同様のイベントを開催する。


 その鳥嶋さんが、同じく新著『「国境なき医師団」をそれでも見に行く 戦争とバングラデシュ編』を上梓した作家・クリエイター、いとうせいこうさんとJ-WAVE(81.3FM)のラジオ番組『TOKYO M.A.A.D SPIN』(トーキョー マッドスピン)で対談した。同番組のプロデューサー兼ナビゲーター、Naz Chris(ナズ クリス)さんが2人を引き合わせた経緯がある。


 鳥嶋さんといとうさん、2人の共通点は同番組のナビゲーターを務めていることと、編集者のキャリアを歩んだことがある点だ。


 いとうさんは編集者として、講談社に2年間ほど勤めた経験がある。2人の対話は、水木しげるを発掘し、妖怪漫画ブームを巻き起こした『週刊少年マガジン』3代目編集長の内田勝さんをめぐる話に始まり、雑誌や出版業界の将来、編集者の在り方にまで及んだ。対談の一部をお届けする。


●いとうせいこうが受けた「伝説の編集者」の薫陶 マシリトはどう見る?


鳥嶋: いとうさんは、経歴を見ると、雑誌『ホットドッグ・プレス』 (Hot-Dog PRESS)の編集者を2年やっていらっしゃったんですね。


いとう: そうなんです。講談社にいたんですよ。僕が勤めていたときに、『巨人の星』『あしたのジョー』などを編集した伝説の漫画編集者と呼ばれる内田勝さんが、講談社にいました。僕は内田さんの講義を聞いて、薫陶を受けていましたね。


鳥嶋: 僕はお会いしたことがないんですが、どんな方でした?


いとう: なんと言うか不思議な人でしたね。今回の鳥嶋さんの本『ボツ』にも関係しているんですけど、内田さんも(メディアについて)「そういうところから、切り込んでくるんだ」というような斬新な発想をお持ちでした。僕も当時、音楽とか映像とかいろいろな表現活動をしていて、本業と違う仕事で忙しくなってきてしまったんです。いよいよ雑誌の校了にまで影響が出るようになり、これはもう講談社に迷惑をかけてしまうから辞めようと思って……。僕の辞表を、当時ご存命だった(放送作家の)景山民夫さんが書いてくださったんです。


鳥嶋: 代筆してくれたの?


いとう: そうなんです。しかもその辞表を、景山さんが編集部に導入したてだったFAX機に送ってきた。当然、他の先輩がそのFAXを見てしまい「おい! いとう! 辞めるのかー?」っていわれて。


鳥嶋: すごく、いい話(笑)。


いとう: そしたら編集長に「いや、俺に言うより、ちゃんと内田さんに、あいさつをしてこい」と言われまして。


鳥嶋: ということは、組織図の視点で見ると『Hot-Dog』から階層が上がっていくと、内田さんがいらっしゃったんですね。


いとう: 第4局という部署の局長が、内田さんだったんです。「確かに内田さんにあいさつしないとな」と思って、「講談社を辞めます」と内田さんに言いに行ったんですよ。さすがに緊張して「内田さん、いろいろかわいがっていただいたと思うのですが、辞めることになりまして」と言ったら、開口一番「いい時期に辞めるね!」とおっしゃったんです。


 続けて「もう紙の雑誌は終わって、マルチメディアの時代になるから、そっちに出ていくんだよね?」と聞かれました。「まあそういうことになりますか」と答えました。それが1980年代の前半ですよね。


鳥嶋: もうその時点で、内田さんは将来のメディアの姿がそこまで見えていたんですね。


いとう: もちろん僕も当時は、あまり意味を理解できていませんでした。「最初はどこに行くの?」と聞かれて「今テレビを、少しやっているので、テレビですかね」と言ったら「じゃあちょっと待ってなさい」と言って。その場で、テレビ局の幹部に黒電話で電話をかけて「ウチから、いとうという者が行くからよろしく」と言っていただいたんです。それで辞めさせてくれたんですよ。


鳥嶋: なんという懐の深い人なんでしょう。


いとう: そうなんです。そのあと何年かしてから、普通に会うようになりました。その時にはもう既に、内田さんは漫画をデジタルにしようとして動いていました。いろいろな漫画家を口説いていましたよ。紙からデジタルにするのは最初、それなりに壁があったじゃないですか。「せっかく紙があるのにデジタルにするわけがないだろう」「デジタルだとコピーされちゃうじゃないか」とかいろいろ言われていた時代です。その時に、内田さんは漫画家のところを回り始めていました。内田さんと会って、いろいろとメディアについての話をしました。『ボツ』を読んでみて、鳥嶋さんが考えていたメディアミックスみたいなものが、実は同時代に起こっていたんだと思って。


鳥嶋: 今の話を聞くと、内田さんのほうが早いですよ。中興の祖として『マガジン』をあそこまで立て直して、漫画編集にどっぷり浸かるかと思えばそうはせず、先見性もありながら非常に柔軟な人ですよね。


いとう: 柔軟ですね。鳥嶋さんの場合は、漫画をアニメやゲームに展開するメディアミックスの方法論を考えて、具体的にどういうやり方があるかを示しながら、ルールを作っていったと思います。一方、内田さんの場合は多分、ネットのほうを先に考えていたんじゃないですかね。ひとつ向こうに行って、そこから漫画とネットの未来を考えていたように感じます。


鳥嶋: なるほど。そうすると、やや早過ぎましたね。


いとう: そうなんです。早過ぎたから会社も説得しにくかったし、消費者の間で、爆発的なヒットもしなかった。


鳥嶋: 内田さんに見えていた未来図は、他の人には“ポカン”ですよね。


いとう: そうだと思います。それで内田さんは僕なんかを呼んで、「俺はこういうことをしようと思っているんだ。いとう君はどう思う?」という感じの会話をしていました。


鳥嶋: 今の話を聞いていると、いとうさんという人物そのものをよく見ていて、「こいつが言うなら」という、ある意味で通じる部分があったんじゃないかな。


いとう: そうなんですかね。


鳥嶋: 編集者はやっぱり、人を見ますから。


いとう: ははは! そうなんだ。怖いな(笑)。


●内田勝に聞かれた「雑誌の雑は何だと思う?」


いとう: 内田さんに「雑誌の雑は何だと思う?」と聞かれたことがあります。「雑だから雑誌なんだ」と最初の講義で教わりました。「ああそうか。雑なほうがいいっていうことなんだな」と解釈しました。


鳥嶋: それはありますね。雑誌は雑なんですよね。なぜなら、内田さんには「僕らが作っているのは、はやりすたりだ」という考え方が、多分あったと思うんですよね。


いとう: ああ、なるほど。それはそうですね。それこそ重大なことを、堅い調子でやっているわけじゃないんだっていう。いかにして時代と渡り合うんだということですね。確かに内田さんは梶原一騎さんと『あしたのジョー』などをやりつつ、それを社会現象にまでしていったので。


鳥嶋: そうですね。あの頃は右手に『少年マガジン』、左手に『朝日ジャーナル』って言われた時代だから。


いとう: その時代ですね。そういうことがあったと思える最後の世代なのかもしれません。


●デジタル時代 コンテンツの本質は変わる?


いとう: この本『ボツ』では「編集者という仕事が、どんなものか」ということが端々に、しかも具体例と共に書かれています。ただ、ここに書かれている内容は、雑誌がすごい勢いだった時代のノウハウじゃないですか。それこそ内田さんじゃないですけど、マルチメディアの時代になって「じゃあ、さらにどういうことが起きるのか」という展望については、どう思いますか? どこに編集者という仕事の需要が出てくるのか。例えば今は髪を切りに行くと、もう雑誌じゃなくてタブレットを手渡されますよね。そこに何十冊と雑誌の情報が入っている時代です。


鳥嶋: ずっと雑誌文化の中で、ライブでやってきた漫画の在り方が、紙じゃなくなったときに、どうなるのか。どこに行くのかっていう話ですよね。


 実はデジタルで変わったことは届け方の問題だけで、コンテンツとして何を見るかということはあまり変わっていないと思うんですよ。なぜかというと、出版のビジネスモデルは作家がいて出版社があって、印刷所があって、取次会社があって、書店があって、読者がいてという流れで届けられる仕組みですよね。その仕組みは、紙媒体に合理化されたものじゃないですか。でもデジタルになると、この印刷所から取次会社までの工程が、全て取っ払われてしまうんですよ。


いとう: (読者まで)ダイレクトになっちゃいますよね。


鳥嶋: 出版社から書店まで、いや場合によっては出版社さえなくなる。届き方が早いんです。それから、さまざまなものがカットされて届く。だから、自分からどこかに探しに行く、取りに行くのではなくて、(消費者にとっては)向こうからやってくる。このコンテンツの届き方が違うだけで、見ているコンテンツそのものは変わっていないんですよ。


いとう: なるほど。


鳥嶋: いろいろなデジタル漫画を見ていると、これまで漫画と関係なかったIT系企業や、出版事業をやっていなかった企業も漫画業界に参入してきています。なぜなら流通の途中にある、印刷所や取次会社といった障壁がなくなったから。だから入ってきやすいんですよね。


 ところがそうすると、山ほどいろいろなコンテンツが出てきた一方、結果的に当たり前のところに戻るんですよね。このシステムができちゃうと「何を売っているか」「何を見るのか」という本質に戻るんです。するとやっぱり、ちゃんとした漫画を作品として作っているかどうか、作れているかどうかに戻る。だから本質は変わらないんですよ。


いとう: そうか。しかも一方では(個人制作の雑誌、書籍)「ZINE」(ジン)みたいなものを出す人たちがいますね。デジタルじゃなくても「書きたいことを書くんだ」という最初の原点に戻っている人たちが目立っています。一方で、タブレットの中に、雑誌が全部一緒に入っているデジタルメディアもある。


 僕は、理髪店でタブレットを見ているときに「久しぶりに雑誌に出会ったな」と思う感覚を覚えます。というのは、そのタブレット自体が雑誌だからです。つまり雑なんですよね。全然興味もないのに車の雑誌を見てみたり、女性の髪型の雑誌に飛んだりできる。「これ雑誌じゃないか!」っていうことですね。その情報の受け皿が変化しただけなんだと思ったんです。


 では、これからの雑誌の在り方は、どうなるんでしょう。雑誌DJじゃないですけど、次から次へと飛べるからこそ生まれてくるものって何なんだろう? と思うんです。そこをエディットする人、つまり編集者が出るとしたら、何をするのかなと思うんですよね。そして、スマホの縦型画面の行方にも興味があります。縦型を見る目の動きは、結局どうなるのかなと。疲れるのかなって。そんなことを勝手に心配しています。


鳥嶋: 1点目のタブレット自体が雑誌じゃないかっていうのは、ネットが出始めたときにネットサーフィンという言葉があったじゃないですか。今はもう、そういうことは言わないですよね。なぜならリコメンドされてしまう。


いとう: ああ、サーフィンしなくても、波がこっちに来ちゃうから。


鳥嶋: AIが後ろにいて勝手に最適化されて、選ばされている状況ができて、それに気が付かない。だからそこがまず、まずい。2点目はスマホ最適化のものの見せ方ですね。スマホが出るまでは、雑誌の見開きも横位置ですよね。テレビのモニターも、映画も横位置です。これが縦位置になったんです。ここが決定的に違うんですよね。


 横位置の見開きでコマを割って展開すると、1コマ目を見ているときに、実は脳が全体を見ているんですよ。この誌面を追って見ているから、その中で自分の最適化によって、読むスピードが変わってくる。だから横の見開きのコマで見るというのは、ある意味、慣れると非常に自由なんです。ところが縦位置だと一画面しか、そして今しか見られない。この制限を、漫画の作り手側が、ちゃんと考えていない。だから(縦位置は)アクションが苦手なんですよね。


いとう: ああ、なるほど。動きのつながりが一番重要ですものね。


鳥嶋: だから縦位置は、アップの切り替えで見せるラブコメ的な漫画や会話劇みたいなものには、向いているんです。ところがアクションは苦手。あと色は付いてはいるものの、単に色が付いていればいいという考え方止まりで、どういう風に色を設計するかという考え方がまだ、作り手にはない。


 紙の漫画では手塚治虫が出てきて、コマ割りによって動きを見せていくという発明をしました。それで、日本の漫画が一気に変わりました。しかし、スマホの中の発明は、まだ出てきていないんですよね。


いとう: なるほど。いろいろな実験をしているものの、まだ画期的なアイデアが出てきていない状況なんですね。例えば(旧石器時代の)アルタミラ洞窟の壁画だって、横に見ているじゃないですか。人間の目が2つ顔の前にあるっていう状態からすると、横スクロールが一番なじみますよね。絵巻だってそうです。


鳥嶋: 目は縦に動かないですからね。


いとう: そうなんですよ。デジタルなものによって切れていく情報を、自分でつないでいくっていうことだと思うのですが、そこで出てくるダイナミズムには、もっと何かがあるんじゃないかと思いますよね。あまりに人類が未踏の地に行っているから。僕は、そう思っています。


鳥嶋: だから今ちょうど、端境期(はざかいき)だと思うんですよね。いとうさんがおっしゃったように、もう1回、見るとか聞くとかいうのが、どういうことなのか。何が気持ちいいのか、何が楽しいのか。その辺りを考えてやらないといけないですよね。


(アイティメディア今野大一)



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